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 ゴンドリンの陥落【4】


 このようにして、今やモルゴスのゴブリン達はすべての門と壁の両側のほとんどを制圧し、その為『燕』と『虹』の軍勢は破滅へと突き進んでいた。
 だが、都の内側では中心近くの多くの地域、とりわけ王宮の広場に隣接する泉の広場をも勝ち得た。
 しかし、通りの付近や門の周辺には無数の遺体が積み上げられていた。
 望んでいたより多くの、そして守備にあたる者より遥かに多数のゴンドリンの剛勇が喪われたのを目にした彼等は、それ故行軍を停止して会議を開いた。
 バルログ達の非常に厚顔な性根と大胆さによってログがそれらの間で完敗を喫した為に、彼等は酷く怯えた。
 この時彼等が立てた計画は、青銅の蛇と巨大な踏み躙る足でゆっくりと登ってくる鉄の魔物がやって来て、炎の蛇に乗ったバルログが罅割れた壁を通って到着するまで、彼等が勝ち得た地域を維持するというものだった。
 この攻撃がスピードをもって為されるに違いない事は解っていた。
 炎の蛇達の熱は永遠に続くものではない。
 そして、それはモルゴスが彼自身の避難所に造った炎の源泉でのみ補われるのだ。
 だが、伝令が急かされている間にも、彼等はゴンドリンの領袖達の間で奏でられた甘やかな調べを耳にし、それが何を意味するのかと危ぶんだ。
 そして、見よ!塔の高みより闘いの動向の大部分を見守っていたトゥアゴンが今に至るまで温存していたエクセリオンと『泉』の民がやって来るではないか。
 彼の民は素晴らしきフルートの演奏に合わせて進軍し、彼等の装備のクリスタルと銀は荒廃の黒と炎の赤の只中に在って最も気高く美しかった。
 そして、不意に音楽が途切れ、妙なる声音のエクセリオンが剣を抜き放ち様高らかに声を上げた。
 『泉』の民の間で生じた蒼白い剣の煌きを眼前にしたオーク達は、エクセリオンによる猛攻撃を予期せざるを得なかった。
 エクセリオンの民は、その時、かつてエルダリエとゴブリン達との間で行われた如何なる戦いで打ち斃されたより多くの彼の種を殺めたと言われている。
 そして、彼の名は今でも彼の敵の間では恐怖の対象であり、エルダアルの鬨の声となっているのだ。
 この時、トゥオルと『翼』の者達が戦闘に参入し、エクセリオン及び『泉』の戦士達と並び立った。
 2人は強力な一撃をもって撃ちかかり、相手の多くの猛攻を受け流した。
 そして、オーク達をほとんど門の辺りまで追い返す程に苦しめた。
 だが、其処では、見物人達が竜がアモン・グワレスを登る道を力を込めて懸命にに踏み固め、都の防壁を打ち破ろうとしているのを見て震え慄き右往左往した。
 既に防壁には割れ目が出来ており、物見の塔が荒廃し崩れ落ちた辺りには、破壊された石の建材が散乱していた。
 『燕』と『天の門』の隊は或いは倒壊した家屋の間で激しく戦い、或いは東で、西で、敵から壁を守っていた。
 だが、トゥオルがオークを追いつめながら辿り着いた途端、真鍮の蛇の中の一体が西の壁に向かって唸り声を上げた。
 壁の大部分が振動し、崩れ落ちた。
 更に、後ろからはバルログを乗せた炎の生き物がやって来た。
 その長虫の口から突如として火焔が噴き出し、前に居合わせた味方の民は衰弱し、トゥオルの兜を飾る羽は黒ずんだ。
 しかし、トゥオルはその場で持ち堪え、彼の近衛隊と見い出し得る全ての『門』と『燕』の者達を周りに集めた。
 一方、彼の右隣では、エクセリオンが『南の泉』の兵達を再編した。
 今やオーク達は竜の来訪によって気を取り直し、割れ目付近から侵入して来たバルログ達に立ち混じり、ゴンドリンの民を激しく攻め立てた。
 トゥオルはオークの首領であるオスロドの兜を叩き割って斬り殺し、バルクメグを真っ二つにし、ラグに斧で殴りかかってその脚を膝下から斬り落とした。
 他方、エクセリオンはゴブリンの二将を一刀の下に斬り捨て、大胆不敵な猛士の首長オクロバルの頭を切り裂いて支援した。
 その偉大な勇敢さによって、彼等2人の領主はバルログの許にまで辿り着いた。
 それら力の妖魔の三体をエクセリオンは斃した。
 彼の剣の閃きはバルログの纏う鉄を切り裂き、その炎を妨げたので、バルログ達は身悶えした。
 だが、トゥオルの振るう斧ドラムボレグは、空を切って急襲する鷲の翼のように歌い、振り下ろされる度に死へと導くが故により恐れられ、5体がその前に斃れた。
 しかし、数において劣る者が、いつまでも多数の敵を相手に戦えるものではない。
 エクセリオンの左腕はバルログの鞭に引き裂かれて痛みを負い、彼の盾は竜が防壁の廃墟の只中に近寄って来た途端、地に堕ちてしまった。
 その時、蹂躙する獣の足がまさに彼らの頭上に迫ったが、エクセリオンはトゥオルに凭れ掛からねばおられず、トゥオルは彼を置き去りにはできなかった。
 彼等は押し潰されてしまうかに見えた。
 だが、トゥオルがその生き物の足を切り裂いた。
 炎を噴き、獣は咆哮して尾を打ち据えた。
 その為、ノルドオルとオーク双方から多数の死者が出た。
 トゥオルは、彼の手勢を集めてエクセリオンを抱え上げると、生き残った民と共に竜の下をかいくぐって逃走した。
 この獣が齎した殺戮は惨たらしく、ゴンドリンの民は痛ましく乱れた。
 このようにフオルの息子トゥオルは敵の面前に晒されながら闘いによって道を切り開き、戦場から『泉』のエクセリオンを連れ去った。
 しかし、竜と敵の軍勢は都の半分、北側の全域を制圧した。
 それから、略奪隊が通り付近にやって来て隈なく捜索し、闇の中で男も女も子供達をも殺し、また状況が許せば多くの者を縛り上げて鉄の竜に囲まれた空間に放り込んだ。
 彼等は、後からモルゴスの奴隷として人々を連れて行くつもりだったのだ。
 トゥオルは、北側からの道を通ってフォークウェルの広場に辿り着き、ガルドールがインウェのアーチからの西の入り口でゴブリンの大軍を阻んでいるのを目にした。
 だが、彼の周囲には今やほんの数人の『樹木』の戦士がいるのみだった。
 ガルドールは、トゥオルの救い主となった。
 エクセリオンを背負って麾下の男達から遅れてよろけながら歩いていたトゥオルは、暗闇で横たわっていた身体に躓いてしまい、ガルドールが急行して棍棒による攻撃を加えなければオーク達に捕らえられていたところだったのだ。
 此処に於いて、散在していた『翼』の近衛と『樹木』と『泉』、『燕』、『天の門』の戦士が結集して優れた大隊となり、隣接する王の広場の方が防御しやすい事からトゥオルの助言を容れて泉の広場を明け渡した。
 その場所は、以前はとても清らかで深い水を湛えた泉の周りに多くの樫とポプラの美しい木々が生えていたが、この時にはモルゴスに与する忌まわしい者達の醜悪さと喧騒が溢れ返り、泉の水は彼らの死骸で汚染されてしまった。
 こうして、守備隊が集結した最後の勇士達は、トゥアゴンの宮殿の広場にやって来た。
 彼等の中には傷つき衰弱した者も多く、トゥオルもその夜の働きと死んだように気を喪ったエクセリオンの重みとで疲れ果てていた。
 彼が北西からアーチの道を通って軍勢を率いて来たまさにその時(彼等は後方に隠れている敵を阻止する為にかなり遅れていた)、広場の東から騒音が上がった。
 するとどうだろう!グロールフィンデルが、『金華』家の残された戦士を引き連れて来たではないか。
 この時、都の東にかけてのグレートマーケットで、彼等は大規模な衝突に耐えていた。
 彼等が門付近での戦闘に赴くべく曲がりくねった道を行軍していたところに、思いがけずバルログに率いられたオークの軍勢がやって来たのだ。
 彼等は左の側面から敵を急襲しようとしたが、彼等自身の方が奇襲を受けてしまった。
 その地で、彼等は防壁の割れ目から新たに現れた炎の蛇が彼等を制圧するまでの数時間、激しく闘った。
 グロールフィンデルは僅かばかりの戦士達と共に懸命に活路を切り開いた。
 しかし、店の立ち並ぶ通りと素晴らしい職人達の業からなる見事な品々は灰燼に帰した。
 トゥアゴンはグロールフィンデルからの急使を受けて『竪琴』の民を救援に派遣した、と物語は語る。
 だが、サルガントはこの命令を彼等に伝えず、彼が住むレッサーマーケットの広場から南に駐留するよう命じた。
 彼等は、その場所で気を揉み苛立っていた。
 しかし、今や『竪琴』の民はサルガントの下を離れ、王の広間に集まって来た。
 それは、とても時を得ていた。
 勝ち誇った敵の攻勢がグロールフィンデルのすぐ背後まで迫っていたのだ。
 こうして、『竪琴』の民は主の怯懦を完全に贖った。
 彼等は、敵の軍勢を市場まで押し戻した。
 そして、統率者もなく憤怒に駆られたまま、或いは炎の罠に陥り、或いはその場で浮かれ騒いでいた魔物の息の前に斃れていった。


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