---ルパン三世 メビウスの輪---

第四章 愛と悲しみの果て  3

 研究所の施設の周辺を取り巻く道路の上に1台の車が止まっている。クリーム色のフィアット500である。その車の中に五右ェ門と不二子がいた。
2人は、車に積まれた無線機から聞こえる声に耳を澄ませている。
不二子は、後部座席から身を乗り出すように無線機のスピーカーに向かっていた。
五右ェ門の方は、シートにもたれているものの、背筋を伸ばし目を閉じて聴いていた。
 「話は聞こえたな五右ェ門」 とスピーカーから次元の声がする。
次元のスーツの裏に仕込んだマイクで、研究所内の出来事をモニターしていたのだ。
 「俺はルパンを探してコンピュータールームへ向かう。 五右ェ門と不二子は陽動を頼む。いいな!」
五右ェ門はゆっくりと目を開けると、傍らの斬鉄剣に手を掛け、それをぐっと握った。
 「承知した。 行くぞ不二子」
そう言って振り返ると、そこにはもう不二子の姿は無かった・・・。 「ん・・・?」
 あの女、また善からぬ事を考えなければいいが・・・。五右ェ門は、心の中でそう呟くと、車を降り研究所の正面ゲートへと進んで行った。

 銭形とスコットの乗る車も、ようやく研究所に到着した。
 「警部、ここです」 スコットは車をゆっくりと進めると、正面ゲートが望める位置に車を止めた。
 「見ろスコット。あれは五右ェ門だぞ!」 銭形は正面ゲートに向かって歩いている五右ェ門を見つけたのだ。
 「どうやら、警部の勘が当たったようですね」 と、スコットも真剣な表情になる。
 「で、どうします。追いますか?」
 「もう少し待て。様子を見よう」 銭形は五右ェ門の動きを見詰めながら答えた。

 五右ェ門は、静かに、そして平然と正面ゲートの守衛所の前を通り過ぎた。
守衛の1人がそれに気付き、慌てて声をかける。
 「おい、待て! お前は何者だ!」
五右ェ門は、守衛の言葉にも全く気にするそぶりを見せず歩を進めている。
もう1人の守衛が2丁のショットガンを手にして守衛所から飛び出してきて、その1丁を、先に出ていた守衛に渡した。
2人の守衛はショットガンを構え、「止まれ!止まらんと撃つぞ!」 と威嚇した。
その言葉に、五右ェ門はようやく足を止めた。
守衛の2人がゆっくりと五右ェ門に近付いていく。
すると、五右ェ門は突然2人の方に向き直って、左手の斬鉄剣を顔の前に出すと、親指で剣を鞘から少し外した。
 「なんだ、やるのか!」 と1人の守衛が言った途端、五右ェ門の目が鋭く輝いたと同時に、斬鉄剣の刃が一瞬に2、3度煌めいて、すぐ半分ほど鞘に収まった。
その剣をゆっくり鞘に収める”カチャ”という音と同時に、2人の手にしたショットガンは3枚に下ろされて崩れ落ちていった。
五右ェ門は再び背中を向けると、 「命が惜しかったら、拙者にかまうな」 そう言ってまた歩きだした。
2人の守衛は呆然と立ち尽くし、その後姿を黙って見送る事しか出来なかった。

 「よし、チャンスだ! 行くぞスコット!」
銭形とスコットは、車を降りて正面ゲートへと走った。
立ち尽くしている2人の守衛の前まで来ると、スーツの胸から身分証明をさっと出して2人に示した。
 「ICPOの銭形だ」
 「FBIのスコットです」
 「えっ・・・?」 
 「今ここを通ったヤツは、国際手配の石川五右ェ門だ!追わせてもらう。いいな!」
守衛の男が混乱している隙をついて、銭形は早口にそこまで言うと、スコットと2人でさっさと中へと入って行ってしまった。
 「おっ、おい・・・」 守衛の2人は、”何なんだ”といった様子で顔を見合わせたが、銭形達を追うことは出来なかった。

 「警部、これからどうします」
 「ともかく、ここには何かある・・・。 中を調べてみよう。 ルパンと、そしてキングがいる可能性もあるぞ」
 「今度こそ、スコーピオンを追い詰められるでしょうか?」
 「ああ・・・。 そしてルパンもな」
銭形とスコットは強くうなずきあった。

 「ルパーン! ルパーン!」 次元はルパンを探して研究所の中を歩きまわっていた。
 「くそー、ヤツは何処へ行っちまったんだ・・・」
ふと思い立って、次元はスーツに仕込んだマイクに向かって話しかけた。
 「ルパン! さっきのドクターゴールドマンの話は聞いていたな」
しかし、その問いかけにもルパンの返事は返ってこなかった。

 その頃、ルパンもジェシカを探して研究所内を走り回っていた。
 「ジェシカ! ジェシカどこだ!返事をしろ!」

 五右ェ門の方は、陽動の為に行動を起こしていた。研究所の中庭を悠然と歩いて中央にある塔の前までやって来た。
その塔は製薬会社の研究所の象徴になっているのだろう。上には両手のひらで地球を包み込むようなオブジェが乗っていて、その下には”The health is our wish”の文字が書かれている。
その塔を見上げた五右ェ門は、さっと飛び上がると垂直に立っているその塔をカモシカの様に登って行き、塔のてっぺんに静かに立って目を閉じた。一陣の風が五右ェ門を通り過ぎ、彼の髪と袴をなびかせる。
 「健康が願いとは、笑止」 そう呟くと目を見開き、後ろ向きに飛び降りた。
彼が地面にたどり着く数秒の間に斬鉄剣が何度も煌めいた。
すっと着地した五右ェ門は、塔に背を向け歩き出した。彼の後ろで、その塔が斬り倒されて崩れ落ちていく。

 何かが崩れるような大きな音がしてきて地響きが鳴り、次元は立ち止まった。
そして、「五右ェ門が始めやがったか」 と呟いた。

 ジェシカを探していたルパンも、その地響きに立ち止まり、あたりを見回した。
 「五右ェ門か・・・。早く彼女を探し出さないとな・・・」

 派手なデモンストレーションをやった五右ェ門に向かって、武装した連中が殺到してきた。 しかし、彼の腕と斬鉄剣には到底かなう筈が無く、ことごとくあっさりと倒されていった。 

 研究所の中を歩きまわっていた次元が、1つのドアの前で立ち止まった。
その扉には[Main Computer Room]と書かれたプレートが付いていた。
 「メインコンピュータールーム・・・ここか・・・」 そう言って次元はその扉を鋭い視線で見詰めた。
静かに取っ手に手をかけて扉を開けると、中には技術スタッフの制服を着た4人の男達が、気を失って床に倒れていた。
 「どういう事だ?」
中に進んで行くと、奥からキーボードを叩く音が聞こえてくる。
次元は、マグナムを構えて大きなキャビネットの裏に飛び出した。しかし、そこにいたのは何と不二子だった。
 「次元、おどかさないでよ!」
 「お前、こんな所で何してるんだ」
 「だって、ハイドロジェンのデーターを壊しちゃうんでしょう。その前にコピー取っとかなくちゃ」 そう言ってドライブからディスクを取り出した。
そのとたん、ディスクが一発の銃弾で不二子の手の中で撃ち砕かれた。
 「不二子、ドクターの話を聞いてなかったのか!」
2人が振り返ると、そこにはワルサーの銃口に息を吹きかけるルパンの姿があった。
 「ルパン、何するのよ!もったいない・・・」
砕けて床に散らばったディスクに目を落とす不二子のところにルパンがやってきた。
 「余計な事は考えずに、ウイルスだ不二子」
 「それなら、さっきデーターを検索した時に見つけたわ」
そう言って、不二子はキーボードを叩きだした。
 「これよ」
次元とルパンはその画面を見詰めた。
 「これか・・・。 よし、キーワードだ」
”The ring of mebius”
 「これで、後はこのスタートボタンを押すだけよ」
 「次元、お前が押せよ。ドクターゴールドマンへのたむけだ」 そう言ってルパンは、次元の肩をたたいた。
次元がマウスにゆっくり手を伸ばしたその時、3人は背後に殺気を感じて固まった。
 「またかよ・・・。いつもいいところで現れてくれちゃうね、キングさんよ」
ルパンが振り返ると、キングと黒服2人がマシンガンを構えて立っていた。
次元は、気付かれないようにそろそろとマウスに手を伸ばしはじめた。
 しかし、「動くな! 3人ともゆっくりコンピューターから離れろ!」 のキングの言葉で止めざるを得なくなってしまった。
 ルパン、次元、不二子の3人はマシンガンの銃口に突付かれるようにして壁際に追いやられた。
 「もう小細工は通用しないぞ、ルパン」 黒服の1人が右手に巻いた包帯を見せながら言った。

 あとワンクリックで、コンピューターのデーターを破壊できるところまで漕ぎ着けているのに手が出せない。その状況に次元とルパンは唇をかんでいた。

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