運命の流れが一巡りした時
〜グロールフィンデル〜
恋 人-15-


 どうも最近、体調が思わしくない。
 ガラドリエルからの宴の招待状が届いた、あの日の頃からだ。
 訳も無く気分が高揚し、眠れない。(エルフの眠りは、他の種族との異なるが、それでも“眠り”はあるのだ)
 他人――特に異性と、何故かエレストールと目が合うと、心臓が激しく鼓動し、衝動が押さえられなくなる。そう、それはまるで、発情期の様な……。
 そうなのだ。
 何百年振りだろうか。私にも再び、発情期が訪れたのだ。
 レゴラスと出会う前の私は、イムラドリスでは有名な女性好きで、ベッドを共にした事の無い異性は、天敵・エルロンドの愛娘くらいなものだった。
 それ故、女性に欲情するのは、良く判る。しかし、エレストールにも反応するのだ。
 思い返してみると、心当たりが無い訳でない事に気が付いた。
 エレストールが私の元に、ガラドリエルの招待状を持って来た時、彼の中にレゴラスの面影を見てしまったからだ。
 髪の色も、体付きも、目の色も、レゴラスとは似ても似つかないのに。否、似つかないからこそ、私に接する冷たさの中に、レゴラスを見てしまうのかもしれない。
「――…フィンデル様? グロールフィンデル様?」
 我に返ると、少し怪訝そうな顔をしたリンディアが、目の前に立っていた。
「…あぁ、すまないね。何だったかな?」
 彼女とも、過去に一度…いや二,三度か。身体を重ねた事があった。
 今では彼女にも、特定の異性が居る為、そういう関係は持っていないが。
「頼まれましたお衣装の、刺繍なんですけれど」
 彼女はそう言って、デザインの描かれた紙を、丸テーブルの上いっぱいに広げた。
 そうだった。数日前、リンディアに衣装作りを依頼し、デザインを見て欲しいと、頼まれたのだった。
「あぁ、良いね」
 孔雀の尾羽根をイメージしたデザインは、レゴラスを華やかに見せるだろう。
 リンディアは、もう一枚の紙を広げてみせた。
「この孔雀の羽根のデザインは、布地に織り込むもので、こちらは袖口や襟元の縁を飾るものです」
 蔦の絡まる緻密な絵が、そこには描かれている。
「ちょっと派手過ぎやしないかい?」
「大丈夫ですわ。宴に着られるなら、これくらいが調度良い位ですわ。あとこの蔦模様と同じ縁取りをした、緑色のローブをお作りする予定です」
 リンディアはデザイン画の紙を、元の様にクルクルと巻きながらそう言った。
「ローブも!? それで間に合うのだろうね? ――いや、リンディア。キミの腕を疑っているわけではないよ」
 リンディアはフフと、笑ってみせた。
「お任せ下さいませ。しかし、グロールフィンデル様がお衣装を贈られる程の方なんて、とても魅力的な方なのでしょうね」
「おやおや、リンディア。それは嫉いてくれてるのかな?」
「えぇ、グロールフィンデル様が個人的に、どなたかに贈り物をされるなんて、初耳ですもの」
 リンディアは二枚の丸めた紙を抱える。
「彼は特別な方だからね」
「彼?」
「闇の森のレゴラス殿だよ。キミも知ってるだろう? ガラドリエルの宴は初めてなんだ」
「まぁ! そうでしたの? それは失礼致しましたわ。美しい方ですもの、侍女達の間でも、いつも噂が絶えませんのよ?」
 彼女は少し肩を竦め、微笑むと、織物職人の元へと行き、次の指示を出していた。
 その様子をぼんやりと眺めながら、先程のリンディアの言葉を反芻してみる。
 思い返せば、私が関係を持った女性達に、個人的に贈り物をした事があっただろうか。
 それより――。
 私の予測以上に、レゴラスに心寄せる者は、多い様だ。
 以後、私はレゴラスへの贈り物が出来上がる間、リンディアの元へ頻繁に出向いて行った。
 デザイン画通りの、孔雀の尾羽根模様が、シルクの白い生地に織り込まれ、それは太陽の光を受ければ、淡い黄色に、月の光に浴びれば、青白く、明かり取りの蝋燭の火を照らされれば、橙色に、その姿を浮かび上がらせる。
 この美しい生地が、レゴラスの白く滑らかな肌を覆うのだ。
 そして私は、自ら贈ったこの衣装を、一枚一枚剥いで行き、代わりにあなたの羞恥と快楽に染まる肌に、私の印を纏わせる。一つ一つ刻み込む様に。


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