---ルパン三世 メビウスの輪---

第三章 2つのエメラルド  2

 「ICPOの銭形だ」  「FBIのスコットです」
 「警察の方がどういった御用でしょう」
受付嬢が心配そうに訊いてきた。
そう、ここはスコーピオンのビルの受付だ。2人はまだそれに気付いていないのだが・・・
 「峰不二子に会いたい」 と銭形が言う。
 「峰不二子さんですか? その様な方はここには居りませんが・・・」
 「そんなはずは無い、ここに入るのを確認している」
スコットは、静かに、しかし毅然と言葉をぶつけた。
 「しょっ・・・少々お待ちください。確認してみます」
彼女は慌てて電話を手に取ると、小声で誰かと何やら話している。
程なくして、奥のエレベーターから2人の黒服の男が現れて、銭形とスコットの方に歩いてきた。
 「警部、何やらぶっそうな奴等がやって来ましたよ」
スコットの言葉に、銭形も小さくうなずくと 「臭うな・・・」 と言葉を返した。
 「ここには峰不二子などという女性は居りません。お引取り下さい」
黒服の男は、いかにも迷惑そうに言い放った。
 「ふざけるな!不二子がここに入るのを見てるんだよ!」 銭形が怒鳴り声を上げる。
その時、ビル内にけたたましい警報が響き渡った。
もう一人の黒服は、辺りを見回し、胸から無線のマイクを取り出すと、低く小さな声で、「どうした!何事だ!」 と言うと、耳のイヤホンに手をあてて応答に集中している。
 「何ぃ〜!社長室に侵入者?!」
黒服の言葉に銭形は身を乗り出した。
 「侵入者ですと〜! これは丁度いい。私達にお任せ下さい」
そう言うなり銭形とスコットは勢い込んでエレベーターへと進んで行った。
2人の黒服は、急いで銭形とスコットの前に立ち塞がると、両手で制した。
 「構わんで頂きたい!お帰り下さい」
 「しかし!」 と食って掛かるスコットを銭形が止めた。
 「スコット、引き上げよう」
銭形は、黒服の顔を見据えながらそう言うとゆっくり入口の方へと歩き出した。
スコットは釈然としない様子だったが、しかたなく銭形の後に続いた。

 一方、社長室では、キングに変装したルパンが床に倒れていた。もちろん芝居である。
社長室の扉がドカッと開くと、銃を手にした4人の男達が駆け込んで来た。
 「社長!大丈夫ですか?!」 一人の男がキングに駆け寄る。
するとキングは、後頭部を押さえながらゆっくりと上体を起こした。そして2、3度頭を振ると、ペントハウスへ上る専用エレベーターの方を指さし、「侵入者は上だ・・・早く行け」と苦しそうに呟いた。
 「分かりました。行くぞ!」
4人は急いでエレベーターへと向かって行く。
連中がエレベーターに消えたのを見届けたキングに変装したルパンは、平然と立ち上がると、部屋の外へと出て行った。
部屋の外で心配そうな顔をしている秘書に軽く手を上げ、「大丈夫だ」 と言うとその場を立ち去った。
下へ降りるエレベーターに乗ったルパンは、扉が閉まると同時に変装を取り、スーツをさっと取り去る。そしていつもの赤いジャケット姿に戻った。
 「グゥッフフフ、軽いもんだぜ」 そう言いながらルパンは、2つのエメラルドを手の中でもてあそんでいる。
そこには、建物の外に張り出しているガラス張りのエレベーターが4基並んでいた。
ルパンが乗る下へと降りるエレベーターの横を一基のエレベーターが上がってくる。
それには、例の黒服が2人、銃を手にして乗っていたのだ。
黒いサングラスの奥のその眼に、赤いジャケットを着た男の姿が飛び込んできた。
 「あれは、ルパン!」
黒服は、そう言ったと同時に、すれ違うルパンのエレベーターに向かって発砲してきた。
 ガン!ガン!ガン!ガン!
銃を撃ちながら無線のマイクを取り出すと「ルパンだ!ルパンが下へ行ったぞ!」 と指示を出した。

 今まさに引き上げようとしていた銭形とスコットの耳にも、その銃声が届いた。
驚いてビルを見上げた銭形の眼に、エレベーターに乗っている赤いジャケットが飛び込んできた。
 「ルパ〜ン!!」
そう言うなり銭形は、またビルの中へと駆け込んでいった。スコットもその後に続く。今度は決して躊躇しない。ルパンがそこにいるのだから。

 「ちっ!見つかったか」
ルパンは、銃弾を避けながらエレベーターのフロアボタンを全部押した。
すると、エレベーターはすぐ下の階で止まり、扉が開く。
そこには、ビジネス街のビルにおよそ相応しくない、迷彩服にマシンガンで完全武装した連中が待ち構えていた。
 「おいおい、ここはニューヨークだぞ。戦場と勘違いしてるぜ奴等」
 ズガガガガガガン!
ルパンは、マシンガンによる攻撃をふわりとかわしながら飛び出すと、近くの階段を駆け下りていく。
迷彩服の連中もそれを追って走り出した。
ルパンは、ワルサーで応戦しながら階段を走り降りていくが、数人のマシンガンが相手ではちと分が悪い。
ジャケットのポケットから、ピンポン玉くらいのボールを取り出すと、走りながら後ろに向かって投げた。それが階段の床に落ちると、パッと弾けて中から一瞬にして膨らむルパンをかたどったゴム人形が現れた。
そう、これはルパンの逃走用のダミーなのだ。
 「いたぞー!」 迷彩服がそのダミールパンに発砲する。
 ガン!ガン!
銃弾によって穴の開いたダミールパンは、ロケット風船のように飛んできて、数人の迷彩服をとりもちのように絡めとってしまった。
 「あっははは!そのダミーは強力接着剤になってるのさ〜」
ルパンは楽しそうにそう言うと、また階段を駆け下りていった。
その後もルパンは、そのダミー作戦でスコーピオンの武装集団を手玉に取っていった。

 「ばかやろー!撃つな!それはダミーだ!」
黒服が叫んだが遅かった。飛んできたニヤケ顔のダミールパンに迷彩服と一緒に絡め取られてしまった。
 「くそ〜、ルパンめ〜!」

 ビルの中を走り回る銭形とスコットは、あちこちで、とりもちに絡まっている武装集団を発見していた。
 「これはまさしくルパンの手口だな・・・」 と銭形が呟く。
スコットが訊く。
 「それにしても、この武装集団は何なんですか警部」
 「う〜ん・・・。このビルの連中は何者なんだ」
銭形のその問いに、2人の背後から答えが帰ってきた。
 「レッドスコーピオンだよ」
振り返った銭形とスコットの前には、ルパンが立っていたのだ。
 「ルパ〜ン!」 銭形が叫んだその時、反対側から別の人物が登場してきた。
 「そこまでだ〜、ルパン三世!」
そこには、ガウン姿のキングが水着姿の不二子を後ろ手に固めて、頭に銃を突きつけながら立っていた。
 「銃を捨てろ!」
 「くそ〜!」
ルパンは仕方なくワルサーを床に落とした。
 「ルパン、2つのエメラルドを返してもらおう」
キングのその言葉に、不二子は驚いたように「エメラルド?!」 と言いながらキングの方に振り返った。
そして今度はルパンに食って掛かる勢いで、
 「私を利用したのねルパン!ひどいじゃない!」 と叫びながら暴れだした。
その勢いにひるんだキングに僅かな隙ができた。不二子はそれを見逃さなかった。
一瞬にしてキングの銃を奪うと、それをキングの胸に突き付けた。
 「ご免なさいキングさん。あなたよりルパンの方が扱いやすいのよ」
ワルサーを拾おうとしたルパンが、不二子の言葉にガクっとこけそうになる。
キングは怒りの表情で、「不二子〜!」 と言葉を絞りだすと、唇をかみ締めた。
あっけにとられる銭形とスコットにルパンが彼の正体を告げる。
 「こいつがレッドスコーピオンの現在の首領(ドン)のキングさ。 おっと、動くなよ」
そう言うと、ポケットからダミーボールを取り出し、
 「これはとっつあん用の特別ボールさ」 とニヤニヤしながら銭形の足元に放った。
それがパッと弾けると、今度は銭形をかたどったダミー人形が一瞬にして膨らんだ。
 「何だ〜これは!」銭形がそう言うと同時に、ワルサーがダミーを撃ち抜いた。
 ガーン!
シューと音を立てて縮んでいくダミーに銭形とスコットの足が絡め取られていく。
 「しまった!汚ね〜ぞルパン!」
銭形とスコットは、ルパン達を追おうとするが、2人の足が絡まって、しかも床に固定されているので、身動きが取れない。
 「待て〜!ルパ〜ン!」
そこには、スコットと一緒に取り残された銭形の声がむなしく響いていた。

ルパンと不二子は、キングを人質にして屋上まで行くと、そこにあるヘリへと乗り込む。
 「じゃあね、キングさん。楽しかったわ」
不二子はキングに投げキッスをすると、ヘリを飛び立たせた。
 「ルパ〜ン!このままで済むと思うなよ〜!」
キングが、にぎったこぶしを震わせながら叫んでいる。ヘリから見下ろすその姿が、どんどん小さくなっていった・・・。

 「さてと、ナイルの瞳は取り返したぜ」
ルパンはそう言うと、水着姿のままヘリの操縦桿を握る不二子の胸の谷間に、ナイルの瞳をすべり落とした。
 「ルパ〜ン、青龍の涙は?」
 「あっ、これか? これはもう少し俺が預かっておくよ」
そう言ったかと思うとルパンは、ヘリのドアを開けて外に飛び出していった。
 「あ〜んルパン、待って〜!」
 「不二子〜、また後でな〜!」
そう言い残すと、ルパンは背中に仕込んであった羽根を広げて、サーと飛び去って行った。

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