■第2章■

(4)

 仕事の帰り道、カイリに会う為に図書館に立ち寄ったサンディは、扉を開けたところで先客に気づいて足を止めた。
 見ると、カイリはカウンター越しに年下の少女と何やら楽しげに会話を交わしている。
 その姿に、「イイトコロを邪魔しちゃ悪ぃよな」等といらぬ老婆心を働かせて、サンディは腕を組んで壁に背を預けた。
 もっとも、待つ気になった理由の半分は自分達の会話が他人の耳を憚る内容だからなのだけれど。
 その後もしばらくふたりの会話は続いていたが、カイリに電話が掛かってきたところで打ち切られたらしい。
 少女がぺこりと頭を下げてカウンターを離れる。
 サンディは、心なしか頬を染めた少女が足早に立ち去るのを待って、ようやく身体を起こした。
 ゆったりと足を運びながら、電話を切ったカイリに片手を挙げて声をかける。
 「よぉ!アリスから連絡行っただろ?」
 カイリは、リンクに向けていたのとは趣の違う笑顔でそれに応えた。
 「あぁ、図面の方もちゃんと届いたよ」
 それを聞いて、サンディは瞳を輝かせる。
 「それ、俺にもコピーしてくんない?マムが寄越した細切れの地図じゃ相対的な位置関係が掴めないからやり辛くって。その代わり、地図に載ってない道も書き込んどいてやるからさ」
 子供っぽいサンディの言い草に苦笑しつつ、カイリは依頼を快諾した。
 「良いけど、あと5分待って。ここまでの貸し出しデータをプリントアウトしたら帰れるから」
 「はいよ」
 軽い調子で返事をしたサンディは、カウンターに両肘をついて後ろ向きに寄りかかる。
 そうして、あまり行儀が良いとは言えない姿勢のままあからさまに手持ち無沙汰な様子で辺りを見回しながら、常々感じている疑問を口にした。
 「しっかし、おまえ何でこんなトコでバイトなんてしてんの?IMAGEのメインコンポーザーっていったらかなりの稼ぎだろーに」
 「その肩書きは内緒の約束だよ、サンディ」
 カイリは、そんなサンディをめっと子供を叱るように睨みつける。
 それから、作業中の画面に向き直ってこう続けた。
 「それに、あっちは仕事じゃなくて趣味だし。まぁ、こっちは社会勉強ってとこかな」
 「で、ついでに女の子の口説き方までお勉強って訳?」
 「は?」
 クールなカイリに怪訝そうな表情をさせる事に成功したサンディは、にやにやと品のない笑みを浮かべる。
 「随分可愛い子だったじゃん」
 一方、カイリはくだらないとでも言いたげに肩を竦めてみせた。
 「誰かさんじゃあるまいし、仕事中にナンパなんてしないよ」
 脛に傷を持つ身のサンディにしっかりと反撃した上で、何気ない風を装ってプリンターから出てきたばかりの紙をカウンターに置く。
 その意図を察したサンディは、一番最後の項目を横目で盗み見た。
 「リンク=クラウディア、13歳。へぇ、リンクちゃんか。…って、え?3299NTって…」
 「そう。彼女が最後の眠り姫【スリーピングビューティー】だよ」
 思わず言葉を飲み込んだサンディに、カイリは意味ありげな眼差しを送る。
 それを受けて、サンディは僅かに眉を顰めた。
 何かを探るような目つきでカイリを見つめ返して、低く問いを投げかける。
 「…おまえ、まさかそれで声かけたのか?」
 「違うよ」
 カイリは、顔色ひとつ変えずにあっさりとそれを否定した。
 「たまたま彼女も「水の記憶」に共鳴してるみたいだったから、誘ってみただけ」
 「どうだか」と反駁しかけたサンディだったが、柔和な外見に似合わず過激で辛辣な物言いをするカイリが女性と子供には本当に優しいのを思い出して口を閉ざす。
 ――その代わり、気を許した同性の友人が相手となると容赦がないけどな。
 はぁぁ、と大きく息を吐く事で緊張を解いた彼に、身支度を整えたカイリが何事もなかったような顔をして告げる。
 「終わったよ。お待ちどうさま」
 「はいはい」
 切り替えが早いのか、それともただ単に拘りがないだけなのか、サンディもまたそれ以上の追求はせずに投げやりな返事を返した。


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