チッ、チッ、チッ、チッ…
煉瓦造りの壁に備え付けられた、本棚に置かれた小さな振り子時計が、規則正しく時を刻んでいる音だけが続いていた。
小さな部屋の中央には、部屋の半分を占める質素なテーブルが置かれている。
その上には、これまた所狭しと色の付いた液体の入った試験管やらビーカーやら、使途不明の器具やらが置かれていた。それ故テーブルと言うより、作業台と呼んだ方が良いだろう。
そして更にそこには、この部屋の主が机に突っ伏して眠っていた。
灰色の僧依を纏った男は、身体を一瞬ビクリとさせると、勢い良く上体を起こした。
(しまった……!)
そう思い、時計に目をやる。時刻は午前二時過ぎ。
三十分だけ休むつもりが、寝過ごしていた。
男は、耳の高さで両側に跳ね上がった金色の寝癖頭を、左右に振った。
その拍子に、肩に掛けてあった黒い革のロングコートが、据わっている椅子の上まで背中を滑り落ちた。
修道士である自分の物ではない使い古された革のコート。しかし、このコートには見覚えがあった。
「ヴァン・ヘルシング?」
ヴァチカンの枢機卿の命で、モンスター・ハンターを生業としている男の名を呼ぶ。
先月から任務で北方の国へ行っている彼が帰って来たのか。
今晩はそのモンスター・ハンターの新しい武器を開発する為に、徹夜をしようとしていたにも拘らず、男は革のコートを持って、彼の部屋に向かった。
深夜のヴァチカンの地下廊下に人通りは無い。
両サイドの壁に飾られた燭台の明かりを頼りに、男はヴァン・ヘルシングの私室へ向かう。
そして、部屋の扉をノックした。
しかし中からの返事は無い。
こんな時間に訪ねて来た不躾な客を、快く迎え入れるとは、到底思えないが、男は扉が開いてるのを確認すると、勝手知ったる我が家の如く、中へ入って行った。
必要最低限の生活用品しか無い部屋。一年の大半を、任務の為に海外で過ごす彼には、これで充分なのかもしれない。
「ヴァン・ヘルシング? 居るのでしょう?」
彼の姿を捜して、奥の部屋へと足を踏み入れると、当の本人がトレードマークのテンガロンハットを顔に乗せた状態で、古びたソファーに横になっていた。
そして厚い胸板に置かれた手の下には、一冊の本――いや雑誌があった。
モンスター・ハンターの彼は、一体どんな本を読んでいるのだろう。
男は僅かに小首を傾げた。
薄暗い部屋と大きな手に隠れて良く見えないので、そっとそれを手に取る。が、ひっくり返して現れた見開きの写真は、下着姿の女性のものだった。
「な…っ! 何なんです、これは!? ヴァン・ヘルシング!!」
男は、思わず大声を上げた。
その声に驚いて、ヴァン・ヘルシングは飛び起きた。
「……カールか」
ヴァン・ヘルシングは眠気眼を擦りつつ、僧依の男の名を呼んだ。
「『カールか』じゃありませんよ! こんな本、何処で手に入れたんですかっ! 仮にもあなたは神に仕える身でしょう!?」
顔を怒りと羞恥で紅潮させながら、そう一気に捲し立てる。そして手にした雑誌に、一旦、目をやると、それを不埒な男に向けて投げ付けた。雑誌は勢い良く直線を描き、腹の部分がヴァン・ヘルシングの顔に見事に当たると、膝の上に落ちた。
「おい! 何て事――うわっっ!!」
続けて自分のコートが飛んで来て、視界を塞がれた。
「待てよ、カール!」
頭に被さったコートを丸めながら、投げ付けて来た本人の名を叫ぶが、普段は武器を隠すのに重宝しているロングコートも、こんな時はその長さが非常に厄介だった。
やっとの思いで顔を出すが、カールは荒々しく部屋の扉を閉めて、出て行ってしまった。
ヴァン・ヘルシングは床に落ちた雑誌を拾い上げると、それをポーイと後ろに放り投げ、再び帽子を顔の上に置き、「怒った顔も可愛いな」などと思いながら、再びソファーに横になった。
一方、いつも戒律を破り、口だけの懺悔をするヴァン・ヘルシングに怒り心頭のカールは、今晩の作業をする気などすっかり無くなって、作業台の元居た場所で腕を投げ出し、顎を付いて不貞腐れていた。
何であの人はいつも、あぁなんだ!!と、頭の中で幾度となく繰り返す。
聖騎士団の一員として、神に仕える身でありながら、寄りによって女性の半裸写真の載っている書物を、このヴァチカンに持ち込むなんて!