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ゴンドリンの陥落【7】
こちら側では、山脈又は最も低い丘陵までゴンドリンから7リーグに1マイル足らずで、クリストホルン鷲の亀裂は2リーグ上った非常に高い場所に在った。
その為、彼等は漸く山脈と山裾の小さな丘の間を横切って2リーグを過ぎ3リーグ目にさしかかったところで、とても疲れきっていた。
この時分には、太陽は東の丘の後背部にかかっていた。
とても大きく赤い陽だった。
彼等の周囲の霧は取り除かれたが、ゴンドリンの廃墟は雲中に在るが如くすっかり隠されていた。
人々は空気が晴れていくのを見守っていたが、数ファーロング先に巨大な狼にオークが乗って――彼等にはそう見えた――槍を振り回している奇妙な騎兵に追跡されて徒歩で逃げている集団を見出した。
その時、トゥオルが言った。
「見よ!我が息子エアレンディルがいる!あぁ、彼の顔は大海原の星のように輝いている。我が『翼』の戦士達が彼の傍にいて、酷い苦境にある」
直ちに彼は比較的疲労の軽い50人の男達を選ぶと、主力部隊を残して騎兵隊に体力の限り迅速に平原を越えて行く彼について来させた。
トゥオルがエアレンディルの周囲にいる者達に逃げずに持ち堪えるよう叫ぶ声が運ばれて来た。
ウルフライダー達は散在していて、彼らをばらばらに殺そうとしていたのだ。
エアレンディルは、イドリルの家の御者ヘンドールの肩の上におり、ヘンドールはエアレンディルを抱え続けようとしているようだった。
それから、彼等はエアレンディルとヘンドールを中心に背中合わせに立った。
だが、トゥオルはすぐにやって来た。
とはいえ、彼の騎兵隊は全員息切れしていたが。
ウルフライダー達は20組、対してエアレンディルの周囲で生き残っている者は6人だった。
この為、トゥオルは麾下の兵を一方の側面に三日月形に展開させた。
逃亡者が敵の本体に報せを運んで亡命者達に破滅を齎す事がないよう、乗り手達を包み込もうと図ったのだ。
この点で彼は成功し、逃げたのはたったの2人だけで、しかも傷を負って獣も失っており、結果として報せが都に届くのは非常に遅らされた。
エアレンディルは喜んでトゥオルを迎え、トゥオルもまたエアレンディルの無事を喜んだ。
だが、エアレンディルは言った。
「僕、喉が渇いちゃった、お父様。だって、ヘンドールが僕を背負わなくても良いように、たくさん走ったんだもの」
それに対してトゥオルは何も言わなかったし、水も持っていなかった。
彼は率いて来た一行全てが必要とするものについて考えていた。
しかし、エアレンディルは再び口を開いた。
「マイグリンが死ぬのを目にしたのは良いの。彼は僕のお母様に手を掛けようとしたし――それに、彼の事は好きじゃなかったもの。でも、僕はモルゴスの狼乗りがいるにしても、トンネルを旅するつもりはなかったのにな」
それから、トゥオルは微笑んで彼を肩に乗せた。
この直後に主力部隊がやって来て、トゥオルはエアレンディルを大きな喜びに包まれた彼の母親に引き渡した。
しかし、エアレンディルはこう言って母の腕に抱かれようとはしなかった。
「イドリルお母様、お母様は疲れているし、それにサルガント老ならともかくゴンドリンの民で鎧を身につけた戦士が背負われたりはしないものだもの!」
イドリルは、哀しみの中にあって声を立てて笑った。
だが、エアレンディルは言った。
「そうじゃなくて、サルガントは何処にいるの?」
サルガントは時々古風で趣のある物語を聞かせてくれたり一緒に面白おかしく遊んでくれたりしたので、エアレンディルはこの年老いたノームが饗される食事と良いワインを愛して頻繁にトゥオルの家を訪れていた在りし日に良く笑い声を上げていたものだった。
しかし、誰もサルガントが何処にいるのか言えなかったし、今でも彼等は語る事が出来ない。
おそらく、彼はベッドの上で焔に押し潰されたのだろう。
一方、彼は捕らえられてモルゴスの広間に連れて行かれ道化にされたのだと言う者もあった――これは、ノームの良き種の貴族にとって忌むべき運命だった。
それで、エアレンディルは哀しくなって、黙って母親の隣を歩いた。
今や彼等は山裾の丘に辿り着き、未だ灰色に包まれてはいたものの完全に朝を迎えていた。
其処は上り坂の始まりに近い場所で、民は木々と榛の茂みに取り巻かれた小さな谷間で身体を伸ばし、すっかり疲れきっていた為に危険な状態にも拘らず多くの者が眠りに就いた。
だが、トゥオルは厳重な見張りを配し、彼自身が眠る事はなかった。
此処で、彼等は細切れの肉と乏しい食料で食事を作った。
エアレンディルは渇きを癒し、小川の傍で遊んでいた。
それから、彼は母親に言った。
「イドリルお母様、僕、大好きな『泉』のエクセリオンが此処に来てフルートを聞かせてくれるか、草笛を作ってくれたらなぁって思うの。彼は、たぶん先頭に行ってるのかしら?」
だが、イドリルはいいえと言い、彼の最期について聞いた事を語った。
すると、エアレンディルは2度とゴンドリンの通りを見ないようにするのだと言って激しく泣き出した。
しかし、トゥオルはエアレンディルがゴンドリンの通りを目にする事はあるまい、と言った。
「ゴンドリンは、既にないのだから」
その後、丘の後ろに日が落ちる時間が近づくと、トゥオルは一行に立ち上がるように命じ、人々は起伏に富んだ小道の傍を押し進んでいった。
直に草は消えて苔生した岩へと道を譲り、木々は散り、ただ松と樅が疎らに育つのみとなった。
日が沈む頃、道はゴンドリンを再び見遣る事が叶わぬ程に大きく山肩の向こうに折れ曲がった。
その場所で、一行は全員が振り向いた。
すると見よ!平原は古の日の如く最後の光の中で晴れ晴れと澄み渡っているではないか。
だが、彼等が見守るうちにそれも衰え、暗くなった北方に向かって巨大な炎が走った――それは、ゴンドリンの最後の塔、南門の傍に堅固に建ち、しばしばトゥオルの家の壁を過ぎって影を落としていた塔の崩壊だった。
そうして日は沈み、彼等がゴンドリンを目にする事は2度となかった。
さて、クリストホルンの小道、これは鷲の亀裂だ、此処は危険な道筋の1つで、一行は闇の中ランタンもなく松明も持たず、非常に疲労している上に女性や子供や病人や負傷者に悩まされている状態で敢然と挑んだ事などなかった。
モルゴスの斥候をこれほど大いに懼れた事もなかった。
彼等は大人数の集団で、とても秘密裏に進めそうにはなかったのだ。
彼等が高所に達すると同時に闇は急速に凝り、彼等は長くだらだらと連なった列に延びざるを得なかった。
ガルドールと槍で武装した者が先頭を行き、闇の所為で猫のようになった瞳で今尚遠くを見渡す事の出来るレゴラスが彼らと行を共にした。
その後にそれほど弱っていない女性達が、病人や怪我人の中でも自らの足で歩ける者を支えて続いた。
イドリルは彼等に同行しており、エアレンディルもかなり頑張っていたが、トゥオルはその後ろの中心部に『翼』の全ての戦士と共に在って酷く負傷した者を背負っていた。
イガルモスも一緒だったが、彼は広場からの突撃で傷を負っていた。
この後、再び多くの女性達が赤子や少女、不具となった男達と共に来たが、その進行は彼等でも充分耐えられる程度に遅々としたものだった。
最後尾には完全に武装した戦士の最大の軍団が行き、金髪のグロールフィンデルの姿もあった。
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