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 ゴンドリンの陥落【2】


 未だ夜半より4時間余り、北の空も東や西の空も赤く染まり、鉄の魔物はトゥムラデンの平原に達し、炎の妖魔は丘の最も低い坂の途中にあった。
 最も離れた南方のクリストホルンすなわち鷲の裂け目以外の場所では、守備隊はそこら中を徘徊するバルログに捕らえられ、悪辣な責め苦に遭わされた。
 その時点で、王トゥアゴンは会議を招集した。
 訪ないし者トゥオルと公子マイグリンがおり、ドゥイリンがイーグルモスと丈高きペンロドと共にやって来た。
 ログもまた大股で歩み寄り、『樹木』の家のガルドールに黄金のグロールフィンデル、楽の音の君エクセリオンの姿もあった。
 知らせを聞いて震え慄いていたサルガントもいたし、他にも血の繋がりは薄くとも良き心を持つ貴族達も傍に控えていた。
 そこで、トゥオルは彼の意見を語った。
 平原の熱と光が余りに強大になり過ぎる前に、直ちに大規模な突撃を仕掛けるべきだ、と。
 女性や子供を中央にまとめて全軍が一丸となって突撃するのか、それとも各々の隊でそれぞれ指揮官を見出すべきかという点については意見を異にしながらも多くの者がトゥオルをを支持したし、彼は最後までこの考えに心を傾けていた。
 だが、マイグリンとサルガントだけは、都を維持し、其処に眠る宝を守るべく務めようという別の勧告を支持した。
 マイグリンは、彼が自分を救う為に齎した破滅からノルドオルの誰か1人でも逃れては困るという懼れと、彼の裏切りが明るみに出ていつの日にか復讐されるのではないかという不安から、狡猾にもそう話したのだ。
 一方、サルガントは、街から出る事を酷く恐れてマイグリンの言葉を鸚鵡返しにした。
 彼にとっては、戦場で酷い損害を蒙るより強固な要塞に拠って戦う方がまだましだった。
 それから、『土竜』の族の首領マイグリンは、トゥアゴンの弱いところを衝いて言った。
 「おぉ、王よご覧あれ!ゴンドリンの都には、宝石や貴金属や織物、そしてノーム達の手によって精魂込めて並々ならぬ美しさに作り上げられた宝がある。それを諸卿ら――思うに賢明というよりは勇ましい性質なのだろう――は敵に引き渡してしまうおつもりだ。たとえ平原にて勝利が貴方のものとなろうとも、貴方の都は略奪の憂き目に遭い、バルログ達は計りようのない戦利品を獲るであろう」
 トゥアゴンは呻吟した。
 彼がアモン・グワレスの上に築かれた都の素晴らしさと富貴とに寄せる愛着を、マイグリンは知っていたのだ。
 マイグリンは、声に火を点して再び語った。
 「あぁ、貴方は難攻不落の厚い壁を築き、挫かれる事のない武勇を誇る門を造り上げてきた数え切れぬ年月の労苦より得るものはなかったのか?アモン・グワレスの丘の力は深き谷程に弱まったか?武器の備蓄や無数の弓は、この危難の時にあって、その足音によって環状山脈を轟かせ踏み躙る歩みに大地を震撼させる火と鉄の軍勢に対し、貴方がすべてを脇に投げ出し無防備に対峙せねばならぬ程の価値しか持たぬのか?」
 サルガントは、その光景を思い浮かべて身震いし、騒々しくがなり立てた。
 「マイグリンの言う事は正しい。王よ、彼の言葉を聞き給え」
 そして、王は、すべての諸卿が違った風に言ったにも拘らず彼等2人の忠言を聞き入れ、それどころかより発展させさえした。
 その為、彼の命により、城壁が襲撃された今もすべての民が留まっていた。
 だが、トゥオルは嘆き悲しみながら王の広間を去り、『翼』の一族の者を集めると、通りを抜けて彼の家を求めた。
 この頃には、光はぞっとするほど赤く激しくなり、暑苦しい熱気と黒い煙と悪臭とが都への小道の付近に立ち上っていた。
 今や魔物達は谷を横切り、ゴンドリンの白き塔は赤く染め上げられた。
 一方、最も勇敢な者達は炎の竜や青銅と鉄の悪魔が都のある丘に近づきつつある様を目にする事を絶えず恐れ、無意味に矢を放った。
 様子を見守る人々からは、丘の険しさと硝子のような質、そして傍を流れ落ちる水が炎を抑える力によって火の蛇が登って来られなければ良いと願う声が上がった。
 悪しき者共は未だ丘の麓に散在しており、アモン・グワレスの流れからは膨大な蒸気が立ち上って魔物の焔と共に吹きつけた。
 余りの熱気に女性達は気が遠くなり、男達は鎧の下で汗をかいて疲弊し、都の泉は王の泉を除いてすべて熱を帯びて煙っていた。
 だが、バルログの王にしてモルゴスの軍勢の首領たるゴスモグは協議を持ち、眼前のすべての障害物より高く周囲に螺旋状に巻きつく事の出来る鉄の輩を集めた。
 ゴスモグは、彼等に北の門の前に積み重なるよう命じた。
 そして見よ。彼等の造り出した巨大な尖頂は戸口にまで達して付近の塔や稜堡を圧し、その重みに耐えかねた門が崩落して大きな騒音が生じた。
 それでも、彼らの周囲の壁のほとんどは未だ堅固に立っていた。
 更に、王の牽引車と石弓が矢や巨石や鋳造した金属を無慈悲な獣達の上に降り注がせ、積み重なった鉄の輩の空洞化した胴体部分は激しく揺すぶられてガランガランと音を立てたが、そう易々とは壊されそうにないそれらの前に歯が立たず、炎は彼らの上を転がり落ちた。
 そして、螺旋状になった彼等の中央の最も高いところが開き、夥しいオークの大群、憎むべきゴブリン達が其処から門の裂け目へと吐き出された。
 彼等の三日月刀の煌きや突き刺される幅広の刃を持つ槍の閃光を、一体誰が語る事になろう?
 その時、ログが大音声で叫び、すべての『憤怒の槌』の民と『樹木』の一族とが雄々しきガルドールと共に敵に飛びかかった。
 彼等の巨大な槌鉾の一撃と棍棒による打撃は環状山脈を打ち鳴らし、オーク達は木の葉のように散った。
 また、『燕』と『天の門』の人々は彼等の頭上に秋の暗き雨の如くに矢を降らせ、オーク達とゴンドリンの民の双方が煙と混乱の下に斃れた。
 戦闘は激しく、ゴンドリンの民は彼等のすべての武勇にも関わらず増え続ける敵勢によってゴブリン達が都の最北端を掌握するまでにゆっくりと追いやられていった。


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