運命の流れが一巡りした時
〜ハルディア〜
横 顔-3-

 初めて交したこの会話で、私は少なからず、彼に対しての印象を、改めなければならなかった。
 彼はただ、優雅で美しいだけのエルフではない。その心は堅く、厚い氷に覆われている。
 その氷は、グロールフィンデル様でさえも、溶かす事が出来ないのかもしれない。
『例えるなら、そうですね…。彼は蝶ですよ。何人も捕らえる事の出来ないね…』
 グロールフィンデル様。あなたのおっしゃった通り、美しい蝶は捕らえようとして、スルリと腕を擦り抜けてしまった。
 そしてレゴラス。あなたに物憂げな顔をさせる、その愁いは一体何なのか。
 私は彼の後ろ姿を、ただ見送るしか出来なかった。
 宴の席へ戻ると、弟が面白そうに私に話し掛けて来た。
《緑葉の君には、お逢いになれましたか?》
 私は正直に答えるべきか、一瞬考えた。
《……いや》
《それは残念でしたね。兄上が、席を立たれてすぐ、帰られたのですよ》
《帰られた?》
 弟は私の耳元で、声を顰める。
《どうやら緑葉の君と、スランドゥイル様は仲があまり良ろしくないらしい》
 上座に目を向けると、スランドゥイル様は上機嫌でワイングラスを掲げ、先程レゴラスと話をしていた男が、ケレボルン様より送られた赤ワインを、そのグラスに注いでいた。
《闇の森(ここ)では公然の秘密らしいですがね。お住まいも別だという話ですよ》
 だから馬に乗り、宮殿を出て行ったのか。
 あなたの愁いは、父王との確執もあるのだろうか。
 三日程、闇の森に滞在し、霧ふり山脈を越え裂け谷に到着した。
 ここは、私にとって恋敵と言うべき(……いや、到底敵う相手ではないが)、グロールフィンデル様が住まう場所。
 しかしこの方は、エルダマールの身分の高い上のエルフなのに、何故中つ国に止どまっておいでなのか。
 出迎えてくれたのは、エルロンド卿のご子息、双子のエルラダンとエルロヒア。
 いつも周辺の荒野の視察に出掛け、留守がちな二人が、裂け谷に戻っているのは珍しい事だった。
《長旅、ご苦労様でした》
《父上がお待ちですよ》
 二人は同時に振り返り、我々を『最後の憩』館へと我々を案内する。
 ロスロリアンが一年中花の季節なら、イムラドリスは紅葉の季節。
 紅く色付いた楓などの落葉樹が美しい。
 エルフが住む都は、何処も独特の美しさを持っていた。
《よく参られた》
 玉座から立上がり、にこやかに手を差し延べて来たのはエルロンド卿。
 その左手に穏やかな笑みを讃えている、女性はウンドミエル様。そして右手の長身の、裂け谷の住人には珍しい金の髪を持つエルフは、グロールフィンデル様。
 エルロンド卿と握手を交わし、早速ガラドリエル様よりお預かりした品々をお渡しする。
 ガラドリエル様お手ずから織られた、色鮮やかな美しい布を、ウンドミエル様は殊の外お喜びだった。
 夕食の宴の席で、グロールフィンデル様が私に話し掛けて来た。
「ハルディア、闇の森にお寄りになったそうですね」
 ロリアンエルフのほとんどがエルフ語しか話さない為、今までエルフ語のみでされていた会話だったが、グロールフィンデル様の言葉は共通語だった。
「えぇ。あの森は益々闇の色が濃くなった様に思います」
 金の髪のエルフは、私の持つグラスに、ワインを注ぎ入れる。
「緑葉の君にはお逢いになったのかな?」
「えぇ。相変わらず美しい方でした」
「そうですか」
 彼は穏やかに、想い人に想いを馳せ、慈しむかの様に微笑まれた。
 私の胸が、チクリと痛んだ。
「緑葉の君の美しさに」
 そう言ってグラスを掲げ、私のグラスと合わせられた。
 闇の森でレゴラスは『誰のものでもない』『誰かのものになるつもりもない』と、はっきり言い切った。
 グロールフィンデル様、あなたはそれをご承知されているのか。
 月が紅く染まっていた。


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