■ ■ ■ ■ ■ ■ evidence By-Toshimi.H ■ ■ ■ ■ ■ ■
タークスに配属されて一ヵ月経った頃、ジュノンの地下にある射撃場で、小銃での射撃の訓練をしていたツォンの元に、上司である調査課主任のグイド(注:「Grand cross 」参照)がやって来た。
彼はすぐにツォンに声を掛ける様な事はせず、暫くツォンの射撃の様子を射撃場入り口の横で、腕組みをしてただ見守っていた。
ツォンの銃の腕は、日に日に上がっている。現に目の前で、次々と現れる標的に向かって轟音と共に撃ち放された弾丸は、装填されている全てが人形の標的の急所に命中していた。
新たに弾を装填しようと振り返ったツォンは、その上司の姿に気が付くと、頭に装着していたヘッドホンを外した。
「元々、筋は良い方だったが…更に腕を上げたな」
「ありがとうございます」
未だにグイドに対して心を開いていないツォンは、実に素っ気無く礼を言った。
その新入りの部下に対して、「やれやれ」といった様子で、グイドは肩を竦めた。
「その君の腕を見込んで、プレジデントから直々の任務命令だ。受けてくれるね?」
ツォンは、新しい弾丸を装填する手を止め、グイドのサングラスの奥に潜むグレーの瞳を見た。
「あの新入り…、名は何と言ったかな」
「ツォンですか?」
薄暗い部屋の片隅に置かれたベッドの上で、行為に及んでから初めて交わされた言葉だった。
ベッドに横たわったプレジデント神羅の醜く太った腰を、グイドの引き締まった大腿部が挟んでいる。
「あぁ、・そ・れだ」
グイドの身体が、主人の欲望の化身を飲み込み乍ら、淫らに蠢く。
「彼が何か…?」
「腕を試したい」
グイドの動きが止まった。その行動に、プレジデントは不快な意を露にした。主人の顔色を見て取ったグイドは、慌てて再び身体を上下に揺らす。そして快楽に目を細め、その口からは喘ぎ声が洩れ始めた。
「先日…ウータイを攻撃した陸軍が…、大きな痛手を負ったのを…、知っているな」
「は…ぁっ…い…」
「ウータイの陸軍総司令官……名は忘れたが…、大変、頭の切れる人物だと言う…」
グイドの身体の動きが、次第に激しくなり、声も高くなる。
「聞いているか?」
ブレジデントは、快楽に身を任せる己の奉仕人のこめかみ辺りの髪の毛を、強く引っ張り自分の方に顔を向けさせる。
我に返ったグイドは、「申し訳ありません」と詫びた。
眉根を寄せて、如何にも不機嫌そうなプレジデントは、「抜け」と短く命じた。グイドは主人の命に静かに従い、己の身体から主人のモノを名残惜しげに引き抜いた。
「一体、お前は何年仕えたら、儂を満足させられるようになるんだ?」
グイドは俯き、再び「申し訳ありません」と一言だけ言った。
「銜えろ。その口で儂を満足させてみろ」
脂肪で弛んだ足を開いてみせたプレジデントの中心を、哀れな奉仕人は口に銜え、舌を這わせるが、思う様に大きくならないそれを、もどかしげに夢中で貪る。
「……で、何の話をしていたかな?……あぁ、そうそう。あの新入りに、その司令官を始末して貰いたい」
「わ…判り…まし…た。仰…せの…ま…まに」
ブレジデントはグイドの髪の毛を掴み、彼の顔を上げ、愛撫を止めさせた。
そして、怒りに満ちた目で彼を睨み付け、声を荒げた。
「お前は仕事人としては一流だが、奉仕人としてはまだまだ三流だな」
乱暴に彼の髪の毛から手を放し、命令する。
「後ろを向いて四つん這いになれ。足を開いてな」
言われるがままの格好をした奉仕人の秘所に、プレジデントは乱暴に己を突き立て、何度も彼の身体を貫いた。
「詳しい話をする。オフィスの方へ来い」
グイドはそれだけを言うと、ツォンに背を向け、自動扉から外へ出て行った。
ツォンは相変わらずの無表情で、その姿を見送る。
だが、上司の命令に背く訳にも行かず、銃を制服の内ポケットにしまい、グイドの後を追った。
一般社員の働くオフィスのあるフロアの最奥に、総務部調査課・通称タークスのジュノンオフィスはある。その中にある広い会議机に、グイドはツォンに据わる様に促した。
机上には、ウータイの何処かの建物の見取図や、報告書などが山積みになっていた。
椅子に座りグイドを待つ間、大きく広げられた見取図に目を走らせる。だが、それが何処のものであるか、元ウータイの諜報員であるツォンにも判らなかった。
それよりも、この書類の山の全てが、神羅の諜報員が集めて来たウータイの情報なのか、と思った時、ツォンは《神羅カンパニー》という巨大な怪物を、改めて恐ろしく感じた。
そこへ二人分のコーヒーカップを手にしたグイドが現れ、その一つをツォンの前に置くと、自らは見取図の広げられている席へと座った。
「さて、これから君に初任務の指令を与える」
ツォンは、黙って軽く頷いた。
「任務は、ウータイの陸軍総司令官の暗殺だ」
その言葉に、ツォンは驚愕の表情で目を見開き、大きく反応を示した。
「どうかしたか?」
「いえ…」
明らかに何かを隠している部下の態度に、グイドは少し眉をひそめたが、話を続ける。
もし、この男が何かを隠しており、それが神羅を裏切る様な内容ならば、始末すれば良いだけの事だ。
「これは知っているかもしれないが、ウータイの陸軍本部の見取図だ。しっかりと頭に叩き込め」
陸軍は、戦争が激しくなった頃戦死した、ツォンの父親の所属部隊だった。そして、総司令官こそ、その父の役職だった。
現在の総司令官の地位には、誰が就いているのか知らなかった。
ウータイ軍の中でも特に陸軍は機密が多く、諜報部所属の、しかも入隊してすぐにジュノンに赴いてしまったのツォンに、陸軍の情報はほとんど無い。士官学校で習った、一般教養程度だった。
その陸軍の情報を神羅がこれだけ持っているという事は、案外「同級生」や「同僚」として共に行動していた仲間の何人かは、何喰わぬ顔をして祖国に舞い戻って来た神羅の諜報員だったのかもしれない。
「陸軍に関する情報は、全てここに報告書としてまとめてある」
と、言ってグイドは脇に置いてある書類の山の上に手を置いた。
「何か質問があるなら、遠慮なく聞きたまえ」
「では…。この前、社長は『ウータイと争うつもりはない』とおっしゃっていましたが、何故、陸軍総司令官暗殺などという、ウータイの神経を逆撫でする様なことをなさるのですか」
ツォンは半分、睨み付ける様な視線を眼前の上司に向ける。
グイドは椅子に深く据わり直すと、足と腕を組んだ。
「先日の攻撃で、我が神羅の陸軍が、壊滅的な打撃を受けたのは知っているな」
ツォンは静かに頷く。
「その事でプレジデントは、大変御立腹なされてな。その報復措置として、司令官の暗殺を指示なさったのだ。その人物は最近、陸軍に配属になったらしく、我々もまだどんな人物なのか、名前すら判らない。ただ、大変頭の切れる人物だ、という事だ」
試されている、とツォンは思った。
自分の力量を。そして、本当に神羅の人間として、生きて行くのかを。
確かにジュノンやミッドガルで生活する人々の多くは、反ウータイの思想の持ち主であり、戦死した者達の家族は、報復を望んでいるだろう。
プレジデントの表向き政策思想ならば、《住民の声を反映して》報復措置に出るのも、無理らしからぬ事なのかもしれない。
グイドは書類の山と一緒においてある封筒の中から、一枚のカードを取り出した。
「そして、これがウータイ陸軍のIDカードだ」
ツォンは差し出されたカードを受け取る。
そのカードには、ツォン自身の顔写真と、別人の名前が入っていた。自分のものではないその名前を見て、ツォンは顔を曇らせた。
それは先日、自分が見殺しにしたも同然の元同僚・J(注:「Grand cross 」参照)のものだった。
「気分を害したのなら、申し訳ない。すぐに用意出来たものが、それしか無かったものでね」
ツォンはIDカードを裏にひっくり返したり、ICチップの場所を指先で確認したりと、隅々まで丹念に調べる。
当然、偽造であるはずのカードは、実に精巧に出来ており、外見だけでは本物と見分けが付かない。
「ICチップに改造を加えた以外は、本物と何ら変わる所はない。そのカードを使えば、コンピュータに履歴を残す事なく、何処の部屋にも入れる。勿論、パスワードの入力の必要もない」
このカードは、神羅の情報収集能力と、技術の粋を集めた、本物以上のカードと言えた。
こんなものが一体何枚作られ、何人もの人物が他人になりすまして、ウータイに潜入しているのだろう。
「もし、バレた場合は?」
過去のツォン自身や、J自身を知る人物がいた場合、到底誤摩化し切れるものではない。このカード一枚では、何とも心元無かった。
第一、Jも自分も既に、この世の人物ではない。ただし、ツォンの場合はミッドガルに戸籍は存在する。
「大丈夫だ。履歴書も何もかも、書類の類いは全てすり替えられているはずだ。人間関係もかなり遡って調べさせて貰ったが、まず問題ないだろう。万が一という場合があるからな。任務以外はあまり出歩くな」
ツォンはあまりの手回しの良さに、舌を巻く。
ウータイにいた頃は、こう上手くはいかない。
「これから君には、そのカードの人物になりすまして貰う訳だが……」
グイドはそう言い乍ら、同じ封筒の中から書類を取り出し、ツォンに渡す。
A4サイズの紙、十数枚に及ぶそれは、これからツォンがなりきる人物の、詳細が書かれたものだった。
生まれた場所から、過去の出来事まで実に様々な事柄が、詳細に記されている。当然、ツォンにもJにもその作られた過去に、相違する事柄は「元諜報部所属」という事以外は一切ない。
この日から一週間、ツォンは新しい人物になる為だけに、時間を費やした。
霧の様な雨が降っていた。
仲間の操縦するウータイのヘリコプターで送って貰ったツォンは、ウータイ陸軍本部の前で一旦立ち止まり、雨に曇るその建物を見上げた。
大きく深呼吸して覚悟を決めると、一歩前へ進んだ。
長く降り続く雨の所為で、足元がぬかるんでおり、隊服のズボンの裾を濡らした。
正門まで行くと、守衛が敬礼して出迎える。
「本日配属された、ジュウ様ですね。応接室にて少佐がお待ちです」
なるほど。すっかり入れ代わっているようだ。
守衛は、ツォンが《ジュウ(J)》だと少しも疑っていない。
機密の漏洩を過剰に恐れるあまり、外部の情報は入ってこないらしい。閉鎖的なのは、この国の体質なのだが、陸軍は特にその特徴を表していた。
本当に、自分の過去を知る人物は、誰一人としてここにはいないのか。
建物の中は、あまり人の気配はせず、静まり返っている。
応接室に入ると、中で一人の男がにこやかに出迎えた。年の頃は、40歳前後だろうか。
「やあ、ジュウ。雨の中ご苦労だったな。この時期の長雨は本当、嫌になるよ」
苦笑にも似た笑みを浮かべたその人物は、ツォンに向かいのソファーに据わる様促した。ツォンは一礼して、その場所に据わる。
部屋には装飾品の類は一切なく、戦況の悪さを物語っているかの様だ。
「私の名はファン・デル・ローヒル。君の諜報部での活躍は聞いているよ。ミッドガルでは捕らえられたという事だが、よく帰って来てくれた」
差し出された右手を、軽く握り返す。力強く返される感触は、本当に嬉しそうだ。
「えぇ、私も再びウータイの地を踏む事が出来て、嬉しく思います」
ツォンは軽く頭を下げ、相手の出方を伺う為、無難な返事をする。
三十分程、ミッドガルでの嘘の潜入生活の話をした後、「よろしく頼む」と、再び差し出された手を、今度は力強く握り返した。
それは、ツォンの決意の表われでもあった。
ウータイに潜入したツォンが、まず最初にしなくてはならなかったのは、ターゲットの特定だった。
神羅の諜報部でも把握し切れていない人物。
だが、彼は最前線に赴いており、本部内で任務をこなすツォンに入って来る情報は、決して多くない。本部内の者達さえ、良くは知らないと言い、極一部の幹部のみが接触出来るという事だった。
一向に有力な情報が入らない為、ツォンは実に大胆な行動に出る事にした。
それは、総司令官の執務室に侵入する事だった。
駐屯している兵士達が夜の訓練に出掛け、警備の手薄な深夜を狙う。
神羅から支給された偽造カードは、その性能を遺憾なく発揮してくれた。
誰の目に止まる事も無く、執務室に辿り着く。そして、重厚な扉の横のセキュリティーの溝に、カードをスリットさせる。液晶の画面に『pass word?』の文字が現れ、入力画面になるが、程無くしてカチリという小さな音と共に、扉のロックは外された。
カードの威力を信用していない訳ではないが、ジュノンで一度失敗している為、心臓が縮み上がりそうになるのを感じる。
軍の白い手袋を付けた状態で、扉を開け中に入る。軍服のポケットから、携帯用懐中電灯を取り出し、カーテンから外へ光が見えない様、細心の注意を払って部屋の中を見渡す。
狭く小さい視界に現れる部屋の装飾品の中に、父親の写真を見つけた。
天井近くの壁に飾られたそれは、歴代の総司令官の写真と共に並べられていた。
ツォンは、父の写真をしばらくの間見つめる。
(私は、自分の信じる道を行きます。自分を必要としてくれる人と、共に生きる為に…)
そして、深々と頭を下げた。それは祖国の為に死んでいった父への敬意と、育ててくれた礼、そして謝罪だった。
任務に戻って、再び辺りを照らし出す。
机の中も物色してはみるが、個人の持ち物と思ぼしきものは、一切無かった。
そろそろタイムリミットも近づく為、仕方なく退散しようとして、ふとサイドボードに目が止まった。
小さな明かりのみでは、やはり見落しがあったか、とそれに近づく。
部屋自体をしばらく使っていない為か、薄らと埃が積もっている。
整然と時計等のものが置かれている中に、写真立てに入れられた家族のものと思われる写真を見つけた。
それを手に取り、明かりを近づけよく見てみる。そして、手の震えが止まらなくなった。
写真に写っている人物達は、皆知っている者達ばかりであった。その中の一人は、紛れも無く自分自身である。
父が戦地へ赴く直前に撮った、最後の家族の写真であった。
(な…何故これがここに…?)
父が持ち込んでここに置き、それからずっとこのままになっているのだろうか。
震える手で、元の場所に戻す。
そして込み上げて来る、何か判らないものを必死に抑え、足早に執務室を後にした。
その夜は一睡も出来無かった。