銭形とスコットは、銃を手に持ちながら研究所の廊下を歩いていた。
「必ずぶっ潰してやるぞ、スコーピオン」
スコットが思いつめた様子で呟く。
そのただならぬ雰囲気に,、銭形はスコットの顔に目をやった。
スコットはかなりの決意でここに潜入しているのだろう。彼の表情がそれを如実に物がたっていた。
そこに研究所のスタッフらしき白衣の男が1人、銃を手に現れて立ちふさがった。
しかし男は、スコットの顔を見るなり銃を床に落とし両手を上げて廊下の壁に背中をつけて道を開けてしまった。
そう、スコットが放っている気迫は、およそ争い事に慣れていない研究スタッフごときが立ち向かって行けるものではなかったのだ。
スコットの後を歩いていた銭形は、怯えて手を上げる男の横を通り過ぎる時、その顔を眺めながら訊いた。
「なあスコット、スコーピオンに対するお前の入れ込みは相当なもんだな」
「警部のルパンへの入れ込みも相当ですよ」 と、真っ直ぐ前を見据えながら返した。
「そりゃあ、そうなんだが・・・」 そう言いながら銭形は頭をかいた。
そして、「何か、訳ありなんじゃないのか?」 と言葉をぶつけた。
「・・・・・・・」
スコットはしばらくの間、黙って歩を進めていたが、やがてその歩みをゆっくりにしてゆき、立ち止まった。そして、銭形に背中を向けたまま、ゆっくりと語りだした。
「警部はサーロイン号の事故をご存知ですか」
「サーロイン号! あの豪華客船の!・・・・・・知ってるも何も、俺はあの船に乗っていたんだ」
銭形は、彼の口からサーロイン号の名が出たことに、少なからず驚いていた。
「そうですか・・・、警部もあの船に乗っていたんですか・・・」
そして銭形は、スコットの次の言葉を、息をのんで待った。
「サーロイン号には、・・・私の両親が乗っていたんです」
「あの船にお前の両親が! ・・・あの沈没事故で助かったのは、ほんの数人だけだはず。 じゃあ、お前の両親も・・・」 そこまで言って銭形は言葉を失ってしまった。
「親父もお袋も、あの旅をとても楽しみにしていました。 親父の定年を2人でお祝いしようと、退職金でサーロイン号の船旅に申し込んだんです。 出航の日、私は港まで見送りに行ったんですよ。 それが、本当の別れになってしまいました・・・。」
そう言ってスコットは、肩を落とした。
「その後、あの事故にスコーピオンが関係していると知ったのです。 偶然にもスコーピオンの専任捜査官に任命された時、私は運命を感じました」
「そうだったのか・・・。 事情はわかった。 大丈夫だ、きっと奴等を追い詰められる。 あと一歩だ!」 銭形の力強い言葉に、スコットも強くうなずいた。
その時、マシンガンの銃声が近くで響いてきて、2人はハッとして周囲に注意をはらった。
「スコット、向こうの方から聞こえてきたぞ! 行こう!」
銭形が走り出し、スコットも勢いよく続いて行った。
「動くなと言ったろう!」
ルパン達を前にした黒服が持つマシンガンの銃口から、薄っすら煙が立ち昇っていた。
そのマシンガンの銃口は、やや下に向けられている。 その銃口の先、壁際に追い込まれたルパンと次元、そして不二子の足元の床は、マシンガンの銃弾によって撃ち砕かれていた。
今まさに、銭形とスコットが聞いた銃声がこれだったのだ。
その時、キングがコンピューターのモニターに目をやった。 「これは何だ?」
ルパンの額から、一筋の冷や汗が流れて床に落ちた。
「そうか、ウイルスか。 ゴールドマンめ、ふざけた真似をしやがって」
キングがそう言ったところに、銭形とスコットが駆け込んできて事態が急変した。
「全員動くな!」 銭形が怒鳴る。
「抵抗するな!」 スコットも怒鳴っていた。
キングと黒服が、一瞬2人に気を取られた隙を、ルパンと次元は見逃さなかった。
キングと黒服に体当たりして、3人を弾き飛ばすと、ルパンはキング、次元は黒服の倒れているその手をマシンガンごと踏みつけて、銃を向けた。もう1人の黒服も、銭形のコルトの銃口で押さえつけられていた。
「どうやら形勢逆転だな」 次元は黒服を見おろしながら言った。
ルパンは、キングから、目とワルサーの銃口を離さずに、「とっつあん、そのFBIはスコーピオンを追ってるんだろう。お渡しするぜ」 と声をかけた。
「あ、うん! わかった」
銭形とスコットは、3人からマシンガンを取り上げると、ボディーチェックをしてから、後ろ手に手錠を掛けた。
「お前達、ここから簡単に出られると思っているのか!」
キングは、スコットに押さえつけられながらうそぶいた。
「それは心配無用」 五右ェ門が、静かにその場に現れてそう言った。
「ここの連中は、おおよそかたずけた。残っているとしても、そう多くはあるまい」
「五右ェ門、ご苦労だったな」 と次元が声をかける。
「ところで、ジェシカは見かけなかったか」 とルパンが五右ェ門に訊く。
「いや・・・、 まだ見付からんのか?」
「そうなんだよ・・・どこ行っちゃたんだろう」
その時、ここまでの様子を傍観していた不二子の背後に、怪しい影が忍び寄って来ているのに、そこにいた誰もが気付かなかった。
「キャー!!」
不二子の悲鳴で皆が振り返えり、ようやくその恐ろしい影の存在を知る事となった。
不二子は髪を掴まれ、サブマシンガンを喉もとに突き付けられていたのだった。
その影の正体に、ルパンと次元、そして五右ェ門も驚愕した。そう、ジーナが不二子を捕らえていたのだ。
ジーナ・・・・・・その恐ろしく冷たい目からくる雰囲気は確かに強化人間のジーナなのだが、その姿が今までとは違っていた。
グレーのコートは羽織っているものの、帽子も黒のサングラスもしていなかった。
しなやかな金髪はジェシカの印象そのもので、コートの下も、ジェシカが姿を消した時のジーンズと白いシャツのままだったのだ。
ジェシカがジーナだと聞かされていた彼等だったが、目の前に現れたジーナの姿を目の当たりにして、その事実を強烈に印象付けられる事となってしまった。
「3人を放せ!」 ジーナが不二子にサブマシンガンを突き付けたままで言った。
「ルパン・・・」 不二子の声はさすがに緊張していた。
「聞こえなかったのか、3人を放せ!」 そう言いながら、ジーナは不二子の喉にぐいぐい銃口を押し付けた。
スコットと銭形は、仕方なく、掴んでいたキングと黒服達の腕を放した。
「手錠も外せ!」
「くそ〜・・・」 スコットは、ジーナをにらみつけ、唇を噛み締めながらキングの手錠を外した。
キングは、手首を撫でながら、「良くやったジーナ」 と言って部屋を出て行った。
「全員始末しろよ」の言葉と、いやらしい笑い声を残して・・・。
ルパンは、穏やかな顔で彼女を見詰め、「ジェシカ・・・」 と呼んだ。
ジーナは、その名前を聞いて眉をしかめて、
「ルパン。 お前はもう1人の私、ジェシカとかいう女に惚れたらしいな。馬鹿な男だ」
と言い放った。 そして、マシンガンを構える2人の黒服に「殺ってしまえ」と命じた。
黒服達は、次元と五右ェ門に向かって発砲を始めた。マシンガンの凄まじい連射が浴びせられ、2人は煙に包まれた。
発砲を止め、その煙が晴れた時、黒服は信じられない光景を目にした。 五右ェ門がマシンガンの銃弾を全て斬り落とし、その背中越しに次元のマグナムが自分達を狙っていたからだ。 ガン!ガン! 次元の放った銃弾は正確に2人の眉間を捉え、黒服達はその場に崩れ落ちた。
「あの至近距離で・・・」 ジーナがあっけに取られている隙に、ルパンは素早くワルサーを抜き彼女に向けた。その場は、また新たな展開になっていた。
「警部、私はキングを追います」 そう言うとスコットは走って部屋を出ていった。
銭形は、ルパン達のことが気にはなったが、ここはスコットに協力しようと、彼の後を追って行った。
「お前に私が撃てるのか?」 ジーナは薄笑いを浮かべている。
「不二子を放せ!」
「お前には私は撃てない。そうだろうルパン」
「マシンガンを下ろせ!」 ルパンの言葉は更に強くなっていた。
形勢が不利になったことで、ジーナは不二子を人質に、ゆっくりと部屋の出口に向かって歩き出した。ワルサーの銃口がそれを追う。
「不二子を放せ!」
「この女は殺す!後でお前らも全員始末するからな!」 そう言い放つジーナ。
彼女の持つサブマシンガンのトリガーに掛かる指に力が入る瞬間を、ルパンの鋭い視線は見逃さなかった。 ルパンのワルサーから一発の銃弾が発射され、ジーナの胸を撃ち貫いた・・・。
その場にいた全員が凍りついた。今起った事の重大さを全員が理解しているからだ。
五右ェ門と次元は、驚いてルパンを見詰めている。 「ルパン・・・」
ジーナは、不二子からよろよろと離れ、サブマシンガンを床に落とすと、その場に崩れる様に倒れた。ルパンが走りよって抱きかかえると、彼女の顔は穏やかなジェシカの表情になっていた。 死の直前、ジェシカの人格が現れたのだ。
「ジェシカ〜!」 ルパンは彼女の名を叫んだ。
ジェシカは弱々しく微笑むと、「ルパン・・・、これでいいのよ・・・、ありがとう・・・」 そう言って、ルパンの腕の中で静かに息を引取った。
「ジェシカ・・・」 ルパンの絞り出すようなその呟きは、悲しみに満ちて、研究所内にこだましていった。
ルパンは、後ろを振り返り、コンピューターのモニターを見詰めた。「次元・・・」
次元は、ゆっくりとコンピューターの前まで進むと、マウスに手を伸ばした。
そして、「メビウスの輪か・・・」 そう呟きながらスタートボタンを押した。 すると、モニター画面が真っ赤な血の色に染まった。ゴールドマンの仕掛けたウイルスが起動したのだ。
数秒後、今度は画面が真っ黒になり、何も反応しなくなってしまった。
「悪魔の薬、ハイドロジェンもこれで終わりだな・・・」 ルパンが呟いた。
一方、スコットと銭形は、キングを追って階段を駆け降りていた。
「待てー!」 スコットが叫ぶ。
銭形は、手錠を取り出すと、「俺に任せろ!」 と言ってその手錠をキングに向かって投げつけた。 銭形得意の”わっぱ投げ”だ。
それは、見事にキングの足を捉え、もう一方は階段の手すりにガッチリとはまった。
急に片足の自由を奪われたキングは、もんどりうって階段でこけてしまった。
「くそ〜!」
「警部、さすがですね。 もう逃げられんぞ、キング!」 追いついたスコットが、今度は自分の手錠でキングの腕と階段の手すりを繋いだ。
すると突然、研究所内に警報が鳴り出した。
「この建物は、後3分で爆発します。直ちに退去してください」 との音声が繰り返し館内放送から流れてきた。
「おい!これを早く外してくれ!」 慌てたキングが叫ぶ。
スコットは、背を向けると、「警部、行きましょう」 と冷静な声で言った。
「いいのか、スコット」 銭形が訊き返す。
「3分間、恐怖を味わうがいい!」 スコットはさっさと歩きだした。
「待ってくれ!助けてくれ〜!」 キングの恐怖に怯えた声がいつまでも響いていた。
「この建物は、後2分で爆発します。直ちに退去してください」
「この建物は、後1分で爆発します。直ちに退去してください」
ルパン達は研究所が見下ろせる高台まで避難していた。 その目の前で研究所が爆発して炎を上げた。
「ドクターは、データーだけじゃなく、研究所そのものを破壊したかったんだな・・・」
次元がそう呟いた。
ルパンは、ジェシカを腕に抱えながら、ただ黙ってその炎を見詰め続けていた。
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