■第4章■

(3)

 たまたま授業が1時間分お休みになって、普段より早い時間に『夢幻水族館』を訪れたリンクは、店の前で買い出しから帰って来たマリナと鉢合わせた。
 「あら、いらっしゃいリンク。待たせちゃったかしら?」
 「ううん、今来たところだから」
 リンクは、いつもと同じ笑顔で迎えてくれるマリナにそう応えながら買い物袋をひとつ受け取る。
 その時、何気なく見上げたマリナの瞳の色に、リンクははっと息を呑んだ。
 琥珀に金粉を塗したような――『夢幻水族館』店内の薄青い照明の下では気づかなかった、神秘的な金赤色。
 見上げるリンクの口から、陶然とした呟きが零れる。
 「…綺麗な瞳…」
 「あぁ、これ?」
 マリナは、僅かに首を傾げるようにしてにっこりと微笑んだ。
 「綺麗でしょう?これね、サンディが作ってくれた義眼なのよ」
 「…え?」
 さらりとした口調で告げられた事実に戸惑うリンクを残して、マリナは「オリジナルの瞳は、もっと透明な蜂蜜色だったみたいだけど」などと言いながら先に立って階段を降りていく。
 「私がお腹の中にいる時に、母親が高熱で倒れてね。すぐに人工胎盤に移されたんだけど、その時には既に視神経が灼ききれちゃってたの」
 あくまで何でもない事のようにマリナは話すけれど、辛くなかった筈がない。
 マリナの痛みを思って、リンクの表情が翳る。
 そんなリンクの想いを見透かしたように、店のドアを開いたマリナは笑みを湛えた瞳で振り返った。
 「ごめんなさいなんて言わないでね。私は、母さんが遺してくれたこの身体を誇りに思ってるんだから」
 それに、この眼のおかげでサンディと出逢えたんだし。
 そう言って、カウンターに荷物を置いて、微かに膨らんだ腹部をそっと撫でる。
 マリナ達が付き合いだしたのは仕事の最中にサンディがナンパしたのがきっかけだと、以前カイリがサンディをからかうついでに教えてくれた。
 その時は、てっきり『夢幻水族館』の設計の事だとばかり思っていたから、リンクも一緒になって笑う事ができたけれど、今はそれさえ心苦しい。
 「仕事中に依頼人を口説くなんて、仕方ないエリートよね」
 そんな風に、悪戯っぽくウインクしてみせるマリナの毅さがリンクには眩しかった。
 今、彼女の胎内には、サンディの子供が宿っている。
 『天罰』以降、自然出産の成功率は著しく低下していた。
 それでも、自分の身体の中で命を育む事に拘ったマリナは、どんな想いでいるのだろう…。
 リンクが何か言おうとして迷っていると、噂の主であるサンディが現れた。
 入口から中を覗き込んだサンディは、其処にいるリンクに気づくと朗らかに声をかける。
 「お!リンク!いいところで会ったな。これからアリスんとこに行くんだけど、一緒に来るか?」
 「アリスに会えるの!?」
 勢い込んで問い返すリンクに、サンディはゆっくりと頷いた。
 「あぁ。リンクには、1度きちんと会いたいって前から言ってたんだ」
 サンディの応えに、曇りがちだったリンクの表情が明るくなる。
 生まれつき重度の障害を持つアリスは、ずっと病院で寝たきりの生活を送っているのだという。
 その所為で、仮想現実の世界の「アリス」を知っていても、現実世界の彼女と会った事のある人間はほとんどいなかった。
 だから、アリスの方から会いたいと言ってもらえた事がリンクには嬉しかったのだ。
 「丁度良かったじゃない。行ってらっしゃい、リンク」
 穏やかなマリナの言葉に後押しされて、リンクはサンディを追って店を出る。
 期待に胸を弾ませていた彼女は、マリナの意味ありげな眼差しに気づかなかった。


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