■第6章■
(2)
キッチンで夕飯の後片付けをしていた母親は、水音の合間を縫って耳に届いた音声に洗い物をしていた手を止めた。
本来なら定時のニュースを流している筈のTVから聞こえてくるそれは、最近流行りのメディアジャックによるメッセージだ。
「ねぇ、ママ見て!すっごく綺麗だよ!」
TVの前の子供が上げた感嘆の声に、彼女は眉を顰める。
≪空の庭≫市の管理システムに侵入して行われるゲリラ放送など、大人達から見れば秩序を乱す反社会的行為でしかない。
彼等は、「水の子供」達の訴えるメッセージや映像の美しさ、質の高さなど端から問題にせず、そのやり方だけを見てメディアジャックは教育上よろしくないと決めつけるのだ。
蛇口を捻り、濡れた手を拭いながら、母親はリビングにいる子供に声をかける。
「ほら、いつまでもそんなのを見てないでお風呂に入っちゃいなさい」
だが、覗いた部屋に子供の姿はなく、開け放たれた窓辺で揺れるカーテンとつけっ放しのTVだけが存在を主張していた。
リンクは、「お祭り」に参加した子供達の中でも実質的に行動の決定権を握る「本陣」とでもいうべき集団の近くにいた。
ビショップ【僧正】の4人とルーク【城将】1人が顔を突き合わせているところに、偵察に出ているナイト【騎士】から連絡が入る。
「たった今、警備隊が動き出したって」
「そうか」
子供達に、動揺する様子は見られなかった。
「ほぼ予定通りだな」
「あぁ。あとは、サンディの方で何処まで足止めできるかってとこね」
彼等が冷静に状況を確認する中で、「本陣」の守りにあたっているナイト【騎士】の少年がやや興奮した面持ちでこんな事を言い出す。
「どうせならこっちから行ってかき回してくるか?先手必勝っていうし、なぁ?」
それに対して、意外な場所から短い否定の言葉が返った。
「ダメだ」
街の辺境部分に詳しいからと何故か「本陣」のメンバーに加わっているウィルが、素っ気ないとも取れる調子で口を開く。
「俺達の方から手を出せば、あいつらに介入の理由を与える事になる。それは絶対まずい」
それは、確かに正論だった。
だが、いつもなら真っ先に反撃に出るウィルの口から出た言葉だけに、一同は思わず顔を見合わせる。
ややあって、我に返った少年はふっと肩の力を抜いた。
「そうだな。喧嘩なれしてる面子ばっかじゃねぇし」
彼の視線の先には、遠足気分で無邪気にはしゃぐ年少の子供達の姿がある。
誰彼構わず攻撃を仕掛ける厄介な警備マシンはアリスが抑えてくれている筈だった。
ここで子供相手という事で心理的に制約を受けているであろう警官を無駄に煽るのは得策ではない。
「OK。今は守り重視でいきましょ。その代わり、向こうから手を出してきたら容赦しねぇぜ?」
血気盛んなナイト【騎士】の少年は、不敵な笑みを浮かべてみせた。
リンクは、相変わらず無表情なウィルの横顔を頼もしい想いで見つめる。
と、そこへ、別のルートを探っていたナイト【騎士】から緊急連絡が入った。
「まずいぞ!東地区でメディアジャックに触発された子供達が次々に家を飛び出してるらしい!」
「何だって!?」
子供達の間に、一気に緊張が走る。
更に、先刻警備隊の動向を伝えたナイト【騎士】が、鋭い口調で続報を告げた。
「警備隊の一部が東地区に向かった模様!」
「嘘!」
「それやばいって!」
今は引き止めようとする大人達との間で追いかけっこになっているくらいでも、最悪の場合暴徒と化した子供達と警備隊衝突する事態も考えられる。
「とにかく、これから東地区に向かうから。一応ルーク【城将】とビショップ【僧正】を1人ずつ回してくれ!」
「了解!先頭グループにいる白のルーク【城将】を連れて行くわ!」
切羽詰った様子で通信を切ったナイト【騎士】の要請に応えて、ビショップ【僧正】の少女が駆け出した。
残された子供達は、自身も不安を抱えつつ不穏な空気に気づいた他の子供達を宥めに行く。
そんな中、ウィルはルーク【城将】の1人から通信機を借りると、この場にいない仲間に向けて呼びかけた。
「アリス!聞こえてるか?」
「なぁに?」
アリスもそうそう手を離せる状況ではないだろうに、通信機からはすぐに幼い声が返る。
ウィルは、相手を労わるでもなく端的に用件を口にした。
「東地区の映像を中継できるか?」
「…できるけど、どうするの?」
彼の言葉を聞いて東地区の現状を確認したアリスが、一瞬の間を置いて訝しげに問い返してくる。
「あ、そうか」
代わって、一部始終を見守っていたリンクがぽつりと呟いた。
「世論を味方につけるのね?警備隊が子供達に手を上げれば、市民が黙ってないもの」
「…なるほどね」
ウィルは直接肯定も否定もしなかったが、アリスはそれで納得したようだ。
「解った、やってみるわ」
そう言ってアリスが消えたのを確認したウィルは、期待と不安に満ちた眼差しを向ける仲間に背を向けて一言、こう告げる。
「行くぞ」
子供達は、彼の背中を追って再び歩き出した。