運命の流れが一巡りした時
〜グロールフィンデル〜
恋 人-3-

 本を閉じ掛け、上目遣いで私に視線を投げ掛ける。
 僅かながらレゴラスの心に近付けたかと思ったが、相変わらず素っ気無い口調だった。
「先程、エルロンドとスランドゥイル殿を見掛けたので、あなたも一緒にお茶でも、と思ったのですよ」
 そう言うと、レゴラスは膝の上の本を再び広げ、手入れの行き届いた白い指先でページを捲る。
「そういうお話なら、お断りします」
 ……取り付く島も無い。
 私は何とか、レゴラスとの会話を続かせようと試みる。
 レゴラスの前まで行き、窓辺に立つ。
 手元が影になり、レゴラスはチラリと私に目を向けた。
「中つ国の歴史に興味が?」
「いえ、別に」
 なるほど。ページを捲る間隔が不揃いなわけだ。
「――他に何か?」
 再びレゴラスは私をチラリと見た。
 その挑発的な視線にドキリとした。
 私は膝を付き、目の高さをレゴラスに合わせる。手をレゴラスの首の後ろへ差し入れ、甲で掬うと、金色の糸はサラサラと滑り落ちて行く。
 その様子をレゴラスは無表情のまま見つめていた。
「……私はあなたに、心を奪われてしまった様だ」
「ご冗談を」
 目を細めて笑うと、付き合っていられない、と言った風に、本に目を移す。
「冗談ではありませんよ。現に昨夜から、あなたの事が、頭から離れなくて、ここへ来てしまったのですから」
 更に手を伸ばし、慈しむ様に髪を撫でる。
 するとまた、私の手を払い退け、立ち上がった。その拍子に、膝に乗せていた本が落ち、据わっていた椅子が、大きな音を立てて倒れた。
「私に興味が? 父親でさえ、私に無関心なのですよ?」
 レゴラスは口許に冷笑を浮かべていた。
 私は立ち上がると、右手でレゴラスの冷たい頬を包み込み、親指を滑らせる。
「でも、私はもっとあなたの事が知りたい」
 そう言って微笑むと、レゴラスは少し驚いた顔をした。
「――こんな風にね」
 レゴラスの見せた僅かな隙を突いて、私は薄桃色の唇を奪った。
 両腕で私の胸を押し、もがき逃れようとするのを、頬に当てていた手でそのまま顎を上げ、背中に回した反対の腕で身体同士を密着させる。
 存分にその甘い唇を味わい放すと、レゴラスの碧い瞳に怯えの色が見て取れた。
「もしかして、初めてでしたか?」
 そう問うてみると、レゴラスは息を飲み、その頬は赤く染まった。
「かわいいですよ、レゴラス。次にあなたがどんな表情(かお)を見せてくれるのか、益々知りたくなってしまう」
 言うが早いか、レゴラスの身体を担ぎ上げ、寝室へ運ぶ。
「な……! 何を! 放して下さい!!」
 私の背中を拳で叩き、抵抗するが、そんな事はお構い無しに寝台に放り投げた。
 上着を脱ぎながら見下ろし、口端を僅かに上げて笑う。
 上半身を起こし、逃げようとするレゴラスの両手首を捕らえ、動きを封じる。
「何をそんなに怯えているのです?」
 硬く目を閉じ、震える唇にゆっくりと口付ける。レゴラスの呼吸が、間近に感じる。
「…んっ……」
 レゴラスが抵抗して来ない事を確信すると、手首を解放し、衣服を脱がしにかかる。
 痕を付けながら首筋に唇を這わせ、硬直させている身体の線を、腰から胸へとなぞる。
 そこで私の手は止まってしまった。
 レゴラスの胸には、あるべき柔らかい膨らみが無かったのだ。
「レゴラス…」
 彼は閉じていた瞳を開けた。
「――あなた…男性だったのですか?」
 自分でも酷く間の抜けた質問だと思った。
「これで判ったでしょう? 私はあなたが抱く価値の無い事が」
 レゴラスの口調も目付きも、元に戻っていた。
 確かに私はイムラドリスでも、有名な女性好きだが、おかしな話、“レゴラス”に関しては、性別の事など全く頭に無かったのだ。
「関係ありませんよ。私が欲しいのは、あなた自身なのですから」
 そう、たまたま男性だった。ただそれだけの事だ。
 着崩れかけた服を直しているレゴラスの上に伸し掛かり、寝台に押さえ付ける。
「や…! 止めて下さ…い…!」
 私の両肩に爪を立て、力の限り押し返して来るのを物ともせず、レゴラスの服の止め金を外し、肩から胸へと白い肌を露わにして行く。
 最近のセックスの相手は、自ら衣服を脱ぎ、足を広げる女性が殆どで、物足らなさを感じていた所為か、必死に身を守ろうとするレゴラスの姿は、私の欲情を掻き立てるものでしかなくなっていた。しかも、初めて男を相手にするのである。
 いつもより楽しめそうだ、そう思った。


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