---ルパン三世 メビウスの輪---

第三章 2つのエメラルド  3

 洒落たジャズが流れる小さなバーの丸テーブルを3人の男達が囲んでいる。
1人の男が、身振り手振りで話をしているのを2人の男が聞いている様子だ。この3人の男達はそう、ルパンと次元そして五右ェ門だ。

 「と、言うわけなんだ」 ルパンは例の屋敷を出てからのいきさつを2人に話し終えると、グラスのバーボンを飲み干し、氷をカランと鳴らした。
 「なるほど、そういうことか・・・」 次元は煙草を口に咥えたまま答えた。
目を閉じて、腕組みをしながら話を聞いていた五右ェ門が口を開く。
 「で、そのエメラルドは?」
ルパンはジャケットのポケットからエメラルドを取り出し、2人に見せた。
 「これがその〈青龍の涙〉さ」
 「ほ〜ぅ・・・」
ルパンの手の中にある宝石の深く妖しい輝きに2人もため息をもらした。
 「なぁるほど・・・」 と次元が呟く。
 「な、なんだよ次元」 ルパンは、次元の意味ありげな呟きに不満そうな表情をみせた。
 「いやな、長いことナイルの瞳を拝んでねぇから確かなことは言えねぇが、青龍の涙ってエメラルドはナイルの瞳によく似てるなと思ってな」
その言葉にルパンは不敵な笑みを浮かべて答える。
 「そうなんだよ!よく似てるんだよ! だからスコーピオンがサソリ像の目にナイルの瞳を欲しがるのも分かるぜ」
次元はルパンの顔に視線を戻すと、「で、7桁の暗証番号の方はどうなんだルパン」 と訊いて来た。
 「おぅ! そっちの方もな、大体の見当は付けてある」 とウインクしてみせた。
 「じゃあ後は50億ドルを頂きに行くだけだな」
次元は楽しそうにそう言うと、椅子の背にもたれ掛かって、空になった自分のグラスにバーボンをそそいだ。
 「おっと、ところでルパン、スコーピオンの大金庫はどこにあるんだ?」
 「あれ〜、次元にはまだ話してなかったっけか?」
 「あぁ、聞いてねえぞ!」
ルパンは手にした青龍の涙をじっと見詰めながら、「ホテルミラクル」 と、ゆっくりとした口調で答えた。
 「日本か!」 次元は不意を付かれたように言葉を発した。
 「日本?」 五右ェ門は次元に鋭い視線をなげる。
 「あぁ・・・、そう言やぁおめぇは知らなかったっけな。 ―――日本の飛騨スピードウェイの近くにあるホテルミラクルはレッドスコーピオンの隠れ蓑さ。まぁもっとも、飛騨スピードウェイが今でもサーキットとして存在してるかは、ちと疑問だがな」
そう言うと次元は薄笑いを浮かべた。そして更に言葉を続ける。
 「日本は遠いなぁ・・・ これからちょっと一仕事って訳にはいかねえか。 ――で、いつ発つ?」
 「明日の便を予約した。それで日本に向かう」 とルパンが答えた。
その時突然、バーの入り口の方で「ルパ〜ン!」 という女性の声がした。
3人が声の方に振り向くと、そこにはジェシカが驚いた様子で立っていたのだ。
 「ジェシカちゃ〜ん!」
ルパンはさっと席から立ち上がると、ジェシカの所へ飛んでいき、彼女の肩に手を回してニコニコしながら自分達のテーブルへと導いた。
 「さ〜ここに座って」
ルパンの素早い行動に彼女は目をパチクリさせながら椅子に腰を下ろした。
 「こんばんは皆さん。 ――昼間お化け屋敷に行ったんだけど誰もいなくなってて・・・
もう会えないかなって思ってたの。よかったわ」
そう言いながらジェシカは、ほんの一瞬だけルパンに熱い視線を投げた。
 「いや〜ほんと、今日君に会えてよかったよ。オレ達、明日ニューヨークを発つんだよ」
 「何処に行っちゃうの?」 ジェシカは寂しそうな声で尋ねた。
 「日本だ」 次元が横から答える。
 「そうなんだよ、仕事でなぁ・・・」 ルパンも寂しそうに言葉を続けた。「今回の仕事のメインイベント会場が日本にあるんだよ」 
 「日本か〜・・・ 行ってみたいなぁ」
ジェシカはテーブルに視線を落としながら呟いた。かと思うと今度は一転満面の笑みで顔を上げると、その大きな瞳でルパンを見詰め、「私も連れてって!ねぇいいでしょうルパン」 と明るく言い放った。
 「いや〜、連れて行きたいのはやまやまなんだけっどもなぁあ・・・、日本に遊びに行く訳じゃないし・・・」 ルパンは次元と五右ェ門の顔色をうかがっている。
一緒に行きたいのがルパンの本音なのは2人にも分かっていた。
だからこそ次元は、「そうだぞルパン。遊びに行く訳じゃないんだ」 ときっぱり言った。
 「今度の仕事、女人のおもむく所では御座らぬ」 五右ェ門も同様だ。
ルパンは、がっかりしたのを隠すように、「そうだよな〜、ははは・・・」 と、ちょっと顔を引きつらせて笑った。
  

 翌朝、空港のロビーでルパンを待つ次元と五右ェ門の前に、ルパンがジェシカを連れて現れた。
 「やぁお2人さん、お待たせ〜。はははは!」 と妙に明るい。
次元はルパンに近付くと、ネクタイをつかみ、顔をグイッと引き寄せた。
 「ルパン!彼女を連れて行く気じゃねえだろうな」 と呆れ顔だ。
顔を突き合わせている2人の間にジェシカが割ってはいる。
 「ごめんなさい次元さん、私がどうしてもって頼んだの。仕事の邪魔はしないわ」
しかし次元は「ルパン!」 と更に詰め寄った。
 「うるせー! 仕事の邪魔はしないって言ってんだからいいじゃねえか! ガタガタ言うな!」 とルパンは開き直る。
 「五右ェ門!何とか言ってやれ!」
 「・・・・・・」
五右ェ門はルパンとジェシカの顔を交互に見たが、何も言わなかった。
ルパンはふて腐れた顔をして見せている。ジェシカの方は、すがるような目で五右ェ門を見詰めていた。
その時、ロビーに搭乗のアナウンスが流れる。
五右ェ門は大きくため息をつき、僅かに笑みを浮かべると、「時間だ、出掛けよう」 と歩き出した。
 「ふん、気取りやがって」
そう言うと、次元も諦めたように歩き出した。
 「ありがとう次元さん、五右ェ門さん」 とジェシカは小さな声で、2人の背中に向かってお礼を言った。

 飛行機の小さな窓から明るい朝の光が差し込んでいた。ジェシカはその輝きに目を細める。そして、隣に座っているルパンの横顔に視線を移すと、肘掛に置かれたルパンの手に自分の手を重ねた。
 これから向かう日本で起こる事態を知る由も無い彼らを乗せた翼は、ゆっくりと滑走路に滑り出して行った。
  

 日本に着いた4人は、関西国際空港に用意してあったワゴン車で、そのまま飛騨スピードウェイへと向かった。
サーキットが近くなってくると、ルパン達の車は道路の渋滞に巻き込まれてしまった。
次元は飛騨スピードウェイが存続しているのか疑問視していたのだが、どうやら再建されていたらしい。
レースが行われている様で、たくさんの車が飛騨スピードウェイ方面に向かっていた。
 「サーキット、ちゃんと直したんだな」
 「ルパン、何のん気な事言ってるんだ。この様子じゃあホテルにいつ着けるかわかんねぇぞ」 ハンドルを握っている次元は、ちょっとイライラしてきているらしい。
 「まあ、のんびり行くさぁ。 ホテルミラクルの大金庫は逃げやしねぇよ。 何せ金庫を開けられるのは俺達だけなんだからよ。ぐぅふふ・・・」
ジェシカと並んで後部座席にいるルパンは、余裕の表情でくつろいでいた。
 「油断大敵!」
 「五右ェ門、心配するなよ。 スコーピオンの奴らなんて、どーってことねぇよ」
調子に乗っているルパンのその言葉にも、五右ェ門の心は晴れなかった。
五右ェ門の手にした斬鉄剣には、不吉な曇りが浮かんでいたのだった。

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