大金庫の前にルパン達は立ち尽くしていた。
彼等の前には、キングと20人程の武装集団がいて、マシンガンを構えている・・・。 「ルパン!私はこれだけのお金を前にして死ぬのは嫌よ!」
不二子はルパンの腕にすがるようにしながら言った。
ルパンは、不二子のその動作に隠れるようにジャケットのポケットに手を入れ、中から何かを握って取り出し、その手をキングの方にぐいっと差し出した。
それは手の中に隠れていて良く見えないが、どうやらリモコンスイッチのようだった。
「キング!銃を降ろせ! 金庫の中にプラスチック爆弾を仕掛けてある! このスイッチを押せば中の金はパーだぜ!」
ルパンの言葉に、機関銃を構えた武装集団が一瞬ひるんだ。
キングも、ルパンの差し出した手を見詰めたまま対処に苦慮している様子だ。
「はったりですよボス」
キングが振り返ると、後ろから黒服が不敵な笑みを浮かべて前に進んできた。
「ルパン! お前達にそんなことする時間は無かったぜ。はったりだな!」
黒服は自信たっぷりに、強い口調でそう言い放った。
しばらくの沈黙と、にらみ合いの後、見透かされてたか・・・といった感じで、ルパンは肩の力を抜いて腕を落とした。
「なんだよ、ばれてたのかよ・・・。 そう・・・、爆弾なんか仕掛けてねえよ」
そう言って、手の中のものを黒服に向かって、ふわっと放った。
黒服がそれを顔の前で片手でキャッチして、手のひらを上にしてゆっくりと開いた。
現れたのは100円ライターだった・・・。
「ははははっは!臭い芝居だったな」
そう言って、黒服がそのライターを擦って火を点ける動作に入った瞬間。
ルパンも、不二子も、次元も、五右ェ門も、さっと丸いサングラスを取り出し、一瞬にして目に装着した。 それは溶接工が掛けるような、かなり厚めのゴーグルだった。
あっという間の出来事だった。
黒服の親指に力が入り、ライターがシュボッっといった瞬間。凄まじい閃光が辺りを包んだ! ルパンの放ったのは”ライター型閃光弾”だったのだ。
その閃光に目を眩ませている武装集団を跳ね除け、4人は囲みを突破して走り出した。
ゴーグルを投げ捨て、走って逃げるルパン達の背後で、マシンガンの乱射音と、流れ弾に倒れる数人の戦闘員の呻き声が聞こえてくる。
閃光弾の破裂で火傷を負った黒服が、痛そうに右手を振っている。彼の手からは白い煙が上がっていた。
「くそ〜!やりやがったな・・・」 黒服は顔をしかめて唇を振るわせた。
ルパンは不敵な笑みを浮かべて、ちらっと後ろを見たが、構わずに走り続けた。
「お金はどうするのよ! ねぇ、ルパン!」 不二子がルパンの背中に向かって訊く。
「そんな事を言っている時ではなかろう!」 不二子と並走する五右ェ門がたしなめる。
「大金庫はもう開いてるんだ。どこに持っていったって、手に入れるのにそう手間はかかんねぇよ」 ルパンは、前を見据えたまま、余裕の表情でそう言った。
階段を駆け上がり、4人は1階のフロアーまで辿り着いた。 ジェシカが車を用意して待っている従業員通用口は、もうすぐそこだった。
だがその時、ルパン達の背後に、強敵が現れた。 戦闘員が1人、ロケットランチャーを肩に構えて走り去る彼らを狙っていたのだ。
「やばいぞルパン!」 と、走りながら次元が言った。
「危ねぇもん持ち出して来やがったなぁ〜!」 とルパンも返す。
通路の先に通用口が見えた。通用口のドアは開いていて、その少し先にジェシカが用意しているワゴン車が見える。
「出口が見えたぜ!」
ルパンが言ったその時、戦闘員のロケットランチャーが火を噴いた。 ダァーン!
シューーーという音と共に4人にロケット弾が迫る。
だが、それを見切ったルパン達は、寸前でひらりとかわした。 彼らの横をかすめる様にロケット弾が通り過ぎていく。
「しまった!!」
ルパン達がかわした弾は、真っ直ぐワゴン車に向かって飛んでいってしまった。
ロケット弾は、車の横腹を突き抜け、車の内部に着弾した。
凄まじい爆音と共に、ワゴン車は残骸となって吹き飛び、炎を上げた。
爆風を避けるために身を伏せていたルパンが、ゆっくりと立ち上がる。
「・・・ジェシカ・・・」 そう言ったまま、その場に呆然と立ち尽くしてしまった。
「ルパン・・・」 心配そうに声をかける次元の視界の隅に、さっきのヤツがロケットランチャーの2発目を発射しようと構えている姿を捉えた。
顔の向きを変えずに、視線だけをそいつの方に向けると同時に次元のマグナムが火を噴いた。それは、いつ銃を抜いたのか気付かぬ程の早技だった。
次元は、戦闘員が倒れたか倒れなかったのか、まったく確認するそぶりを見せずに、またルパンの方に視線を戻した。
「ねぇ、どうしたのルパン・・・」
ルパンのただならぬ様子に不二子が声を掛けるが、彼には全く聞こえていなかった。
「・・・あの車には・・・ジェシカが乗ってたんだよ・・・」 次元が彼に代わって答えた。
「ジェシカ・・・?」
「ルパンが惚れていた女だ・・・」 今度は五右ェ門が代わって答えた。
「そうなの・・・」 不二子も気の毒そうに呟いた。
そこに、目を眩まさせれていた武装集団が追いついてきた。マシンガンの弾が、彼らの近くの壁や床を細かく砕きだした。
「行くぞ!ルパン!」 そう言って次元が走り出した。 五右ェ門もそれに続く。
相変わらず、炎を上げる車を呆然と見詰めているルパンの手を、不二子が強引に引っ張った。
「しっかりしてルパン!早く!!」
ようやく正気を取り戻したルパンも、不二子に引っ張られながら走り出した。
通用口を抜け、ホテルの外へ出た不二子は、ルパンのジャケットのポケットに手を突っ込み、中からダミーボールを取り出すと、それを通用口に向かって投げた。
走って追ってきた2、3人の戦闘員がそのダミールパンに、とりもちの様に絡め取られて、通用口を塞いだ。
「これで、少しは時間が稼げるわね」
本来なら、こんな小細工はルパンがやるべき事だが、今のルパンは、ジェシカを失ったショックでまだ調子を取り戻していないのだ。
「ルパン!死んじまった者はしかたがねぇ!そんな調子だとお前まで殺られるぞ! しっかりしろ!!」
と、次元がルパンに激を飛ばした。
そうしてまた4人は走りだした。
ホテルの建物から2、30m離れたところで、ルパンは背後に背筋が凍るような冷たい殺気を感じて振り返った。 それと同時に、ホテルの3階の窓からライフルが発射されて、弾がルパンの左の二の腕を貫通していった。
「くぅ〜!」
狙撃者はグレーのコートにグレーの帽子を目深に被っていた。
「ジーナか!」 と次元がマグナムを向けた途端、彼女は窓の奥へと消えていった。
ジーナの正確な狙撃も、ルパンがたまたま振り返って身をよじった為にかろうじて急所を外れたのだった。
「大丈夫か、ルパン!」
次元が心配して駆け寄っても、ルパンは撃たれた腕を押さえたまま、ジーナが消えた窓を見詰め続けていた。
ほんの一瞬だったが、ルパンはジーナの顔を初めて見たのだ。 いや、顔というよりも彼女の深く沈んだ冷たい目だ。あんな冷たい目は今まで見たことがなかった。
それと、帽子から少しこぼれて風になびいていた金色の後れ毛・・・
あの金髪を見たルパンの頭の中には、ある嫌な想像が浮かんでいた。
それは、どんなに否定しても、否定しても、頭をもたげて来るのだった。
ホテルの屋上から、サーチライトを点けたヘリが飛び立ってきた。
ルパンには、その場で考え込むような時間の余裕は無いようだ。
ヘリの開いた扉から身を乗り出すようにして、黒服がマシンガンを構えている。
「サーッキットへ行こう!あそこに行けばレースマシンがある!」
次元がそう提案した。
残りの3人も頷き、サーチライトの光を避けるようにして走りだした。
ヘリのサーチライトに追われながら逃げる彼らを、容赦ないマシンガンの攻撃が襲い続けた。
やっとのことで”飛騨スピードウェイ”に辿り着いた彼らは、ピットのガレージに滑り込み、身を隠した。
ルパン達の行方を探すように、サーチライトで照らしながら、ヘリがサーキットの上空を飛び回っている。
「畜生!奴等どこに隠れやがった!」
[全日本GT選手権 第8戦] と書かれた看板がヘリのライトに浮かび上がる・・・。
しばらくすると、関係者用のゲートから2台のレースマシンが飛び出してきた。
ホンダNSXと、スカイラインGTRがレース場を抜け出したのだ。
NSXには次元とルパンが、GTRには不二子と五右ェ門が乗っている。
「しまった!車を盗りやがったか! 早く追え!」
不意を付かれたヘリが直ぐに転回して後を追ったが、彼らの車はただものではない。
レース用に極限までチューンされたマシンなのだ。その上、次元も不二子もドライビングテクニックは相当なものだった。
見る見るうちにへりを引き離して走り去って行った。
「どうやら撒いたらしいな」
もう、近くにヘリの気配は感じられなかった。
次元は、ようやく落ち着いて車を止めた。
不二子も、NSXの隣りにGTRを止めて車を降りた。
「これからどうするの、ルパン・・・」
ルパンは、ただ真っ直ぐに前を見据えながら、静かに答えた。
「どうしても、ドクターゴールドマンに会わなきゃなんねぇ・・・」
「ドクターゴールドマン?」 と次元が訊き返す。
「あぁ・・・、急いでニューヨークに戻るぞ」
そう言ったきり、ルパンは考え込むように黙り込んでしまった・・・。
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