■第5章■
(1)
「街の外に出たいっていうのが、俺の育ての親の口癖だった」
『夢幻水族館』の入ったビルの裏でバイクの修理をしながら、ぽつりとウィルが口を開く。
裏口の階段に腰を下ろし、頬杖をついたリンクは、ウィルの問わず語りに耳を傾けていた。
「親父もお袋も『天罰』以前の生まれで、冷凍睡眠に就いた年齢も高かったから、生まれ育った世界に対する憧れも強かったんだと思う」
おそらく、幼い頃のウィルは養親から充分な愛情を注がれて育ったのだろう。一見突き放したような彼の口調からは、血の繋がらない擬似家族として以上の想いが窺える。
初対面の相手にはとっつき難い印象を与えがちなウィルだけれど、本当はちょっと不器用な、心の優しい少年なのだとリンクは思う。
カイリのように多くの言葉を持つわけでもなければ、サンディみたいに大人の余裕で相手を気遣う事もないけれど、彼のひたむきな声はいつでもまっすぐに胸に響いた。
「その日も、ふたりはいつもと同じように俺をマリナの親父さんに預けて出かけていって…そして、2度と帰らなかった」
ウィルは、作業を続ける手許から視線を逸らさないまま、訥々と言葉を紡ぐ。
「数日後、市から2人の死亡通知が届いた。事故で、遺体も遺留品も回収できなかったって」
きゅっと唇を噛んで、それから、ウィルは低くこう付け加えた。
「2人は、≪空の庭≫市に殺されたんだ」
その言葉の険しさに、リンクはいたたまれない気持ちでそっと瞳を伏せる。
聞きようによっては随分と物騒なその台詞があながち思い込みだとも言い切れない部分がある事を、リンクは知ってしまっていた。
現在、ウィル達は≪空の庭≫市の地図を作っている。
その作業はカイリが用意した大まかな図面に子供達が自分の足で歩いた範囲を書き足していくという至って原始的なものだ。
小さな子供は、学校や家の近く、校外学習で出かけた先などの情報を集めてくる。
ステーションやオートロードの通っている各地区の中心部から遠い地域は、年長の子供達がバイクやリニアカーを使って探索していた。
市の施設や研究機関など一般市民の立ち入りが制限される場所は、特殊技術職のサンディや将来のブレイン候補として便宜が図られているカイリが担当する。
更に、電脳界では名の通った情報屋のアリスも全面的に協力してくれていた。
いくら≪空の庭≫市の管理システムが街の地図を公開していないとはいえ、子供達1人1人の行動はけして問題になるようなものではない。
だが、それでも危険がまったくないわけではなかった。
特別侵入に対する規制が敷かれていない筈の地域でも、街の外周に近い場所では警察や市の職員に立ち退きを命じられる事がある。
場合によっては、補導しようとするパトロール隊とカーチェイスを繰り広げる羽目に陥ったりもするのだ。
現に、今ウィルが手入れしているマシンもかなり傷だらけになっている。
もっとも、ウィルの生傷が絶えないのは、潜在的に市への反感を抱いている彼の態度が元で小競り合いに発展するケースが多い所為もあるのだが。
沈痛な面持ちで物思いに耽るリンクの耳に、ウィルの声が届く。
「俺は、両親が果たせなかった夢を叶えたい」
「…夢…」
何故かその言葉に強く惹かれるものを感じて、リンクは鸚鵡返しに呟いた。
ウィルの言う夢は彼の確かに養親のものだけれど、同時に彼自身の望みでもある。
――私の夢は何だろう。
その疑問は、リンクの心に深く刻み込まれた。