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ゴンドリンの陥落【3】
この時、『翼』の民の頭たるトゥオルは通りの騒乱の中で奮闘していた。
そうして今、我が家へと帰り着いたトゥオルは、マイグリンが彼に先んじている事に気づいた。
北門付近で戦闘が開始され、街中喚き叫ぶ声が飛び交う中にあって、マイグリンは今こそ彼の目論見を達する時だと期待していた。
トゥオルによる隠された掘削について多くを知りながら(まさに土壇場になってその事に関する情報を得た彼は全てを発見する事は出来なかった)、マイグリンは王にも他の誰にも何ひとつ告げなかった。
そのトンネルが最後には逃れの道になる事、それが都に最も近い場所にある事を確信した為で、彼はそれを己の利に、ノルドオルの苦難に用いようと考えたのだ。
襲撃が始まった時点で彼はモルゴスに道の外側の出口に守備隊を配するよう内密に急使を派遣した。
しかし、彼自身は今エアレンディルを捕らえて壁の下の炎に投げ込んだ上で、イドリルを虜囚として道の秘密に導くよう強いるつもりでいた。
そうする事で炎と大量虐殺の恐怖から逃れ、彼女を共にモルゴスの地に引き連れて行ける筈だった。
マイグリンは、このような残虐な略奪の横行する中にあってはモルゴスが密かに与えた約定もすら果たされないのではないかと懼れ、彼の身の安全を図る為にモルゴスの手助けをする気にさせられていた。
しかし彼は、この甚大な劫火の中に於けるトゥオルの死には何の疑いも持っていなかった。
サルガントに、トゥオルを王の広間に足止めした上でそのまま真っ直ぐ命取りとなる戦に唆す役目を委ねておいた為である。
だがしかし!サルガントは死への恐怖に陥り、家に駆け戻ると震え慄いてベッドに横たわった。
一方、トゥオルは『翼』の一族と共に自宅に駆けつけた。
トゥオルは、彼の剛勇が戦いの物音に向かっているにも関わらず、死をも厭わぬ戦闘集団の中へと戻る前にイドリルとエアレンディルに別れを告げ、護衛の者と共に秘密の道を下るよう急がせる為に家に立ち寄ったのだ。
しかし、彼は『土竜』の一族が彼の家のドアに殺到しているのを見い出した。
これはマイグリンが都で得る事が出来た最も無慈悲で心無い者達だった。
未だ自由の民たるノルドオルであり主と違ってモルゴスの呪縛下にあった訳でもなかった彼等は、それ故マイグリンの罵りにも関わらず彼の目的に触れようとはしなかったが、彼の権威の為にイドリルを救おうともしなかった。
そうして今、マイグリンは残忍な心情からイドリルにエアレンディルが炎の中に落ちる様を見せつけようと彼女の髪を掴んで胸壁まで引き摺っていこうとしていた。
だが、彼はエアレンディルにてこずり、イドリルはその美しさとか細さにも関わらずたった独りで雌の虎のように闘った。
マイグリンは苦闘し、『翼』の民が近くまで引き連れられて来る真っ只中にあって遅れをとっていた。
そして見よ!トゥオルが、その声を耳にしたオーク共が恐れ挫ける程の大音声を上げているではないか。
嵐の轟きの如く、『翼』の近衛兵達は『土竜』の男達の只中に在って、彼らを襲い散り散りに蹴散らした。
これを見たマイグリンは、手にしていた短刀でエアレンディルを刺した。
だが、エアレンディルが彼の左手を歯が喰い込むほど咬んだ為にマイグリンはよろめき、ために刺突は弱々しいものとなって小さな外套状の鎧がその刃を逸らした。
その直後、トゥオルが見るも恐ろしい憤怒の表情で近づいて来た。
彼は、マイグリンのナイフを持った手を捕らえると、捻り上げて腕を折った。
それから、マイグリンの腰を掴むと壁の上まで飛ぶように駆け上がり、彼を遠くに投げ飛ばした。
彼の身体は大きく落下し、炎の中に投げ込まれる前に3度アモン・グワレスに叩きつけられた。
こうして、マイグリンの名は恥辱に塗れてエルダアルとノルドオルの間から消え失せた。
そして、『翼』の一族の僅かなそれより数において勝っていた『土竜』の戦士達は、領主への忠誠心からトゥオルに襲いかかり、激しい殴り合いとなった。
だが、トゥオルの激怒の前には何者も立ち向かう事は出来ず、彼等は打ち負かされて暗い穴に飛び込まざるを得なくさせられるか壁から投げ飛ばされた。
その後、トゥオルと彼の麾下の者達は、門の騒ぎが酷く大きくなっていた為にそちらに戻らねばならなかった。
それに、トゥオルはまだ心の中で都が持ち堪えるかもしれないと思っていたのだ。
けれども、彼は意思に反してヴォロンウェと数人の剣士を彼が戻るか戦況が伝えられるかするまでのイドリルの護衛として其処に残した。
今や、門での戦いはまさに過酷な状況になっていた。
壁から弓を射ていた『燕』の家のドゥイリンは、アモン・グワレスの麓付近のあちこちを飛び越えたバルログ達の火のついた矢に襲われ、胸壁から堕ちて非業の死を遂げた。
それから、バルログ等は焔の投げ槍と小さな蛇のように炎を帯びた矢を空に向かって放ち続けた。
それらは、木々が枯れ、草花が燃え上がり、壁と柱廊の白が焼け焦げて黒ずむまでゴンドリンの庭々と屋根とに降り注いだ。
だが、更に悪しき事は、これらの悪魔が鉄の魔物の螺旋を登り、其処から守備陣の主力部隊の背後で都が炎上し始めるまで、彼等の弓や投石器から絶え間なく矢や岩石を放ち続けた事だった。
その時、ログが偉大なる声で語った。
「誰が、その恐怖故にバルログを恐れるのか?長きに渡りノルドオルの子供達を酷く痛めつけてきて、今射撃によって我等の背後に火を放っている我が面前の呪わしき者共を見よ!来たれ、汝等『憤怒の槌』の者よ、そして、悪に報いて奴等を打ち滅ぼさん!」
その直後、彼は長い柄を持つ鎚鉾を振り上げた。
そうして、突撃によって崩れた門までの道を彼自身の前に切り開いて行った。
一方、全ての『打ち鳴らされた鉄床』の民は激しい怒りから双眸に火花を散らして楔のように彼の後に続いて駆けた。
彼等の突撃は今もノルドオル達が歌う偉大な勲であり、多数のオーク達が炎の下に後退させられた。
だが、ログの戦士達は魔物が積み重なった螺旋の上にまで飛びついてバルログに襲いかかり、それらが非常に丈高く全員が炎の鞭と鉄の爪を持っていたにも関わらず激しく殴打した。
彼等はそれらを無に帰さしめ、或いは彼等に向かって振るわれた鞭を捕らえ、かつてノーム達がバルログに為された如くに切り裂いた。
かつて如何なるエルフや人間の手によってもこれほど多くのバルログが討たれた事はなく、その数の多さはモルゴスの軍勢にとって脅威となり、恐怖となった。
そこで、バルログの長であるゴスモグは都の付近にいた全ての彼の魔物を集め、このように命じた。
1つの隊を『鎚』の民の為に組んでこれを彼等の前に置く。一方で、彼等の背後を取るべくより大きな一団をとぐろ巻きの蛇達より高く都により近い場所へと側面から投入する。そうすれば、ログは彼の民共々虐殺より生きて逃れ得る事はないだろう。
だが、この企てを目にしたログは、期待通り生きて戻ろうとはせず、代わりに全ての彼の民と共に目の前に配された敵へと襲いかかった。
敵は、今や与えられた使命よりも差し迫った危機の為に彼の前から逃げ出した。
彼等は繰り返し攻撃を受けながら平原へと下り、その悲鳴はトゥムラデンの空気をかき乱した。
そして、『鎚』の家の民は、遂に炎の蛇が彼らの上に放たれ圧倒的なオークとバルログの軍勢に取り囲まれるまで、石で覆われたモルゴスの一隊に殴りつけ、叩き切った。
彼等は、ログの周囲で遂に鉄と炎の魔物に制覇されるまで敵を切り倒し、死んでいった。
その時の事は、『憤怒の槌』の民1人の生命を贖うのに敵7体の命をもって為されたと今も歌に歌われている。
ログの死と彼の軍勢の喪失に及び、恐怖は一層重く遺されたゴンドリンの民に圧し掛かった。
彼等はより遠く、都の中にまで退却した。
ペンロドは道の途中で壁際に追い詰められて惨殺され、『支柱』と『雪の塔』の多くの戦士達も彼の周囲で斃れた。
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