安らかに眠ってくれる様に。そして、犯人を必ず捕まえてみせる、と誓約する様に……。
キャンベルは遺体安置室を出ると、トイレに立ち寄り、睡眠不足で朦朧とする頭をスッキリさせた。
これから再び現場検証に向かわねばならなかった。
例え、手掛かりになる様なものは何一つ残されてはいない、と判っていたとしても。
日も高くなった頃、ようやくグリフィンは目を覚ました。
昨夜は気分が高揚して、なかなか眠れなかったのだ。
こんな事は、初めて殺人を犯した時以来だった。
殺される直前のターゲットの懇願する目、肉を掻き切る時の感触。それが忘れられなくて、犯行を繰り返すのだ。
だが、昨夜は違った。
あのギリギリまで追い詰められたスリル感、歓喜。そして、腹の底から沸き上がる、何とも言えない興奮。
今思い出しても、自然に笑みが漏れて来る。
こんな事は初めてだった。
顔を洗い、洗い晒らしの固くなったタオルで拭く。そして、端の欠けた鏡に映る自分の顔を見つめ、妖しく笑った。
彼は部屋の隅に置かれたゲージから、先日、街の子供に預けられた子犬を取り出す。
殆ど物の入っていない冷蔵庫からミルクを取り出し、それを器に移し、子犬に与えた。
子犬はその小さな体を踊らせて喜びを表し、脇目も振らずミルクを飲み干して行く。
その様子を横目で見ながら、グリフィンもパックに残っているミルクを、そのまま口の中に流し込んだ。
一気に飲み干し、空になったパックを放り投げ、それが巧い具合にごみ箱に入ったのを確認すると、満足気に笑った。
『彼』は今頃、現場検証に出掛けているはずだ。
幸いにも自分は、今日は休診日である。
今日は『彼』にしよう。
今日は『彼』に逢いに行くとしよう。
グリフィンは身仕度を整えると、子犬を片手の掌で、ひょいと掴み上げアパートメントを出た。
昨夜の犯行現場近くの公園のベンチで、グリフィンは途中のファーストフード店で買ったハンバーガーを食べていた。
公園内には平日の昼間だというのに、自分と同じ様に、犬を連れた人々が数多くいる。
連れて来た子犬は、たまたま前を通り掛かったダルメシアンと、目の前で戯れていた。
体格が全く違う為、遊ばれる一方の子犬は、昨夜の雨で出来た水溜まりの中で転がりまくり、すっかり泥塗れになっていた。
ハンバーガーを食べながら公園内を見渡す。市民に混じって、制服・私服の警官が紛れているのが容易に判る。
その中に『彼』はいない。
だが、それで良いのだ。
『彼』を見つけるのではない。『彼』に見付けて貰わねば、意味がないのだから。
昨夜の事件の聞き込みをしているのだろう。制服の警官一人が、グリフィンに近付いて来た。まだ若い男だ。
「昨夜、この近辺で殺人事件が発生しました。念の為、ちょっとよろしいですか?」
「あぁ…」
ハンバーガーの最後の一口を、コーヒーで胃の中へ流し込んだ。
警官はもう、何十回と繰り返して来たであろう質問を、また繰り返して来た。
「ここへは良く?」
「仕事が休みの、こんな天気の良い日はね」
ハンバーガーの包み紙を丸め、紙袋に放り込んだ。
「お仕事は何を?」
「獣医ですよ。あれを――」
と、言って子犬を指す。
「預かったものでね、散歩です」
しかし警官は、ダルメシアンの方と勘違いしているようだ。
「成程」と言った様に、頷いた。
「昨夜はどこに?――あぁ、気になさらないで下さい。皆さんにお聞きしている事ですので」
「医院で、預かっている動物の世話を…」
警官が預かっている犬を、勘違いしてくれたのは好都合だった。
お陰で金持ちの飼い主も預ける、腕の良い獣医だという事になった。
実際のところ、グリフィンの獣医医院は流行っているとは、とても言える状態ではない。だがそれは、彼自身が意図しているものであって、決して腕は悪くない。
グリフィンは夜の顔とは、似ても似付かない程の、明るい笑顔を作った。だが、目は笑っていない。
「では、昨夜何か変わった事は?」
グリフィンは少し考えるふりをする。紙コップのコーヒーを一口飲んだ。
「……。いえ、特に何も。第一、ここから車で三十分かかる所ですからね、何もありませんでしたよ」
グリフィンはニコッと笑った。
「そうですか、ご協力ありがとうございます」
若い警官は、礼を述べると去って行く。
その後姿を見送りながら、残忍な笑みを浮かべた。
洞察力が足りないな…、と思った。