■第2章■
(1)
≪空の庭≫市は、大まかに言って5つのエリアに分かれている。
親を持たない子供を養育する保育施設兼学生寮と一般家庭向けの分譲住宅が立ち並ぶ東地区。
商店街と公園や映画館などの娯楽施設が大半を占める南地区。
市役所・警察署・消防署・保健所といった行政施設と市営の医療センターを抱える西地区。
≪空の庭≫市の市民全員の生活を維持する為に食糧や水、酸素を始めとしてあらゆる物を作り出す農園や工場に加えて管理システム本体と「叡智の塔」とを擁する北地区。
それから――此処が「学園都市」という本来の≪空の庭≫市の姿に最も近いのだが――保育園から幼等部・初等部・中等部・高等部・大学及び大学院までの各課程及び専門学校と、それに付随する図書館や運動施設、研究所等を併せ持つ中央地区。
それぞれの地区の間はオートロードで結ばれており、小さな子供でも1人で移動が可能になっている。
また、市内の道路にはリニアシステムが設置されており、各地区内の移動や移動時間の短縮を図りたい場合などにはリニアカーが用いられる。
交通管理センターが管轄する無人のリニアタクシーはもちろんの事、個人利用の車でも目的地を入力すればナビゲーションシステムが経路を案内してくれる為、交通手段は充実していると言えた。
それに、そもそも大多数の市民にとって、日常生活の場は東・南・中央の3つのエリアに限定されている。
何か特別な用件がある時だけ西地区まで足を運ぶものの、北地区を訪れる事はまずないと言って良い。
リンクも、例に漏れず、ほとんどの日々を家と学校との往復だけに費やしている。
その日も、リンクはいつもの朝と同じように定時のオートロードに乗り、中央地区にある中等部へと向かっていた。
丁度通学の時間帯という事もあって、街の中は子供達で溢れ返っている。
ざわざわした空気の中、リンクは何気なく宿題や流行のゲームの話題に混じって聞こえてくる噂話に耳を傾けていた。
「ねぇねぇ、聞いた?昨日もネットジャックがあったんだって!」
「知ってる。「海へ還れ」っていうあれでしょ?あたし、昨日ネット繋いでたもん」
「ほんとに!?」
それは、最近頻繁に出没しているメディアジャックについての噂だった。
最初の内は壁の落書きや掲示板への書き込み程度だったものが次第に規模が大きくなり、今ではTV・ラジオ・ネットなど媒体を問わずに乗っ取られるようになっている。
それは、一貫して「海へ還れ」というメッセージを訴えていた。
一定時間正規の映像や音声が流れなくなる以外目立った被害はないものの、一部では情報テロの前触れだなどとまことしやかに囁かれている。
市でも取り締まりを強化しているのだが、現在のところ効果が上がっているとは言い難かった。
その事が、尚更市民の注目を集める要因になっている。
システムに護られ、平和な日々を送る人々は、潜在的にちょっとした刺激を求めていた。
中央地区のステーションに降り立ったリンクは、クラスメイトの姿を探して首を廻らせた。
その時である。
騒ぎは、ステーションの出入り口に設置されたニュースボードの前で湧き起こった。
ざあーっという音と共に、機械的にニュースを読み上げていたキャスターの姿がかき消える。
代わりに映し出されたのは、画面一杯に打ち寄せる波涛だった。
「メディアジャックだっ!!」
あちこちで同時に上がった声に煽られて、子供達がニュースボードの前へと駆け寄って行く。
波に呑み込まれる形で水中に移った映像を背景に、合成された音声と文字が荘厳さをもって彼等に語りかける。
「水に惹かれる子供達よ、眠った記憶を揺り起こせ!血の流れの命ずるままに海へと還れ!」
わぁっと喝采が上がり、画面はふっつりと暗転した。
一瞬の後に、映像はいつものニュースに戻る。
ステーションの警備員や教師達が、騒動を静めるべく現場に駆けつけて来た。