運命の流れが一巡りした時
〜ハルディア〜
■横 顔-6-■空しくて、情けなくて、涙が零れた。
翌朝。
あの後、ロスロリアンの森の中を、一晩中宛ても無く彷徨い、沈んだ心のまま、自室のフレトへ戻った。
誰も居ないはずの部屋には、まだレゴラスがおり、身支度をしているところだった。
「…レゴラス?」
「お早うございます」
白い上着の金具を止めながら、こちらに顔を向け、悲しげに微笑んで来た。
やはりレゴラスには白が良く似合った。
そういえば、初めて彼を見た時も、白地に金糸の刺繍を施した衣装を着ていたし、闇の森で会った時も、白い衣装を着ていたのを思い出した。
しかし、まさか彼がまだ私の部屋にいるとは思ってなかったので、レゴラスの顔を直視する事が出来なかった。
「昨夜は申し訳ありませんでした。自分では、覚悟をしていたつもりだったのです」
俯きながらそう言い、また寂し気に笑った。
「仲間の元へ戻ったのでは…?」
レゴラスは私の前に歩み寄ると、軽く肩に手を乗せた。
「約束は約束ですから。ロスロリアンに居る間は、あなたの元にいましょう」
背伸びをすると、私の唇に自分の唇を重ねた。それは羽毛の様に、軽く柔らかいものだった。
「私に…あなたの心に入り込む機会は、あるのでしょうか?」
未練たらしい自分が嫌になる。
「長いエルフの生の内、いずれはその時が、来るかもしれません」
暗に断られたも同然の答えだ。だが、これが今の彼には精一杯の答えなのだろう。
旅の仲間達がロスロリアンに滞在している間、レゴラスは本当に私の元にいた。仲間の所へは、ほとんど顔を見せに行っていない様だった。
彼らがロスロリアンに滞在し始めて十日程経ったある日。
カラス・ガラゾンから北方の森へ向かう途中、森の中を歩く旅の仲間の一人と出会った。それは、アラゴルンだった。
「アラゴルン、何処へ向かわれるつもりか?」
アラゴルンは旧知の、親しい私の顔を見て、ホッとした表情をした。
「ハルディア、レゴラスを知らないか?」
彼の口からレゴラスの名が出た途端、私はドキリとした。そして、私の心に小さな嫉妬の炎が灯ったのを感じた。
「アラゴルン、部屋から勝手に出歩かれては困りますな。あなた方は殿と奥方の客人として迎えられたが、それでも危険なものを持っている事に、変わりはないのだ。あなたには庭の様な場所であろうが、指輪を持っている限り、ロリアンの森を勝手に歩く事は自重して頂きたい」
私の厳しい言葉を聞いたアラゴルンは、驚いた顔をする。まさか、私からこんな事を言われるとは、思ってもいなかったのだろう。
少し考えて、彼は諦めた表情をした。
「そう…だな。確かにそうだ。済まなかった」
そう言って、また元来た道を帰って行った。
その後ろ姿を見送りながら、少なからず、私はアラゴルンに対して優越感を覚えずにはいられなかった。
ここに滞在する限り、彼は私のものなのだ。それが例え、契約上のものであったとしても。
レゴラスを手放したくなかった。
だがあの日以来、私はレゴラスと共寝こそすれ、コトに及ぶ事はなかった。レゴラスは幾度となく、私を誘って来たが、私は拒否していた。
「あなたはご自分の事となると、まるで無頓着だ。もっとご自分を厭わられよ」
そう言ったが、本当は、彼が腕の中で再び他の男の名を口にするかもしれない、という怖れからだった。
北方の森から帰り、自室のフレトに戻ると、いつもの様にレゴラスが出迎えてくれた。
ちょっとした新婚気分で嬉しかった。
「北方の森へ行く途中、アラゴルンに逢いましたよ。あなたを捜していました」
私がマントを外すと、レゴラスがそれを受け取る。
「それであなたは、どうされたのです?」
「部屋へお帰り頂いた。……彼に逢いたかったですか?」
奥の部屋へ向かっていたレゴラスは立ち止まり、こちらを振り返った。
「いいえ。ここに居る間は、彼に逢うつもりはありません。だって今は…私はあなたのものですから」