ぶつかった相手は、ヴァン・ヘルシングだった。
落としてしまった本を慌てて拾おうとすると、ヴァン・ヘルシングがそれを拾い上げ、手渡してくれた。
「あ、ありがとう、ヴァン・ヘルシング」
こんな近くにヴァン・ヘルシングが居るのは、あの日以来だった。まともに彼を見る事が出来ない。
「なんの。手伝おうか?」
如何にも持ち難そうに、三冊の本を抱えるカールにそう申し出る。
「だ、大丈夫大丈夫。じゃあ僕、急ぐから!」
行く手を塞ぐヴァン・ヘルシングの脇を擦り抜け、その場から逃げ出した。
「おい、カール?」
普段と明らかに違うカールの態度に、戸惑いを感じずにはいられなかった。
よろめき乍ら去って行く彼の後ろ姿を見送りながら、深く溜め息を吐いた。
(もしかして、まだ怒ってるのか?)
でも口調はそんな感じでは無かった。しかし、避けられてるのは確実で。
(とうとう嫌われたかな…)
よくよく考えれば、今まで嫌われて無かった方のが、不思議だったのかもしれない。
ガックリと肩を落として、本来行くべき場所だった厩舎へと向かった。
実験室へ戻ったカールは、ドカッと本を作業台の上に置き、疲れた両腕を支えに大きく息を吐く。そしてそのまま、ヘナヘナと床に座り込んだ。
心臓がドキドキしている。
ヴァン・ヘルシングの感触が、匂いが、体格の大きさが甦る。それだけで頬に熱が上り、身体中が火照って来た。
(どうしよう…。このままじゃ修道士失格じゃないか)
目には涙が滲んで来る。
神学校の学生の時から、聖職者になる為に神だけを愛し、信仰して来たのに。
(あぁ神よ…生涯をあなたの為に捧げると誓った私をお赦し下さい)
そのまま頭を抱え、項垂れて涙を流した。
こんな大罪が明るみに出たら、もうここには居られなくなる。この想いは、誰にも告げず、胸の内に終っておくしかない。
カールは顔を上げ、涙を拭った。
自分の心に気付いてしまったからには、もう想いを止める事は出来なかった。
厩舎で馬の手入れをしていたヴァン・ヘルシングは、明ら様にカールに避けられたショックを引き摺りながら、愛馬にブラッシングをしていた。
「やっぱり、アレはまずかったかな…」
さすがに他人に指を舐められれば、退かれるのは当たり前か。
「こんなに好きなのになぁ」
ヴァン・ヘルシングは馬の頭を撫でながら、語り掛ける。
芦毛の馬は、主人を慰める様に、顔を近付け、鼻を鳴らした。
「…ありがとう」
ヴァン・ヘルシングは苦笑を浮かべ、馬の頬を撫でた。
やがて晩課が訪れ、ヴァチカン内で暮らす僧達が、続々と食堂へやって来た。その中に、ヴァン・ヘルシングの姿もあった。
体躯の良い彼は、大勢の中でも良く目立った。
少し遅れて食堂へやって来たカールは、空いてる席を探して周りを見渡す。
いつもの場所に、やたらと空席があるのを見つけ、そちらに向かう。が、その空間の中央にヴァン・ヘルシングの姿を認めると、身体を強張らせ足を止める。
(皆ヴァン・ヘルシングが怖くて、近寄らないのだ)
カールが向きを変えるのと、ヴァン・ヘルシングがカールに目を向けるのと、ほぼ同時だった。
カールは別の空席を見付け、食前の祈りを始めた。
視線に気付きながらも、必死に目を合わせない様に食事を始めたカールに、ヴァン・ヘルシングの中でフツフツと怒りが込み上げて来る。
テーブルに片肘を付き、足を組んで憮然とカールを見つめる。が、食事を終えたトレイを持って立ち上がると、それを片付け、食堂から出て行った。
ヴァン・ヘルシングが居なくなったのが判ると、やっと肩の力を抜く。
好きな相手から逃げ回る生活を、いつ迄続ければ良いのだろう。
ただでさえ質素で少量の夕食を、半分程残して、カールは立ち上がった。
「おい、残ってるぞ!」
所定の場所に片付けられたトレイを見て、厨房係がそう叫んだ。
その言葉を無視して、カールは沈んだ気分のまま食堂を出た。
その瞬間。
「うわわっ!?」
何者かに右腕を掴まれて、引き摺られる。
後ろ姿で顔は見えないが、長身で、肩まで伸ばした癖のある黒髪、修道僧ではない黒ずくめの服の人物は一人しかいない。
「痛いよ! ヴァン・ヘルシング!!」
物凄い握力で二の腕を掴まれ、指が食い込んでいる。
この大男の、長いコンパスでズンズンと進んで行く早さに、必死に着いて行く。おまけに、身長差の所為で腕を引っ張り上げられ、爪先立ちだ。