運命の流れが一巡りした時
〜グロールフィンデル〜
恋 人-16-


「グロールフィンデル様」
 いつの間にか私の目の前に、先日贈った宴の衣装を身に付けたレゴラスが、そこに居た。
 レゴラスは私の頬に指先を滑らせ、背伸びをすると、顔を近付けて来る。
 私は嬉しくなり、彼の腰を抱いて、不安定な身体を支えると、レゴラスの唇に自分の唇を重ねた。
 レゴラスは口を開き、私の舌を招く。その招きに応じ、彼の口腔内を侵し、舌を絡めとる。
「ん…っ」
 レゴラスの甘い甘い唇。
 それを貪る様に、何度も向きを変え、口付けを繰り返す。
 急く様に、レゴラスは自ら薄緑色のローブを、肩から落とす。
 私はレゴラスの口端から流れ落ちる唾液を追って、顎からそのまま首筋へと、舌を這わす。
 レゴラスは白い喉を露わにのけ反り、身体を支える腕を私の首に回すと、熱い吐息を漏らす。
 レゴラスの胸元に手を掛け、衣装の金具を外して行く。
 露出を最低限に押さえられたエルフの衣装――特に男性のものは、酷く禁欲的で、私の性欲をそそるものだ。
「あ…ぁん…」
 耳元で甘い吐息を聞きながら、首筋から胸へと、私の印を一つ一つ刻み込んで行った。

「………」
 見慣れない部屋の中にいた。
 寝ぼけた頭で、何故ここに居るのか思い出してみる。
 あぁ、そうだった。ここはロスロリアン。この部屋は、私に宛てがわれたフレトだった。
 少し休むつもりで横になったのが、いつの間にか深く眠っていたらしい。
 しかし……。
 発情期のピークは過ぎたとは言え、我が下半身は首を抬げ、衣服を汚していた。
 私はガックリと肩を落とし、頭を抱えた。
 でも、あの様な夢を観れば、男なら誰でもこうなる筈である。それに今日明日中には、愛しき緑葉に逢えるのだ。私の贈り物を身に纏った彼を、この腕に抱く事が出来る。
 これはその所為なのだ、と言い聞かせ着替えをする。
 地上が騒がしくなり、来客を歓迎するガラズリムの歌声が響いて来た。
 その歌声に誘われる様に、フレトを降り、歩いて行くと、金髪のエルフが大勢、調度到着したところの様だった。
 あの背が高く、頭(こうべ)に花冠を戴くのは、紛れもなく闇の森の王・スランドゥイル殿。
 さて、我が愛しの君は何処に居るのやら。
 私がレゴラスを見つけるより早く、スランドゥイル殿が私を見つけ、声を掛けて来た。
「これはグロールフィンデル殿、ご無沙汰しておりますな」
 スランドゥイル殿は私の前まで歩み寄ると、エルフ式の礼をした。
「スランドゥイル殿もご息災でしたか?」
 私も同じ様に礼をする。
 王に逢うのは、レゴラスと裂け谷へ来た時以来だから、五,六百年振りになるのだろうか。(注:エルフの数える年数は、全くアテになりません)
 久し振りに逢った王との会話は、ほとんど上の空で、さり気なく視線を彷徨わせながら、レゴラスの姿を捜した。
 だが、彼の王子の姿を見つける事は出来なかった。
「では、グロールフィンデル殿。また後程」
 スランドゥイル殿は、再びエルフ式の礼をすると、踵を返した。私も返礼し、その後ろ姿を見送る。
「――さて、我が放縦(ほうしょう)息子は、何処に行ったかな?」
 王が、側に仕える護衛のエルフにそう言うのが聞こえた。
 私は僅かに眉を顰め、北叟笑む。
 もう直ぐ、夢が現実となる。

 翌日は夜明けから、ガラズリムの歌声がカラス・ガラゾンに響いていた。
 それは我らがクイヴィエーネンで産まれ、ウルモに導かれアマンの地へ渡った歌から始まり、二本の輝く木の歌、幾多の戦の歌(私が以前の身体を失った戦の歌も歌われた)、ヌメノールの滅亡の歌、我らが中つ国へ戻って来るまでが、宴の始まるまで、止む事無く歌い続けられた。
 歌を聞きながら、妻と出会った時の事、アマンの地での日々、数々の闘い、マンドスの館での事、妻を失っていた事、様々な出来事を、思い出していた。
 夕暮が訪れると、あちこちに吊るされた提燈に、明かりが点され、幽玄的な都に変わる。
 歌が終盤に差し掛かり、宴の衣装に着替えた。
 その時、使うか判らぬが、あるものが入った小瓶を、腰帯に忍び込ませた。
 自室のフレトを降り、宴の開かれるフレトへと向かう。
 招待客が続々と集まっており、久方振りの挨拶を交わしていた。
「グロールフィンデル様!」
「おやおや、お二方」
 振り返ると、正装をしたエルロンドの息子達がそこにはいた。
「――妹君にはお逢いになりましたか?」
 私を中央に、三人並んで会場へと歩き出す。
「逢いましたけどね」
「父上がベッタリで、片時も離れないのですよ」


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