---ルパン三世 メビウスの輪---

第三章 2つのエメラルド  4

 渋滞の中、ルパン、次元、五右ェ門、そしてジェシカを乗せた車は、ようやくホテルミラクルに到着した。
飛騨スピードウェイでレースが開催されているため、ホテルも混んでいるのだろう。第1駐車場、第2駐車場が一杯で、少し離れた第3駐車場になんとか車を止めることが出来たという状態だった。
車を降りた4人は、ホテルの建物へと歩き出した。

 「似合うじゃねえか、五右ェ門」
次元は、五右ェ門のスタイルにニヤニヤしながら言った。
 「言うな!」 五右ェ門は、うつむいて、肩を小刻みに震わせている。
彼等は、ホテルミラクルに入る為に、ちょっとした変装をしていたのだ。
有名自動車メーカーのロゴ入りスタジャンに、タイヤメーカーのロゴ入りキャップ、下はジーンズにスニーカーと、いかにもレースを観戦しに来ましたといういでたちで、とりわけルパンは、肩まである長髪のカツラにメガネまでかける念の入れ様だ。
次元もサングラスでその目を隠している。
しかし、五右ェ門はこのスタイルが嫌でしかたないのだろう。
 「斬鉄剣の不吉な曇りは、このことだったのか・・・・」と訳のわからないことをぶつぶつ呟いていた。
 「しょうがねぇだろう五右ェ門。これからスコーピオンのホテルに乗り込むんだぜ。いくらお前の頼みでも、いつもの服装じゃあ目立ちすぎるんだよ」
ルパンは、面倒くさそうにそう言うと、少し曲がった五右ェ門のキャップを真っ直ぐに直してやった。

 壁にたくさんのテレビモニターが並んでいる薄暗い部屋・・・ セキュリティールームの様なこの部屋は、激しい憎しみの空気に満ちていた。その中の一つのモニターに、フロントでチェックインの手続きをしている彼等の映像が映し出された。
この部屋に一人座っていた男は、手元のスイッチ操作でその画面に映る人物にズームで寄った。 変装しているといっても、たいした変装ではない。 そう、ルパンだ。
 「現れたなルパン・・・ この前の借りは、きっちり返させてもらうぞ・・・ 覚悟しておけ」
男は、喘ぐような声で、絞り出すようにそう呟いていた・・・。

 部屋へと向かうエレベーターの中に4人はいた。
ルパンはフロントからここまで、ずっとジェシカの腰に手を回して歩いてきた。ジェシカも素直にそれを受け入れていた。
 「決行は深夜だ。それまで自由行動にしよう」 とルパンが提案した。
彼等が取ったのはツインルームを二部屋。 部屋割りは、ルパンとジェシカ、次元と五右ェ門のペアなのは云うまでも無い。
 「へいへい、自由行動ね・・・」
次元は、あきれ顔で言葉を返した。
だが、五右ェ門はそれどころではない様子だ。早く部屋に入って、この服を着替えたい。その事ばかり考えているのだった。
 

 「ルパン・・・、もう時間なの?」
ジェシカは、ベッドで寝返りを打ちながら訊いた。 ルパンがベッドを抜け出した気配で目を覚ましたのだ。
 「あぁ、そろそろだ」
ルパンは、Yシャツに袖を通しながら答えた。
ジェシカがベッドの上で上体を起こすと、掛けていた毛布が腰のあたりまでするりと落ちて、美しい胸があらわになった。 
そして、寝乱れた金髪を両手で掻きあげると頭を軽く振った。 それだけである程度まとまるサラサラの美しい髪なのだ。
彼女の体は、やや筋肉質だが、それでいて嫌味ではない。 まさにしなやかという言葉が相応しかった。
だが、今のルパンはジェシカの美しい体に見惚れてはいない。 これからスコーピオンの大金庫に挑むのだ。真剣な眼差しで、まっすぐに鏡を見詰めネクタイを締めていた。
 ほんの1時間程前には、2人で激しく愛し合っていたのに・・・。 ジェシカはちょと寂しい気持ちになったが、それが男という物なのかもしれない。 直ぐにそう思い返して、ルパンの横顔に心の中でエールを送った。
 「君も早く仕度をして、予定通り、車を通用口に付けて待っててくれ。獲物を持って駆け付けるからよ」
ルパンは、手の中のエメラルドを彼女に見せながら部屋のドアを開けた。
 「わかったわ。頑張って!」
ジェシカが笑顔で見送ると、ルパンはウインクしながら扉を閉めて戦場へと向かって歩き出した。

 午前2時、地下2階のフロアーにルパン、次元、五右ェ門の3人が、いつもの服装で集合した。
五右ェ門は、羽織、袴姿に着替えられて、ホテルに入る時の、あのうじうじが嘘の様に精悍な顔付きをして、目にも鋭い光が戻っていた。
 「では、参ろう」
 「おめえは、分かりやすいヤツだな」 次元は、あくまで淡々としている。
変電室、空調室などの設備関係が並んだ飾り気の無い廊下を進むと、突き当りが右に曲がっている。
 「あの角を曲がった先が金庫室だ」 ルパンが声をひそめて言った。
次元が、曲がり角から僅かに顔を出してその先の様子をうかがう。
 「見張りが一人いるな」
 「拙者に任せておけ」 五右ェ門は、斬鉄剣に手を掛けると、さっと飛び出した。
あっと言う間に見張りに近付くと、斬鉄剣の柄で、腹に一撃をくらわせる。 見張りの男は、なすすべもなくその場に崩れ落ちた。
 「おうおう、張り切ってるねぇ」 そう言いながら、ルパンは金庫室の扉の前にやって来た。 次元もそれに続いた。
ルパンが扉のノブに手を伸ばす。「やっぱり鍵が掛かってるなぁ・・・」
それを見た次元は、背中からマグナムを取り出し、そのノブに銃口を向けた。
 「次元、ここは静かにいこうや。 五右ェ門、やっちゃって」
 「承知した」
五右ェ門は、扉の前まで進むと、親指で斬鉄剣を鞘からカチャっとはずした。
瞬く間に数回の刃の煌めきが起こり、斬鉄剣が鞘に収まった瞬間、扉が数十枚に斬られて落ちていった。
 「そこまで細かくしなくてもなぁ、次元・・・」
 「ほんと、分かりやすいヤツ」 そう言いながら、2人は金庫室へと入っていった。
中は、6m四方程の部屋になっていた。正面の壁がいかにも頑丈そうな金属製で、異様な雰囲気を漂わせていた。その金属製の壁の中央に、直径5p位の窪み状の穴が開いていた。
 「ここが・・・」 と、次元が呟く。
 「あぁ、50億ドルが眠る、スコーピオンの大金庫さ・・・」 ルパンも、感慨深そうにそう言った。
 「じゃぁ早速、扉を開けるとしようぜ、ルパン」
 「そうだな」 
ルパンは、穴の前まで進み、ジャケットのポケットから、鍵となるエメラルドを取り出して、その窪みにはめ込んだ。
 「あら?」
 「どうしたルパン?」 五右ェ門が怪訝そうに訊く。
 「穴に合わねぇ!」 
 「何ぃ〜!」 と、次元が言ったその時、3人は、背後に人の気配を感じて振り返った。
そこにいたのは、なんと不二子だった。
 「ルパン、貴方が持っているエメラルドは<ナイルの瞳>よ」
 「不二子!何でおめぇがここにいるんだ!」 次元が激しい口調で言った。
不二子は、次元の言葉にまったく構わず、 「ルパンが宝石を取り違えるなんて、ドジったものね。 まぁこれも、宝石エキスパートの私を仲間外れにした報いよ」 と言いながら、胸の谷間から本物の<青龍の涙>を取り出し、キラッと輝かせた。
 「悪かったよ不二子ぉ。 わざわざ<青龍の涙>を届けてもらってすまねえな」
 「勘違いしないでルパン。私は取引きに来たのよ。 私が7で、貴方達が3でどう?」
 「そりゃ無いぜ不二子、せめて山分けってことにしようぜ」
 「青龍の涙は私が持ってるのよ、嫌なら私は帰るわ」
 「わかったよ。 じゃあ5分5分」
 「7・3よ」
 「6・4!」
 「調子に乗るな不二子! 金庫の秘密を探し出したのは俺達なんだからな!」
次元は更に口調を強めた。
 「次元、そういきり立つなよ」
 「ルパン!元はと言えば、おめぇが宝石を取り違えるなんてドジ踏んだからだぞ!」
 「いいわ。貴方達の働きに敬意を表して、6・4で手を打ちましょう」
 「じゃあ、そう言うことで。 仲良く行こうぜ、次元、五右ェ門」
 「ふん!勝手にしろ!」 次元は呆れ返っていた。
 「欲の皮を突っ張っていると、ろくなことは無いぞ不二子」 と、五右ェ門も同様に呆れているのだった。

 ようやく、不二子登場の騒動も収まり、4人は再び大金庫へと挑み始めた。
本物の青龍の涙は、今度は扉の穴にすっぽりと収まった。
すると、何も無かった壁からテンキーのボードがすーと浮かび上がってきた。
 「ルパン、暗証番号よ。大丈夫?」
 「まかせとけよ」 ルパンは、自信たっぷりにテンキーを押し始めた。
1・9・3・4・6・1・7 暗証番号は見事正解した。 穴の中のエメラルドにレーザーが照射されて、それがエメラルドのカットによって乱反射している。
 「アンショウバンゴウ、イッチ。ハンシャモン、イッチ。ヨウコソ、コミッショナー」 と電子音声が流れた。
 「ルパン、どうして暗証番号が分かったんだ?」 改めてルパンの推理に驚いた次元が訊く。
 「なぁに、ミスターXなんて単純な野郎さ。1934年6月17日。これがヤツの誕生日なんだよ。ぐぅふふ・・」
 「なぁるほど。ヤツらしい・・・」
そんな会話をしている間に、壁にすーと一筋の光が走り、扉が開き始めた。ついに大金庫の扉が開いたのだ。 扉の奥には大量の札束が綺麗に積まれていた。 
それは、今まで何度となく想像した光景だったが、実際に目の当たりにすると実に壮観な、素晴らしい光景だった。
不二子は金庫に飛び込んで行った。
 「凄いわルパン!見て!お金よ、お金!」
次元も嬉しそうに中へと入って行って札束を手に取った。
 「こりゃあ、確かに50億ドル、いやぁ1万円札だから、5000億円以上あるぞ!あっははは!」
しかし、その時、彼らの背後で、カチャ、カチャ、カチャっと嫌な機械音がした。
 「ご苦労だったなルパン三世」
キングが、20人程の武装集団と共に現れたのだ。 彼等は皆、機関銃を構えてルパン達を狙っていた。
 「キング・・・」 ルパン達の表情は一瞬で凍りついてしまった。
 「大金庫を開けてくれて感謝するよ。 だが、もう君達に用は無い。ここで死んでもらおう。はっはははは!」
大金庫の中にキングのイヤラシイ笑い声がこだまする。
これだけの人数に取り囲まれて、ルパン達に打つ手があるとは到底考えられなかった。
キングは、大金庫の金も、ルパンの命も、全て手に入れたのだと、誇らしい気持ちになっていた。
 「父さん・・・僕は勝ったよ・・・」 と中空を見詰めて呟いた。

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