immoral -6-

 ぶつかった相手は、ヴァン・ヘルシングだった。
 落としてしまった本を慌てて拾おうとすると、ヴァン・ヘルシングがそれを拾い上げ、手渡してくれた。
「あ、ありがとう、ヴァン・ヘルシング」
 こんな近くにヴァン・ヘルシングが居るのは、あの日以来だった。まともに彼を見る事が出来ない。
「なんの。手伝おうか?」
 如何にも持ち難そうに、三冊の本を抱えるカールにそう申し出る。
「だ、大丈夫大丈夫。じゃあ僕、急ぐから!」
 行く手を塞ぐヴァン・ヘルシングの脇を擦り抜け、その場から逃げ出した。
「おい、カール?」
 普段と明らかに違うカールの態度に、戸惑いを感じずにはいられなかった。
 よろめき乍ら去って行く彼の後ろ姿を見送りながら、深く溜め息を吐いた。
(もしかして、まだ怒ってるのか?)
 でも口調はそんな感じでは無かった。しかし、避けられてるのは確実で。
(とうとう嫌われたかな…)
 よくよく考えれば、今まで嫌われて無かった方のが、不思議だったのかもしれない。
 ガックリと肩を落として、本来行くべき場所だった厩舎へと向かった。
 実験室へ戻ったカールは、ドカッと本を作業台の上に置き、疲れた両腕を支えに大きく息を吐く。そしてそのまま、ヘナヘナと床に座り込んだ。
 心臓がドキドキしている。
 ヴァン・ヘルシングの感触が、匂いが、体格の大きさが甦る。それだけで頬に熱が上り、身体中が火照って来た。
(どうしよう…。このままじゃ修道士失格じゃないか)
 目には涙が滲んで来る。
 神学校の学生の時から、聖職者になる為に神だけを愛し、信仰して来たのに。
(あぁ神よ…生涯をあなたの為に捧げると誓った私をお赦し下さい)
 そのまま頭を抱え、項垂れて涙を流した。
 こんな大罪が明るみに出たら、もうここには居られなくなる。この想いは、誰にも告げず、胸の内に終っておくしかない。
 カールは顔を上げ、涙を拭った。
 自分の心に気付いてしまったからには、もう想いを止める事は出来なかった。
 厩舎で馬の手入れをしていたヴァン・ヘルシングは、明ら様にカールに避けられたショックを引き摺りながら、愛馬にブラッシングをしていた。
「やっぱり、アレはまずかったかな…」
 さすがに他人に指を舐められれば、退かれるのは当たり前か。
「こんなに好きなのになぁ」
 ヴァン・ヘルシングは馬の頭を撫でながら、語り掛ける。
 芦毛の馬は、主人を慰める様に、顔を近付け、鼻を鳴らした。
「…ありがとう」
 ヴァン・ヘルシングは苦笑を浮かべ、馬の頬を撫でた。
 やがて晩課が訪れ、ヴァチカン内で暮らす僧達が、続々と食堂へやって来た。その中に、ヴァン・ヘルシングの姿もあった。
 体躯の良い彼は、大勢の中でも良く目立った。
 少し遅れて食堂へやって来たカールは、空いてる席を探して周りを見渡す。
 いつもの場所に、やたらと空席があるのを見つけ、そちらに向かう。が、その空間の中央にヴァン・ヘルシングの姿を認めると、身体を強張らせ足を止める。
(皆ヴァン・ヘルシングが怖くて、近寄らないのだ)
 カールが向きを変えるのと、ヴァン・ヘルシングがカールに目を向けるのと、ほぼ同時だった。
 カールは別の空席を見付け、食前の祈りを始めた。
 視線に気付きながらも、必死に目を合わせない様に食事を始めたカールに、ヴァン・ヘルシングの中でフツフツと怒りが込み上げて来る。
 テーブルに片肘を付き、足を組んで憮然とカールを見つめる。が、食事を終えたトレイを持って立ち上がると、それを片付け、食堂から出て行った。
 ヴァン・ヘルシングが居なくなったのが判ると、やっと肩の力を抜く。
 好きな相手から逃げ回る生活を、いつ迄続ければ良いのだろう。
 ただでさえ質素で少量の夕食を、半分程残して、カールは立ち上がった。
「おい、残ってるぞ!」
 所定の場所に片付けられたトレイを見て、厨房係がそう叫んだ。
 その言葉を無視して、カールは沈んだ気分のまま食堂を出た。
 その瞬間。
「うわわっ!?」
 何者かに右腕を掴まれて、引き摺られる。
 後ろ姿で顔は見えないが、長身で、肩まで伸ばした癖のある黒髪、修道僧ではない黒ずくめの服の人物は一人しかいない。
「痛いよ! ヴァン・ヘルシング!!」
 物凄い握力で二の腕を掴まれ、指が食い込んでいる。
 この大男の、長いコンパスでズンズンと進んで行く早さに、必死に着いて行く。おまけに、身長差の所為で腕を引っ張り上げられ、爪先立ちだ。


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