宴の席へ戻ると、盛りが過ぎても未だ皆、微酔いで談笑し合っていた。
何処となく人数が減った様に見えるのは、私の様に会場の外へ出ている者もいるからだろう。
スランドゥイル殿も、相変わらずの上機嫌で、息子が居ないのを、気にしている風ではなかった。
レゴラスの身体が気になって仕方が無い。
元の席に着き、給仕に水を頼む。
≪やっとお戻りになられましたな、金華公≫
これまたワイングラスを片手に、上機嫌の銀樹公だった。
≪――イムラドリスのご婦人方だけでは、飽き足りませぬかな?≫
そう私を揶揄すると、皆が大笑いした。
ロスロリアンでも、私の女性好きは知れ渡っていたから、そう言われても仕方無い。事実、“そういう”事をして来たので、否定する事も出来ない。相手がレゴラス故、肯定も否定も出来ず、曖昧な笑みを浮かべるしか出来なかった。
≪女性のいる前で、する話ではございませぬな≫
この話は早々に打ち切りたかった。
そう、この場にはガラドリエルの奥方と、ウンドミエルも居るのだ。
給仕が持って来たグラスを、口に運ぶ。
私の言葉で、ウンドミエルは銀樹公の暗喩を理解したらしい。口許に手をやり、目を見開いている。
そう言えば……。
ここにはあの裂け谷の堅物オヤジと、悪戯好きの双子も居るのだった。(実際、目の前にいるのだ!)
私の私生活が、ロスロリアンの領主とその奥方の耳に入るのも、時間の問題と覚悟した。
レゴラスと出会って以来、私の運命の輪は、在らぬ方向へ向かって回り始めてしまっていた。それの行方は、私自身にも判らず、まだ力尽くでどうにかなるものでは無い、と感じた。
しばらくは、大人しく流れに身を任せていた方が良さそうだった。
レゴラスがこの後、宴に戻って来る事は無かった。
ロスロリアンの宴から戻ってすぐ。
いつもの様に午後のテラスで、愛しの君への恋文を認(したた)めていた。
『あの日のあなたは、私の想像以上に美しかった。あなたの髪はラウレリンの如く、あなたの唇は紅(くれない)の糸、その口付けは私を酔わす、極上のワインの味と香り。あなたの頬は柘榴の実の様だった』
ロスロリアンでのレゴラスはそう……。
暁の光の様に、照る月の様に、光り輝く太陽の様に、忽然と私の目の前に現れ、私の胸を震わせた。私からの贈り物を、その身に纏って。
どれだけ賛美を送ろうとも、それはレゴラスの優麗さを讃えるには、不充分だった。
性別を問わず、あなたを振り向かずにはいられなかったのだから。
レゴラスの口から私への愛の言葉を紡がせる為に、次の策を考えねば…。
「グロールフィンデル」
声のする方へ顔を上げると、エルロンドがこちらへ歩いて来た。
「ロリアンへ遣いを頼みたいのだが」
いつもなら双子に頼んでいるのだが、生憎彼らは留守だった。
エルロンドはこの地に『最後の憩』館を構えてから、滅多に外へ出なくなっていた。この地は彼の力で守られてると言って良いだろう。
「えぇ、結構ですよ」
裂け谷で彼の世話になっている以上、私も遊んでばかりいる訳にもいかないので、二つ返事で快諾した。
預けられた品は全部で七つ。一つはガラドリエルと銀樹公への先日の宴の礼状。後の六つの内一つは愛娘へ手紙、後の五つは書物だった。差し詰め彼女の好みそうな恋愛小説なのだろう。
翌日、それらを持って、ロスロリアンへ出発した。途中、エレギオンでレゴラスへの恋文を空の使者に託した。遥か昔、我々がここで産まれ、旅立った頃に想いを馳せながら。
ロスロリアンの森に足を踏み入れると、何処からとも無く近衛隊を率いたハルディアが現れ、形式通りの挨拶をする。
そう言えば…、この男。私とレゴラスの逢瀬の場に鉢合わせていたな。
先を歩き、先導する彼の様子を密かに伺うが、別段変わった所は見受けられなかった。
だが――。
「先の宴にいらしたレゴラス様とは、一体どの様な方なのですか?」
謁見後、客間へ案内される道すがら、ハルディアの口から出たこの言葉で、疑惑が確信に変わった。
「ハルディア、何故私に彼の事を?」
闇の森の住人の事を、裂け谷に住む私に尋ねる等、お門違いというものだ。
間違いなくこの男は、あの時の私達を見ていた。
こんな所でお互いの腹を探り合う事になろうとは。
「レゴラス様はよく裂け谷へ行かれると聞きました。グロールフィンデル様なら、お親しいかと。そう思ったまでです」