一息つくと、隣りのレゴラスが私の上着の袖を引いた。
「グロールフィンデル様、そろそろ参りましょう」
この緑葉の王子にも、他人の色話は興味をそそるものでは無かったらしい。
私とエルラダンは、結局レゴラスの気持ちを、聞く事が出来なかった。
私の前を歩くレゴラスの歩調が、いつになく荒々しい。
「レゴラス、何を怒っているのです?」
話し掛けても、振り向きもしないレゴラスの腕を掴まえる。
「何か、気に触る様な事をしましたか?」
こちらを向かせると、レゴラスは鋭い視線で、私を睨んで来る。
あの、ブルイネンの河原での、出来事を思い出させた。
「私を愛しているなら、キスして下さい」
「……ここで?」
ここは『最後の憩』館と庭とを結ぶ、公共の往来である。誰かに見られたりしたら……。
「えぇ、ココで。今すぐ」
そう言うと、私を惑わす小悪魔は、その目を閉じた。
参ったな…。
私は溜め息を一つ吐くと、辺りを見回した。誰も居ないのを確認すると、レゴラスの腰を抱き、顎を上に向かせる。そして、半開きで私のキスを待つ薄桃色の唇に、私は唇を軽く重ねた。
「誰かに見られたりでもしたら、どうするのです?」
「構いませんよ」
レゴラスは目を細めて笑った。
「――これであなたを誘惑する女も、される女もいなくなるでしょうから」
私の腕から離れ、レゴラスは私に構わず、前をスタスタと歩いて行く。
その流れる様に揺れる金の髪を眺めながら、溜め息を吐いた。
初めて会った時、私を激しく拒絶したエルフは、計算高く、したたかに私を翻弄させる若者に成長していた。
この恋愛ゲームは、現在は完全に彼のペースで進んでいる。
だが、これで良いのだ。
今は。
今だけは――。
あなたが私の側に居てくれる限り、私はあなたに愛を囁き続けよう…。
こんな調子で、嵐の様な日々が過ぎ去って行った。
「……そうだな」
私は今日も、テラスでレゴラスへ送る愛の歌を認めていた。
『あなたの髪は、夜空に流れる天の川
あなたの唇は、桃の花の様に私を引き寄せ、甘く誘惑する』
一気にここまで書き留めると、エレストールが一通の書状を持って現れた。
そうか、もうそんな時期か。
書状は遠目でも判る、ロスロリアンの奥方・ガラドリエルのもの。我らが中つ国に戻って来た日に合わせて、奥方が催す千年に一度の宴の招待状である。
「また、どなたかへの恋文ですか? 懲りない方ですね」
エレストールは招待状を私に手渡しながら、ギロリと睨んで来る。その鋭い視線に、遥か遠きに住まう愛しき人の面影を見て、ドキリとした。
エレストールは書状を手渡すと、足早に去って行った。
私には冷たい彼も、“想い人”と一緒の時は、どんな顔を見せるのか。
(私も大概、どうかしているな…)
エレストールの情事を想像するなんてね。
エラノールを模した透かしの入った、書状を広げる。
クウェンヤで書かれた招待状は、やはりガラドリエルからのもので約ニヶ月後に宴を催すとの事だった。
この招待状は私以外にも、エルロンドや二人の息子、灰色港のキアダン、そして闇の森の王・スランドゥイル殿とその一人息子・愛しき緑葉の君にも届いている事だろう。
二ヶ月後か…。楽しみな事だ。
美しき緑葉の君に、この歌と共に、宴に着る衣装を贈るとしよう。
ロスロリアンの蒼い月明りと、彼の冷たさが相俟って、さぞかし美しく栄え際立つ事だろう。