■ ■ ■ ■ ■ ■ evidence By-Toshimi.H ■ ■ ■ ■ ■ ■
-2- 翌日、ツォンは全く仕事に手が付かなかった。
神羅が自分をここに派遣したのは、故意なのか、偶然なのか。元同僚の名前の入ったIDカードを渡してくるあたり、故意としか言い様がない。
何を信用すれば良いのかすら、判らなくなってくる。
机に肘を付いた手に、額を置く。そして大きなため息を、一つ付いた。
「どうしたんだい?ジュウ」
隣の席の同僚が、からかう様にツォンに話し掛けた。
「いや、ちょっと疲れているだけですよ」
ツォンは自然な笑みを作って、彼に返した。そして、仕事に戻った。
「陸軍って、他とは違うだろ?判るよ、その気持ち。――そういうば、例の総司令官。来週一時帰還するらしいぜ」
ツォンの顔が一瞬こわばり、書類をめくる手が止まった。
「キミ、逢いたがっていたからさぁ、さっきそこで立ち話しているのを聞いちゃったから、コッソリ教えてあげるよ。まぁ、あのヒトは我々の中でも、謎の多い人だからねぇ。キミじゃなくても、逢いたがってる人は、多いんだけどね。ここだけの話、オレだってウータイの英雄の顔を、拝見したいと思っているのさ」
この同僚は、話し出すとなかなか止まらない。そういうタイプの人間は個人的に苦手なツォンだが、利用して情報を聞き出すには最適なタイプだという事を、経験から知っている。
総司令官に関する情報は、今までで一番、核心に迫った内容と言える。
「へぇ、それは楽しみですね。それに、あなたも同じだったとは知らなかった」
「そりゃ、そうだろうよ。神羅の大軍を一網打尽にした人だぜ?ニュースは『神羅の英雄・セフィロス以上だ』って凄かったんだからな。……って、知らなかったのか?あぁっっ、そうか、この時キミはミッドガルにいたんだっけ?元諜報部が来るってんで、結構話題だっだんだぜ」
一方的に喋って来る同僚に、半分迷惑しながらも、ツォンは彼の話に耳を傾ける。
「諜報部って、みんなキミみたいな人ばかりなのかい?」
「え…私みたいな?」
「そう!物静かで、あまり他人とかかわり合わないっていうのかなぁ。あぁ、気に触ったらゴメン。でも、オレみたいなのは、ここでこうやってのんびり、通信士やってるのが一番なのさ」
そう言って、イヒヒと悪戯っぽく笑って、彼の話は終わった。
だが、未確認とはいえ、有力な情報は手に入った。
遅い昼休みの終わる頃、ツォンは人気(ひとけ)の無い場所を選び、電話をかける。その先は、グイドの携帯電話だった。
「私です、ツォンです」
『あぁ、君か』
いつもと違う、落ち着かない様子の上司を少し不審に思い、一旦電話を耳から離す。だか、グイドの声が聞こえた為、慌てて元の様に耳に当てる。
『――…した』
「あ…すみません。ターゲットの特定はまだですが、来週中に決行します」
『あぁ、判った。くれぐれも気を付けろ』
そこで、通話は切れた。
いつもの様子と明らかに違うグイドに、携帯電話を見つめながら首を傾げた。
「どうした」
「いえ、何でも…」
グイドは回線を切った電話を、脱ぎ去った自分の濃紺のスーツにしまう。
「例の新人か」
「はい」
「で、成果は?」
プレジデントはベッドの上で、葉巻に火を付けた。
「来週中には出せると…」
プレジデントは不満そうに、黙って紫煙を燻す。
グイドはベッドの上に上がり、主人の前に跪くと、彼の中心に顔を埋めた。
ツォンは左手の腕時計に目をやる。
午後の任務開始まで、後十五分程ある。そこで、ある番号にも電話を掛けた。
呼出し音が数回鳴り、相手が出た。
『もしもし!?』
少年の声だ。急いで出た事が、電話越しでも判る。
「ルーファウス様ですか?ツォンです」
すぐ側を人が通った為、廊下に背を向け、声をひそめる。
『ツォン?まだ帰って来れないの』
「来週中には…。それより、主任の言う事を聞いて、良い子にしていますか?」
一瞬の間が空く。
『主任って…グイドの事?』
明らかに口を尖らせているのが判る。
その素直さが、可愛らしいと思う。それが普段表れないのが、実に残念にも思う。
『僕、あの人嫌いだな』
「そう、言うものではありませんよ」
ツォンは口元に僅かに笑みを浮かべた。
久し振りにホッとした一瞬だった。
「では、そろそろ時間ですので…。来週中には、必ず帰りますから」
『う…うん…』
突如、肩を叩かれ慌てて電話を切る。
「何だい?楽しそうだね。さては彼女?」
悪戯っぽく笑ったその相手は、例のお喋り好きの同僚だった。
「あぁ、ゴメンよ。邪魔するつもりはなかったんだ。誰にも言わないから、安心してくれ」
彼はツォンに一言も喋らせる事なく、手をヒラヒラさせながら去って行った。
あの調子なら、バレた様子はなさそうだ。ツォンは安堵で、胸を撫で下ろした。
「私の居ない間に、変わった事は?」
執務室のデスクに、肘を付き、組んだ手の甲に顎を乗せ、その男は部下の面々に問うた。
「特には…」
そう口にした幹部の一人は、他の幹部連中を見渡した。
「あの…」
実に言いにくそうに、その中の一人が口を開いた。
「どうした、ファン・デル少佐?」
それはツォンの上司に当たる、通信指令部責任者のファン・デル・ローヒルだった。
ローヒルは一歩前へ出て、敬礼する。
「些細な事だとは思いますが、一応お耳に入れておかれた方が、よろしいかもしれませんので」
このローヒルは、眼前の上司が嫌いだった。まだ二十代半ばだというのに、自分より先に昇進し、大きな顔をしているのは、彼の父親のお陰だと思っている。
「先週の事なのですが、本部内から不正電波の発信が認められました」
「で、調査は?」
若き総司令官の顔が曇る。
「現在、調査中ですが、怪しい人物の特定には至っておりません」
「判った。全員下がって良い」
幹部全員が退室すると、総司令官は思案気に一旦、椅子に深く腰を沈めた。
そして目に止まったサイドボードに近寄る。その上に置かれた、家族の写真を手に取ろうとして、以前との変化に気が付いた。
大切なその写真立てのガラスの上に残る、埃の落ちた指の跡を認めた。指紋が付いていない事から、手袋をしていたのだろう。
明らかに自分が留守にしている間に、何者かがこの部屋に侵入したのだ。それも、極最近に。
総司令官は直ぐ秘書に電話を掛け、陸軍に所属する全ての人員の資料と、電話の発信記録を持って来る様指示した。
しばらくして届けられた資料は、ざっと見ても五百枚はあるかと思われた。
まずは発信記録に目を通す。
『発信番号』『発信先』『通話開始時間』『通話終了時間』、全てが記録されている中に、『発信番号』『発信先』がいずれも不明なものがあった。日時は先程報告を受けた、先週と一致する。時間は二交代で取られる昼食時間の遅番の方で、その終了間際だった。
軍から支給された、又は設置されている電話の番号は、全て登録されている。『不明』と出ているものは、明らかに軍外部から持ち込まれたもので、外部への発信であることが判る。
次に人員の資料のファイルを開き、それを一枚一枚、丁寧に目を通して行く。
その作業を始めてから三日目。通信指令部のファイルをめくっている時、ある人物の所で手が止まった。
それは、ツォンのものだった。
その日もツォンはいつもと同じ様に、任務をこなしていた。
そこへ直属の上司であるローヒルが現れた。部屋にいる者は皆、彼が通ると深々と頭を下げる。
ローヒルは真っ直ぐツォンの元へ向かった。
「ジュウ、任務中に申し訳ない。ちょっと良いかな」
ツォンは隣の同僚の顔を見るが、彼は「判らないよ」という顔をして、肩を竦めただけだった。
ローヒルに向き直って、「はい」と返事を返すと、彼の後ろに付いて通信指令室を後にした。
残された者は、何事かと噂しあったが、それもすぐに収まった。
廊下に出た途端に、ローヒルはツォンにこう言った。
「大佐(総司令官)がお待ちだ」
ツォンの身体に緊張が走る。
待ちに待った、願ってもいない絶好の機会の訪れだった。
来るように指示された場所は、本部から少し離れた、荒涼とした平原だった。
天気が悪い所為か、風が冷たく感じられる。
何も遮る物がない平原で佇む人は、遠くからでも良く判った。
ツォンは慎重に、ゆっくりと気配を消して、背後から彼に近づく。懐に手を伸ばし、隠し持っている拳銃を取り出す。
射程圏内ギリギリに近付くと、右手を前に出し、銃を構える。そのまま三メートル程まで近付いた。
「先日、本部内から不正電波の発信が認められた。それが――」
そう言いながら、目の前の人物は振り返り、被っていた帽子を取った。
「お前だとは思わなかったよ。てっきり、死んだものだと思っていたからな、ツォン」
ツォンは驚愕のあまり、言葉が出なかった。
今の今まで正体不明だった総司令官は、自分の実の兄だった。
拳銃を握る手が震える。
だが、何とかしてその銃口の照準を彼に合わせた。
「おいおい、本当に撃つつもりじゃないだろう?」
ツォンは手袋をした指先に力を込める。
「お前に私を撃つ事は出来ない。それはお前が一番よく判っているはずだ」
ウータイでは、何よりも家族の絆を重視する。
特に、父は軍人で母も軍人の家の出、という家庭で育ったツォンには、物心付いた頃から散々叩き込まれた思想だった。父の背中を見て育った兄は、大学を出ると迷わず軍人の道へと進んだ。ツォン自身も母親に言われるがままに、戦争が始まるとそれまで通っていた大学を中退し、国の士官学校へと編入した。
そこでの教えは、《支配者による個人の圧殺》《盲目的な忠誠の強要と美化》。それにより 思考停止状態(エポケー) にし、《従属しているという事がアイデンティティーである》という考え。国や家の為、という事に摺り替えられた《支配者のエゴイズムと、残虐生の正当化》だった。
ツォンの額に脂汗が浮かぶ。身体中が震えるのを必死に堪える。
再びあの声が頭の中で繰り返される。
――神羅を倒せ
――我がウータイの為に
――守護神・ダチャオの御名に於いて
「何故、裏切った。ウータイの為に命をかける事こそ、軍人として…いや、ウータイで生まれ、育った者の誇りだろう?」
「お…俺は…」
俯き加減で震えを堪えていたツォンは、顔をあげると力の籠った強い視線で兄を見据えた。
「私は、私を必要としている人と生きる道を選んだのです」
「ウータイもお前を必要としている。今からでも遅くはない、戻って来い。後は私が何とでもしてやる」
一歩前へ進み出た兄に向かって、ツォンは声を荒げた。
「それ以上近付かないで下さい。ウータイは私に『死ね』と言いました。しかし神羅は『生きろ』と言った。その差は大きい。例え利用されているのだとしても私は構わない。神の名を掲げて、見えない虚像に命をかけるより、私は目の前の私を必要とする人の為に命をかけたい」
ツォンは拳銃の劇鉄を下げる。
「あなたには、 未来の神羅 (ルーファウス様)の為に、死んでいただく」
何を言っても無駄だと悟ったのか、ツォンの兄は穏やかに微笑んだ。
そして、引き金は引かれた。
轟音と共に兄の身体は大きく波打ち、長いコートの裾が翻った。胸を抑えた手の指の間から、大量の血が流れ出る。
穏やかに微笑んだ顔は、苦痛で歪み、前のめりになって倒れた。まるでスローモーションの映像を見ているかの様に。
「ツォン……。ゲフッ」
最期の力を振り絞って顔を上げ、何かを言ったが、吐血の為その言葉を聞く事は出来なかった。
ツォンは肩で大きく呼吸を繰り返しながら、倒れた兄の遺体をしばらく見つめていた。
やがて、どんよりと重い雲から雨が落ちて来た。
その雨にすっかり髪も、コートも濡れた頃、ツォンは顔を上げ天を仰ぎ、静かに目を閉じた。
顔に掛かる雨に混じって、熱いものが頬を伝う。
そしてもう一度、兄の遺体をその深緑の瞳で寂しそうに見つめ、くるりと背を向けた。
ここに来た時と同じ、霧の様な雨の中、ツォンは故郷を後にした。
参考資料
別冊歴史読本30「武士道 侍の意地と魂」 新人物往来社刊(1995.12.27発行)