運命の流れが一巡りした時
〜ハルディア〜
横 顔-4-

 更に何百年の月日が経ち――。中つ国にサウロンの影が再び広がり始めていた。
 そんな中、レゴラスが一つの指輪を葬る、旅の仲間に加わったとの知らせが届いた。
 何故。
 あなたは自ら、危険に身を晒す様な事をするのか。今までも大小いくつかの戦いがあったが、あなたの姿を見ない戦は無かったと聞く。
 そして、あなたは仲間と共にロスロリアンへやって来た。
 だが私は、あなたに想いを寄せる者である前に、ガラドリエル様の従者なのだ。危険を承知でこの森に“一つの指輪”を持ち込む事を許す訳にはいかなかった。
「きみ達は“悪”を持ち込んだ。これ以上進ませる訳にはいかない」
「ハルディア、私達を助けて欲しい」
 私は一瞬、言葉を失った。
 まさか、あなたの口からその様な言葉が出て来るとは、思いもよらなかった。
 この旅が、あなたにこんな、変化をもたらすとは。
「とにかく、これ以上ロリアンの地に、足を踏み入れる事は許さない」
 立ち去ろうと、部下を率いて踵を返そうとする。
 と、レゴラスの一歩前に出たのは、アラゴルンだった。
 彼は必死にガラドリエル様へのお目通りと、協力を頼んでくる。
《お願いだ。我々は休息を必要としている。せめて、奥方へ話だけでもお伝え願えないか?》
《………》
 この時、私は卑怯な取引を思い付いてしまった。しかも、極個人的な……。
「判りました。レゴラス、あなたと話がしたい」
 アラゴルンは驚いて、レゴラスの方へ振り返った。
 レゴラスは私に射抜く様な視線を投げ掛け、そして、アラゴルンの肩に手を掛けると、ニヤリと笑った。
「大丈夫ですよ」
 彼は仲間達に目を向ける事なく、フレトを降りて行く。
 その毅然とした態度に、私は罪悪感を抱かずにはいられなかった。
「――で、条件は何です?」
 あなたの冷たい表情、鋭い視線、厚い氷に閉ざされた心。闇の森で私に話し掛けて来たあなたと、何ら変わる所は無かった。
 だが、あなたはご自分でも知らぬ所で、確実に変わって来ている。
「条件……」
 私は伏し目がちにつぶやく。それを告げるには、あまりにも心苦しかった。だが、取引を持ち掛けた以上は、それを伝えなければならない。
「条件は――。あなただ」
 レゴラスの表情は変わらなかった。
「ここに滞在される間だけで良い。あなたが私のものになって戴けるなら、奥方にお目通りが叶う様努めましょう」
 あぁ神よ、私は何て罪深いのだろう。
 彼の弱味に付け込み、断れぬのを承知で、美しき蝶の羽をもぎ取ろうとしているのだ。羽を折られた蝶は、最早、蝶ではないのに。
「……良いでしょう。その条件、飲みましょう」
 レゴラスは限り無く、妖艶に笑ってみせた。

 麗しの君が、私のフレトにいる。二千年以上、恋焦がれていた彼が、だ。
 今まで、その髪一筋に触れる事すら出来なかった彼を、この腕に抱く事が出来る。
 ゆっくりと、ガラス細工を抱える様に、レゴラスの身体を引き寄せる。
 思いの他、彼の身体は華奢で小さかった。
 そっと彼の唇に、自分の唇を重ねる。
 抵抗するでもなく、享受するでもなく、レゴラスは私の口付けを受けていた。
「あなたの唇は、まるで氷の様だ。その心と同じ様に」
 レゴラスは口端を上げ、意地悪く笑ってみせる。
「では、その氷。溶かしてみますか? あなたに出来るのならですが」
 その言葉で、私は噛み付く様に、彼の唇を奪う。
 舌で口を割り、歯列をなぞり、舌を絡め取る。
 何度も向きを変え、夢中で彼の唇を貪った。
「…っん、ぁっ…ん…」
 自分の身体を支える為に、レゴラスの腕が背中に回された。
「何故、抵抗しないのです?」
 唇を放すと、そう問い掛ける。
「それでは取引に応じた意味がないでしょう」
 レゴラスは汚れた口許を手の甲で拭いながら、私を横目で目寝つける。
「レゴラス…!」
 身体が震えた。
 胸が苦しくて、切なくて、その想いをぶつける様に、レゴラスの身体をかき抱く。
「では何故、取引に応じたのです? あなたは私が汚い手を使った事など、判っていた筈だ」


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