きっと物凄い形相なのだろう。道行く者全てが、道を譲る。
「痛いったら! 放して! 一人で歩けるから」
大声で叫ぶカールの方に皆振り返るが、誰一人として助けようとはしない。
必死の抵抗空しく、引き摺られたまま、ヴァン・ヘルシングの私室にまで来てしまった。
彼は扉を乱暴に開け、カールを部屋の中に押し込む。そして扉を閉めると、カールの肩を掴み壁に押し付けた。
壁に腕を着き、逃げ道を塞ぐ。
カールが恐る恐る上目遣いでヴァン・ヘルシングを見上げると、その顔が鼻先が触れそうな程近くにあった。あまりに近過ぎて、慌てて俯く。
「……ヴァン・ヘルシング?」
カールはこの時、初めてヴァン・ヘルシングが怖いと思った。
「一体、どういうつもりだ?」
いきなりの追窮に戸惑う。
「どういうつもり…って」
目を左右に泳がせ、逃げ道を探すが、それを見つける事は出来なかった。
「お前、最近俺を避けてるだろう」
ヴァン・ヘルシングは、怒りを押し殺してそう言った。
「…さ、避けてるなんて……」
図星を刺されて、どう弁解したものか。
「あの時の事、まだ怒ってるのか?」
「“あの時の事”って…」
『あの時の事』が、どの時の事なのかすら覚えていなかった。
「――お、怒ってない…です」
「じゃあ、何故っ!?」
怒りを露わに、拳を壁に叩き付ける。
カールは瞬間的に身体を強張らせた。
「な…何故って…」
そんな事、言える訳がない。
これ以上、神を裏切る事は出来なかった。
「言え!」
脅迫めいたヴァン・ヘルシングの声に、カールは身体を畏縮させる。
「……ないです。それは言えない…」
カールは声を絞り出し、泣き出しそうになるのを、必死で堪える。
「何故言えないんだ」
ヴァン・ヘルシングの更なる追窮に、俯いたまま顔を逸らす。
「……」
「それも言えないのか?」
何も言わず、俯いたままのカールに、ヴァン・ヘルシングは諦めたかの様に溜め息を吐く。
「お願いだ、カール。お前が俺を嫌ってても構わない。だが、納得の行く理由を聞かせてくれ…」
今まで脅迫めいていたヴァン・ヘルシングの声は、懇願に変わっていた。
ヴァン・ヘルシングとカールだけに止どまらず、聖騎士団と武器開発者は、信頼関係で結ばれていなければならない。その均衡の崩壊は、聖騎士団にとっては死を意味する。
「……言えば、あなたに軽蔑される…」
カールは恐る恐る口を開いた。
「軽蔑? そんな事、する訳ないだろう」
ヴァン・ヘルシングのその言葉に、カールは顔を上げた。
その碧い眼には、薄らと涙が滲んでいた。
何となく目の前の修道僧が言わんとする事を察し、ヴァン・ヘルシングはその先を促す。
「――だから、答えてくれ」
ヴァン・ヘルシングの声は、優しさで溢れていた。
カールは軽く溜め息を吐き、困った顔で俯く。が、しばし悩んだ末、キュッと結んだ口を開いた。
「……好き…なんです。あなたの事が…好き」
言ってはならない言葉を口にしてしまった罪悪感から、カールの瞳から涙が溢れる。
誰にも告げずにいるからと、神に許しを請うたばかりなのに。
「俺も好きだよ、カール」
思いがけない告白に、目を見開く。
「で、でも…僕の好きは…その…」
カールはここで一旦切り、短く深呼吸をする。
「――信仰とか…隣人愛とか、家族愛とかとは……、違うんです」
焦りと緊張とでいっぱいになりながら、自分の気持ちを訥々と話し出した。
「判ってるよ」
ヴァン・ヘルシングは微笑むと、カールの顎に手を添え、上に向かせ唇を重ねた。驚いて、一瞬身を引くが、目を閉じて彼の口付けを受け入れる。
初めての“恋人同士の”口付けに、身体の力が抜けて行き、ヴァン・ヘルシングの胸にしがみつく。
「…んっ…」
触れるだけだった口付けは、歯列を割り次第に深いものに変わって行く。
抱き締められ身体同士が密着すると、身体の芯から甘酸っぱいものが込み上げて来る。
「んっ…はぁ…」
息苦しくなって、空気を求めてもがく。
唇を離したヴァン・ヘルシングは、額をカールの額にくっ付けて微笑む。
「鼻を使うんだよ」
瞬間的にカールの顔が紅潮する。
「そ、そんな事言われたって…」
初めてなんだから、出来る訳が無い。第一、そんな事が書いてある書物など読んだ事無いのだから。
「ごめんごめん」
そう言って、笑いながらカールの両頬を、その大きな手で包み込むと、額に唇を落とす。
「――愛してるよ」