■第2章■
(2)
狂騒状態の人波の中にあって、リンクは振り返って画面とは正反対の方向に目をやっていた。
其処には、つい今しがたまで謎めいた表情で映像を見つめる金髪で褐色の肌の青年の姿があったのだ。
だが、既にその姿はなく、リンクは視線を前へと戻した。
その途中、ふっと誰かに見られているような気がして動きを止める。
見ると、リンクと同じように騒ぎの中心から外れた場所を見つめていた少年が、こちらにじっと視線を投げかけていた。
リンクと目が合うと、少年はふいと顔を逸らしてしまう。
「おはよう、リンク」
少年に気をとられていたリンクは、後ろから肩を叩かれて我に返った。
「あ、おはよう」
「どうしたの?ぼーっとして」
不思議そうな顔で声をかけてきたクラスメートは、リンクの視線を辿って口を開く。
「あれ、ウィルじゃない。ウィルがどうかしたの?」
リンクは、初めて聞く名前に首を傾げた。
「ウィル?」
「そう。隣のクラスの子でしょ」
「あの子、いっつもどこか怪我してるのよね。何か危ない事してるんじゃない?」
「なぁに?リンク、あーゆーのが好きなの?」
きゃいきゃいと賑やかな友人達に、リンクは困ったような笑みを浮かべる。
「そんなんじゃ、ないけど…」
そう言ってもう1度振り返った時には、ウィルはその場から立ち去ってしまっていた。
同じ頃、サンディは南地区の片隅にあるクラブハウスのカウンターでスクランブルエッグをつついていたが、TVのニュースが通学時間の最中に中央地区で起こった騒ぎを告げるとフォークを持った手を止めて溜息をついた。
「あーあぁ、カイリのヤツ、派手にやってやがる」
感嘆とも呆れともとれる呟きを漏らす彼の前に、熱いカフェオレの入ったカップが差し出される。
見かけによらずかなりの甘党のサンディが砂糖をふたつカップに落とすのを眺めながら、マリナはいたって呑気な感想を述べた。
「そうねぇ、頑張ってるみたいねぇ」
「頑張ってるって…」
緊迫感の欠片もない台詞に、サンディは思わず苦笑してしまう。
市のシステムをハッキングしてメディアを乗っ取るというのは立派な犯罪行為であって、けして「頑張っている」などと評せる類の事ではないのだが。
「まったく、あんなのが世間では市のブレイン候補の優等生で通っちまってるんだから、世も末だよなぁ」
行儀悪く頬杖をついてぼやくサンディに、今度はマリナがくすくすと笑い出す。
「それを言ったら、9ナンバーの貴方が協力者だっていうのもどうかと思うけど?」
「そーなんだよなぁ」
サンディは、ばたっと腕を倒すと力なくその場に突っ伏した。
「やばいのは解ってんだけどなぁ」
カイリ達の立てた計画には自らの意思で参加しているサンディだが、≪空の庭≫市の運営に関わる特殊技能職に就いている事もあって、未だに良心が咎めるらしく時折こうして苦悩している。
自分の置かれている立場に対する責任感から来る彼の優柔不断さを、マリナは好ましく思っていた。
「だからって、今更後戻りなんて出来ねぇよなぁ」
放っておくとカウンターに齧りつきかねない勢いでうんうん唸っているサンディを腰に手を当てて見下ろしたマリナは、優しい言葉で慰める代わりに発破をかける。
「ほら、朝からこんな所で潰れてないの!今日も仕事があるんでしょ?」
威勢の良い声にのろのろと顔を上げたサンディは、んーっと大きく身体を伸ばした。
「はいはい。そんじゃ、真面目に働いてきますかね」
それから、カップに残っていたカフェオレを一気に流し込んで席を立つ。
「いってらっしゃい。頑張ってね」
小さい子供を送り出す母親のようなマリナの声にひらひらと手を振って、サンディは店を後にした。