アクィラス
―古の魔導王国―


 其処は、色彩の死に絶えた世界だった。
 灰色の雲が重く垂れ込めた空の下、白茶けた大地に廃墟へと続く黒い石造りの崩れかけた門が開かれている。
 喪われた魔導王国、アクィラス。
 俺達が捜し求めてきた伝説の古代都市。
 かつて、この国は世界の中心だった。
 古の世より連綿と伝わる知識の数々とそこから派生した様々な魔法、それがアクィラスの宝だった。
 自らも高い魔力を誇る聡明な王の下、国を支える民は己が業を磨く事に喜びを見出し、平和の内に暮らしていた。
 門扉に用いられた黒曜石の装飾や狂いのない直線を描く街路、施された精緻な彫刻もそのままに横倒しになった黒御影石の柱といった都市の残骸からは、今も尚当時のこの街の芸術への深い傾倒と高い文化水準とが見て取れる。
 だが、ある日突然、アクィラスは滅びた。
 詳しい記録は残っていない。何しろ、アクィラスの存在そのものが忘れ去られ、幻と見做されていたくらいだ。
 ただ、こうして実際にその場に立つと、此処で行われた破壊の凄まじさを肌で感じ取る事が出来る。
 罅割れ、毀れた岩壁。
 水の涸れた小川に、干上がった泉。
 通りに敷き詰められた美しい模様の石畳はあちこち捲り上がり、大地には焼け焦げた縁を持つ幾つもの深い穴が穿たれている。
 尖塔の上部は巨人の手で握り潰されたかのように粉々に砕け、地面には所々ガラス化した砂礫――これは核爆発並みの超高熱の痕跡だ――さえ見られた。



 ――核爆発?一体それはどんな魔法だ?



 アクィラスの滅亡を知った人々は、神の怒りを受けたのだと声を潜めて囁き合った。
 何か根拠があっての事じゃない。
 彼等は、けして天高く聳える塔を建てたりはしなかった。
 智慧を持って人々を導く事はあっても、強大な魔法力を笠に他国を脅かしたりはしなかった。
 それなのに、人々が「天罰」という言葉を思い浮かべたのは、この地に齎された災いが余りに凄惨だったからだ。
 もちろん、アクィラスの民も、死力を尽くして破滅に抗ったろう。
 でも、破壊された街の様子を見れば、それが生身の人間では到底防ぎようのない、一方的な殺戮だった事が解る。
 もしも神と呼ばれる者が在って、アクィラスを滅ぼしたのだとしたら、それは不安と憎しみに駆られての事に違いない。
 頂点に立つ者が、我が身に迫る力を得た者に自らの存在を侵されるのではないかという謂れのない恐れを抱くのはけして珍しい事じゃない。
 そうして、「神」とやらはアクィラスを完膚なきまでに滅ぼした、という訳だ。
 その遣り方に、俺は憤りを感じずにはいられなかった。
 部外者の俺でさえそうなのだから、彼女の目には尚の事許し難い暴挙として映るだろう。
 俺は、この地を訪れるきっかけとなった少女の、人形のように整った横顔を見遣る。
 いつものように感情を窺わせない表情で瓦礫の間に歩を進める彼女は、今は亡きアクィラスの王統の最後の裔だった。
 一介のレンジャーに身をやつしてアクィラスへの道を開く鍵の石版を求めていた彼女を護り、この地へと導く事。それが、彼女が俺に持ちかけた仕事の内容だった。
 …長い事旅を共にした今では、単なる依頼人だなんて思えない程度には付き合いを深めてるけど。
 生命の気配の全く感じられない不毛の地と化した祖国を前に、彼女は今、何を思っているのだろう?
 「遂に此処まで来たんだな」
 万感の思いを込めて、俺は黒髪の少女の本当の名を呼ぶ。
 「レイ…いや、零《レイ》姫」