immoral -3-

「いや…嫌ってる訳じゃ…」
 カールは明らかに狼狽しており、この場から早く逃げ出したくなる。
 頬が熱くなったのが判った。
「彼が待ってるから、僕は行くよ」
 フラフラとトレイを持って立上がり、そそくさと立ち去るカールの後ろ姿を見送りながら、ジョルジオはニヤリと笑った。
 娯楽の少ない修道院で、ゴシップは恰好の楽しみの一つなのだ。
 特に、あの無敵のモンスター・ハンターと修道士の鏡の様な男との噂話は。
(参ったな…。これからどうやって顔を合わせれば良いんだろ…)
 そう思いながら、カールは重い足取りでフラフラと、自室の扉を開けた。
 その途端、目に飛び込んで来たのは、頭痛の種の張本人が、武器の試作品を手に取って眺めている姿だった。
「ヴァ…ヴァン・ヘルシング!! 何故ここにっっ!? それから、そ…それ! 触らないで!!」
 慌てて駆け寄り、ヴァン・ヘルシングが手にしている銃型の武器を取り上げる。
 肩で息を繰り返しながら、ヴァン・ヘルシングに向き直ると一気に捲し立てる。
「もう! いつも勝手に触らないでって、言っているでしょう! あなたって云う人は――」
 こうなると際限が無くなる事を承知のヴァン・ヘルシングは、作業台に置いておいた化粧箱から、愛用の回転ブレードを取り出して、カールの言葉を遮る。
「ああ、悪かったよ。そんな事より、こいつの刃を取り替えてくれ」
 酷使されているのが傍目でも判るそれは、あちこちに傷が付いていた。
「そんな事って、……失礼な人ですね」
 試作品を作業台の元の位置に戻しながら、カールは溜め息を吐いた。
 そして両手を差し出し、回転ブレードの片方を受け取る。
 ズシリとその重量を感じたその時、ヴァン・ヘルシングの指先が手に触れた。
 心臓がドキリとする。と、同時にジョルジオの言葉が甦る。
『ヴァン・ヘルシングがキミの事、好きだって事だよ』
 試作品を勝手に触られたのを見て、頭から先程の悩みはすっかり抜けていたのに、また思い出してしまった。
 カールは息を飲み、顔を赤らめる。それをヴァン・ヘルシングには気付かれたくなくて、回転ブレードを抱えると、クルリと彼に背を向けて、作業台に向かう。
「そっちは、そこに置いておいて!」
 早口でそう言うと、椅子に腰掛けた。
 カールの不自然な行動に、ヴァン・ヘルシングは訝しげに首を傾げる。だが、黙ってもう片方の回転ブレードを作業台の僅かな空きスペースに置いた。
「し…しばらく掛かりますから、あなたは食事にでも行ってて下さい」
 何となく避けられてるのは、昨夜の事をまだ怒っているからか。
 昨日の夕方から何も口にしていなかったので、さすがのヴァン・ヘルシングも空腹の限界を感じてた為、食堂へ向かう事にした。
「そうさせて貰うよ」
 男はそう言って扉に向かうが、ドアノブに手を掛けて、一旦修道士を振り返る。
「すぐ戻る」
 道具を漁る背中に言葉を掛けてみる。
「……あぁ、あった。ゆ、ゆっくりして来て良いですよ」
 道具箱を探る手が、一瞬止まったのは気のせいか。
 ヴァン・ヘルシングは短く溜め息を吐くと、カールの猫背を見ながら扉を閉じた。
 扉が閉じられたのを察したカールは、大きく息を吐くと、寝癖頭を抱えた。本当は机に突っ伏したい気分なのだが、机上の回転ブレードがそれを許してくれなかった。
(ど、どうしよ…。心臓が…止まらないよー)
 心臓が激しく鼓動を繰り返している。
 こんな感覚は初めて――いや、ヴァチカンに初めて足を入れた時以来だった。
 ただ違うのは、胸の奥の方から、甘酸っぱいものが込み上げて来る事。それは苦しくて、切なくて…。
『キミの事、好きだって事だよ』
「そんな事、ある訳無いだろ!」
 カールはダンッと、大きな音を立てて机に手を付き、椅子から立ち上がった。
 そして、我に返る。
 だって、彼と出会って約二年。今まで、そんな素振りを見た覚えは無いのだから。
「――ジョルジオのやつ…」
 今日、既に何度吐いたか判らない溜め息を吐いて、ストンと椅子に腰を落とした。
 食事を終えたヴァン・ヘルシングがカールの元へ戻ると、彼は相変わらずの猫背で作業に没頭していた。
 回転ブレードの刃を研磨機で磨いている音だけが響き、その金属音でヴァン・ヘルシングが部屋の扉を開けた事にも気付いていない様だった。


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