■第7章■
(2)
長い長い階段の途中で、リンクはふと足を止めた。
中央ステーションから北地区の外れまで歩いて来たところにこの階段は、はっきり言ってかなりきつい。
息は切れるし、足だってパンパンになっている。明日はきっと筋肉痛だ。
それでも、リンクの周りの子供達は行軍を止めようとはしなかった。
次の踊り場までと仲間同士で競走する元気な子供もいれば、階段に腰を下ろして一休みしている子供もいる。
小さな子供の手を曳く少女、パジャマに裸足で家を飛び出して来た弟を背負って歩く少年。
皆、それぞれのペースで最上階を――その先にあるものを目指して進んで行く。
再び足を踏み出したリンクは、階段を上りきった所で誰かに呼ばれたような気がして背後を振り返った。
視線の先、たった今通って来たばかりの最後の踊り場に、見慣れた色彩の青年が佇んでいる。
「ダレス?」
青年は、リンクの呼びかけに謎めいた笑みを返した。
喜びと哀しみの狭間で瞳を揺らす彼の腕が音もなくすっと持ち上がる。
その指の示す先に、外壁の上へと続く扉があった。
子供達が左右に道を開ける中、扉の前に立つウィルがリンクに向かって手を差し伸べる。
「ほら」
差し出されたウィルの手を取って、リンクは最後の扉を開いた。
「サンディは市民コードの最後のアルファベットの意味を知ってる?」
プログラム【aquarium】へのアクセス画面を見つめたまま、カイリが何気ない口調でそんな問いを投げかける。
その真意が読めずに、サンディは首を傾げつつ素直な答えを返した。
「『天罰』以前生まれが「T」で≪空の庭≫市生まれが「L」だろ?」
だが、カイリは頑是無い子供のようにふるふると首を横に振る。
「そうじゃなくて、その文字が表す言葉が何かって事」
サンディは、らしくないカイリの態度に微かに眉を顰めた。
モニタの光に照らされる端整な横顔に秘め事を暴く険しい眼差しを据えて、慎重に口を開く。
「…おまえは知ってるのか?」
カイリは、僅かに言い淀んだ後にぽつりと呟いた。
「…知ってたわけじゃないんだ」
でも、何となく解っていた。
画面に向けた視線はそのままで、カイリは彼が見つけた解答を口にする。
「「T」は地球【TERRA】の略。そして「L」は――」
その言葉を遮るように、スピーカーから合成音声が流れ出した。
『データ読み込み完了。プログラム【aquarium】スタート』
目の前には白い砂礫の大地が広がっていた。
水も緑もない。それどころか廃墟さえ存在しない、まっさらな大地。
やけにくっきりとしたラインで弧を描く地平線の向こうに、綿菓子のような白い雲を纏い、地表に孕んだ水に輪郭を揺らめかせる碧い「満月」が顔を覗かせている。
初めて見る筈の光景は、しかし、突如としてリンクの記憶を蘇らせた。
「嘘…」
震える声と共に身体の力が抜けて、リンクはその場に膝をつく。
「…そんな…こんな事って…」
この景色を、リンクは知っていた。
幼い頃、父親の膝に腰掛けて眺めた科学雑誌に良く似た写真が載っていた。
それは、リンクのお気に入りの1枚で――。
「…な、んだよ、これ…」
カイリの肩越しにディスプレイを覗き込んだサンディは、己の目が信じられないとばかりに言葉を失った。
感情を窺わせない表情で画面を凝視していたカイリが、深く息を吐いて天を仰ぐ。
ドーム型都市の設計図、その傍らに記された文字。
月面都市≪空の庭≫。
「この写真はね、月の上から地球を撮ったものなんだ」
リンクの記憶の中で、父親の穏やかな声がそう告げた。