■第6章■

(4)

 閑静な筈の夜の住宅街に高い声と靴音を響かせて、子供達が大人達の手をすり抜けて駆けて行く。
 TV放送の影響で、その数は減るどころか増える一方だ。
 幸い――というか不幸にしてというか――警備隊はまだ到着していない。
 憔悴しきった大人達の間で、誰からともなく呟きが漏れた。
 「そう言えば、こんなお伽噺があった」
 笛の音に踊らされて何処へともなく消えていく子供達の物語。
 その結末に、大人達は不安げに顔を見合わせる。
 彼等には知る事ができないのだ。
 子供達の目指す先に何があるのかを。



 一方、ウィル達の背後には、着々と追っ手が迫っていた。
 サンディによる妨害の成果もあって、どうやら警備隊は目標を北地区一本に絞ったらしい。
 結果として元凶を叩く事になる警備隊の選択は幸運の賜物だが、ウィル達にとっても一般市民を巻き込んでの暴動に発展するよりは余程ましだった。
 リニア設備は作動せず、オートロードも封鎖された状態で、執念で此処まで追いかけてくる彼等の職業意識はいっそ尊敬に値するとさえ思う。
 だが、そんな感慨とは別の次元で、「水の子供」達は着実に追い詰められつつあった。



 「ちっ!鍵がかかってる!」
 一足先に街の外周部分に辿り着いていたナイト【騎士】の少年が、ようやく見つけ出した隠し扉の前で忌々しげに舌打ちした。
 「鍵?サンディかアリスが解除できるんじゃないか?」
 後から追いついた仲間の問いかけに、軽薄を装った口調で半分自棄気味の答えが返る。
 「イヤ、無理でしょ。電子錠だけならともかく、取っ手に鎖が回してある上にご丁寧に立派な南京錠つきだもん」
 電気系統やメカ系に強いルーク【城将】の1人が、物騒な提案を口にした。
 「爆破しちゃう?」
 これには、すかさず他のルーク【城将】から反対の声が上がる。
 「ダメだよ!こんなところで爆発騒ぎを起こしたら絶対まずいって」
 「じゃあ、どうするの!?」
 感情的なその言葉は、居合わせた子供達の気持ちを代弁するものだった。
 こうして口論している間にも、警備隊が確実に近づいてきている様子は彼らの手元のモニターに映し出されている。
 リンクは、やや離れた場所から彼等のやり取りを心配そうに見守っていた。
 胸の前で祈るように手を握っていたリンクは、不意に聞き慣れた声に名前を呼ばれて我に返る。
 「おーい、リンク、聞こえてるか?」
 「サンディ!?」
 思わず声を上げたリンクに、一堂の視線が集中した。
 リンクが身につけた通信機を通して一連のやり取りを聞いていたらしいサンディは、忙しく自分の仕事をこなしながらも子供達の苦境を打破する為に指示を出す。
 「其処のスクラップ工場の裏手の民家で爺さんが1人で暮らしてる。Xナンバーの生き残りで俺の師匠にあたる変わり者だ。あの人が、たぶん鍵を持ってる筈だ」
 顔を上げたリンクの視線を受けて、ウィルは即座に身を翻した。
 だが、彼が駆け出すより早く馴染みのない声が投げかけられる。
 「変わり者は余計だぞ、アレク」
 振り返った先には、腰の曲がった老人が小柄な身体を杖で支えて立っていた。
 「爺さん!」
 「まったく、相変わらず失礼な小僧だ」
 「アレク」という愛称だけで声の主の正体を悟ったサンディの呼びかけに、『天罰』以前の世界を知る数少ない生き残りの老人は喰えない笑みを浮かべる。
 それから、1番近くにいたウィルを見て目を細めた。
 「良い目をしとるな。あの2人に良く似とる」
 「あの2人?」
 見ず知らずの老人の何かを懐かしむような眼差しに、ウィルが訝しげにそう訊き返す。
 しかし、彼の問いに答えが返される事はなかった。
 警備隊の先鋒が、遂に彼等に追いついたのだ。
 壁際に追い詰められた子供達の表情にさっと緊張が走る。
 と、不意に老人が外壁に手を伸ばした。
 その指先が巧妙に壁に同化していたボタンを押すのと同時に、歩道に埋設されたスプリンクラーが突然放水を始める。
 「何だ!?」
 「うわぁっ!!」
 超強力な水鉄砲で攻撃される羽目になった警備隊の面々は、為す術もなく撤退を余儀なくされた。
 通信機の向こうで、水浸しになった道路の後片付けが大変だとサンディが嘆息する。
 彼は、子供達が「流石はサンディの師匠!」と尊敬と憧れの眼差しを老人に向けている事を知らなかった。
 肝腎の老人は呵々大笑しながら逃げ惑う警備隊の姿を眺めていたが、ひとまず敵を退けた事を確認した上で子供達の方に向き直る。
 そうして、徐にポケットから鍵束を取り出すと、ウィルに向かって放り投げた。
 「ほれ」
 思わず受け取ってしまったそれと投げた本人の顔を見比べるウィルの困惑を、老人は愉しげに笑い飛ばす。
 「外の世界を見たいんじゃろ?TVを見とったからの。事情はだいたい解っとるよ」
 それで扉は開くからと顎をしゃくってみせた彼は、一瞬の後に表情を改めてこう告げた。
 「あの時は止める事ができなんだが、おまえさんなら大丈夫だろう。行け。そして、その目で確かめるが良い」


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