■第3章■

(2)

 金曜の夕方の南地区は、学校帰りの子供達で賑わっている。
 週末の休暇を前に友達同士で買い物をしたり、アーケードゲームを愉しんだり。中には、夜遅くまで街角で座り込んでいる年嵩の少年達もいる。
 リンクも、時々仲の良いクラスメイトとショッピングセンターを見て回ったり、カフェテリアでお喋りしたりする事があった。
 だが、今日はいつもの金曜日とは違う。
 リンクの足は、通い慣れたメインストリートではなく、町外れの方向へと向かっていた。
 実質的に市が経営している大型店の並ぶメインストリートを逸れて横道に入ると、事務所兼店舗という感じの雑居ビルや個人経営の小さな店が増える。
 また、中央地区から離れた地域にはパブや居酒屋など未成年者の立ち入りが制限されるような飲食店が軒を連ねている通りもあった。
 リンクは、心なしか不安げな面持ちで辺りを見回す。
 彼女の掌には、1枚のカードがしっかりと握り締められていた。
 3日前、カイリから手渡された『夢幻水族館』のカードである。
 此処に来る前、ディスクを返すついでに図書館に寄って来たけれど、生憎カウンターにカイリの姿はなかった。
 だから、『夢幻水族館』がどんなところなのかは結局解らないままだ。
 その事が、かえってリンクの関心を強くさせた。
 海が好きなのならお勧めだと言ったカイリの言葉と小さな地図だけを頼りに、リンクは歩き続ける。
 ステーションから15分ほどの道程を経てリンクが辿り着いたのは、南地区の中でもかなり西地区寄りの、オフィス街に隣接するこじんまりとした商店街だった。
 フラワーショップにベーカリー、紅茶専門の喫茶店、インテリア雑貨を扱うアンティークショップにバイクメッセンジャーの営業所等種々雑多な店が建ち並ぶ中、『夢幻水族館』の控えめな看板が目に留まる。
 金属のプレートに文字を刻んだだけのそれは、小さなオフィスビルの地下へと続く階段の前に掲げられていた。
 階段の前で立ち止まったリンクは、躊躇いがちに奥を覗き込む。
 そもそも、リンクはクラブハウスというのがどういうところなのか知らない。
 友達と街に繰り出しても食事はたいていファーストフードで済ませてしまうから、その手の類の店には入った事がないのだ。
 ただ、漠然と子供の入る店ではなくて、もっと大きくなってから…せめて高等部くらいの年齢になってからでなくては入ってはいけないようなイメージを持っていた。
 カイリが誘うくらいだから子供の自分でも出入りできる場所なのだろうとは思うものの、やはり戸惑いは隠せない。
 それでなくても、初めての店に入るのにはただでさえ勇気がいるものだ。
 リンクは、決心がつかないまま此処まで彼女を連れて来たカードに視線を落とした。
 と、不意に視界が翳り、背後から声をかけられる。
 「どうかした?」
 驚いて振り返ると、背の高い青年が心配そうにリンクを見つめていた。
 何かスポーツをやっているのか、リンクより軽く頭ふたつ分は大きな身体は、随分と鍛えられているように見える。
 脱色した髪を無造作に束ねただけのスタイルやTシャツの下の小麦色の肌とあいまって、健康的な印象の持ち主だ。
 青年は、リンクの手許を覗き込むと「あぁ」と呟いた。
 「カイリにお客さんか」
 リンクの手にしたカードがカイリのものだと解った時点で、彼の中では納得がいったのだろう。
 「来なよ、あいつならたぶん中にいるからさ」
 それだけ告げると、先に立ってさっさと階段を降り始める。
 それでも尚リンクが躊躇う素振りを見せると、青年は悪戯っぽく笑ってこう付け加えた。
 「だいじょーぶ、ヤバイ店じゃないよ」
 その笑顔が、少しだけリンクの緊張を解す。
 見知らぬ世界への扉を開く為に、リンクは最初の階段へと足を踏み出した。


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