■第6章■
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「叡智の塔」の正面口にバイクを横付けさせたサンディは、ヘルメットを脱ぐと大きくひとつ息をついた。
カイリが後部座席から降りるのを待ってエンジンを切り、額に落ちかかる髪を煩そうにかき上げながら、眼前の高層建築物に挑むような眼差しを向ける。
日頃から友好的とは言い難い雰囲気を醸し出しているその建物が冒険者の行く手を阻むダンジョンのように思えてしまうのはゲーム好きが高じての事だろうか。
――さしずめ、マムがラスボスってとこか?
「こんな状況で何バカな事考えてんだか」と内心苦笑しつつ、サンディは「よしっ」と短く気合を入れてバイクを降りた。
適度な緊張感を維持しながらも、落ち着いた足取りで「叡智の塔」の中へと入って行く。
これまでにない長時間に渡るメディアジャックや子供達の不審な動向は既に「マザー」も把握しているらしく、エントランスホールに足を踏み入れた2人を迎えたのは常にも増して高圧的な警告のメッセージだった。
『こちらは「叡智の塔」の警備システムです。本日午後8時15分、≪空の庭≫市は非常事態宣言を発令しました。現在、一般市民の当施設への入場及び「マザー」へのアクセスは制限されています。侵入者は速やかに施設外に退去しなさい』
それに対して、サンディは普段の彼らしからぬ強硬な態度でこう言い放つ。
「市民コードM904008AL、アレクサンダー=レイクだ。同行者はブレイン候補生のカイリ=F=マハラ、市民コードはM005290NT。市内の混乱を収拾し、市民の安全を確保する為に特殊技術職従事者としての特権発動を要請する」
彼の発言を受けて、「叡智の塔」内のチェック機能が慌ただしく作動するのが解った。
僅かな沈黙の後に、警備システムはサンディの正当性を容認する。
『コード確認。要請を受理。権限行使の為C区域までの入場を許可すると共にカイリ=F=マハラを暫定アシスタントとして認定します』
文字通り機械的な返答と共に現れたエレベーターに向かって、サンディは悠然と足を踏み出した。
「あー、すっげぇ緊張した」
エレベーターの扉が閉まった途端、サンディはそう言ってぐったりと壁に背を預けた。
「やっぱりこの手のはったりかますの苦手だわ」
「そう?それなりにカッコ良かったんじゃない?」
先刻の堂々とした態度は何処へやら、いつもの軽い口調でぼやくサンディに、カイリが冗談とも本気ともつかぬ台詞を投げる。
サンディは、がっくりと肩を落とした。
「…そんなコト言われてもちっとも嬉しくないんですけど…」
思いっきりイヤそうな表情でサンディがぶつぶつ呟いている内に、エレベーターは目的のフロアに辿り着く。
カイリは、壁とお友達になっているサンディを残してさっさとエレベータを降りた。
左右に幾つも扉の並ぶ廊下を進むうちに、慌てて追いかけてきたサンディが隣に並ぶ。
「俺を置いて行ってどうするんだよ。何処の部屋に行きゃいいのかわかってるのか?」
半ば呆れた様子で尋ねてくるサンディを振り向きもせずに、カイリは素っ気なく応えた。
「こういう場合、1番奥が怪しいって決まってるんじゃないかな」
「…ご明察」
あっさりと正解を出されたサンディは、面白くなさそうに肩を竦める。
廊下の突き当たり、2人の向かう先に、何のプレートもかかっていない扉がひっそりと訪問者を待っていた。
中に入ると、サンディは幾つものランプが明滅しているコンソールパネルに指を滑らせる。
程なくして部屋の壁一面に設置されたディスプレイに光が点った。
「叡智の塔」の内部と市内の要所に設置された監視カメラの映像や電気系統・水道・通信網といったライフラインの利用状況を示す数字、交通管理システムや警備システムの操作画面等が並ぶ中、メインスクリーンに映し出された映像が2人の目に留まる。
それは、ウィルの依頼でアリスが配信している東地区の子供達の姿だった。
「何だ!?」
別の画面に表示された警備隊の動きを表すデータにちらりと視線を流したサンディが顔を顰める。
「…まずいな。下手すると暴動騒ぎになるぞ」
ただでさえ緊迫した状況で、このまま大勢の子供達が好き勝手な行動を続ければ周りの大人達が集団ヒステリーを起こす可能性があった。
最悪の場合、暴走した警備隊と子供達の間で流血沙汰にさえなりかねない。
「一体どうなってんだよ!」
苛立たしげに呟くサンディの耳に、不意にカイリの落ち着いた声が届いた。
「彼等も街の外を目指してるんだよ。「水の子供」達に触発されたんだ」
激昂するでもなく、かといって驚嘆するわけでも歓喜に打ち震えるわけでもなく淡々と告げる彼の表情には、微かに自嘲の色が見てとれる。
――卑怯だな。
冷たい皮肉な笑みは、彼自身に向けられたものだった。
ぼんやりとではあっても核心に触れつつあるカイリは、子供達が求める景色が其処にない事に気づいている。
彼等は其処で何を感じるのだろう。悔恨?空虚感?それとも絶望?
それでも、子供達を煽るのは彼のエゴだ。
街の外に出たいと思う。失われた世界をもう1度見たいと思う。
そんな願いの為に、カイリは子供達に痛みを強いる。
今だって、まるで彼等を囮にするようにしてまで真実を求めているのだ。
――本当に、自分勝手でどうしようもない。
何処までも深いところに堕ちていく思考に俯きがちになっていたカイリの頭を、その時、サンディの大きな掌がくしゃっと撫でた。
「間違えるなよ」
弾かれたように顔を上げたカイリの黒瞳をまっすぐに見つめて、サンディがしっかりとした口調で語りかける。
「これは、あいつらが望んだ事だろ?」
カイリは、不覚にも泣きたい気分に陥った。
カイリのやり方に気づいているだろうに、こんなやり方をもっとも嫌う筈なのに、黙ってそれを受け入れてくれるサンディの優しさに胸が痛む。
だが、そんな良心の呵責さえ、サンディは笑い飛ばすのだ。
「それに、俺が此処にいるのも俺の意志。OK?」
そう言って、もう1度カイリの髪をくしゃくしゃと掻き混ぜてから、サンディは再びコンソールパネルに向き直った。
「さて、と。そろそろ真面目に働きますか」
「そうだね」
カイリも、彼本来の意志の毅さを取り戻した瞳で頷いてサンディに背を向ける。
2人の前には、直接≪空の庭≫市の管理システムの中枢にアクセスできる端末があった。
「それじゃ、俺は向こうに専念するんで後はよろしく」
「了解」
肩越しにひらひらと手を振るサンディに短く応えて、カイリは感覚変換機を兼ねたヘッドギアを装着する。
アリスが乗っ取った管理システムの支配権を表向き取り返す形で引継いで子供達を護る為に私物化するサンディと、そのサンディへの攻撃を無効化しつつ≪空の庭≫市の真実を暴くカイリ。
この部屋で、彼等の闘いが始まる。
「あんまり無茶すんなよ」
「誰に言ってるの?」
早速寄って来た対侵入者用ウィルスを余裕で一掃するカイリの返答にこちらも不敵な笑みを浮かべて、サンディは手始めにオートロードの制御装置に手を伸ばした。