---ルパン三世 メビウスの輪---

第一章 ミスターXの息子  3

 黄金のサソリ像の両目には、大きなエメラルドが輝いている。
 『ナイルの瞳も青龍の涙も、私にこそふさわしいのよ、直に私の物にしてみせるわ』
不二子はそのエメラルドを見詰めながら、心の中で呟いていた。
キングは椅子に座って、ほお杖をつきながら、不二子をながめていた。

机の上のインターホンから、秘書の女性の声が流れた。
 「社長、ドクター・ゴールドマンがいらっしゃいました」
キングはボタンを押しながら答える。
 「通してくれ」
部屋の扉が開くと、たくさんの資料を脇に抱えた、白衣の男が入ってきた。
ボサボサの銀髪に、細めの眼鏡をかけている初老の男だった。
 「社長、テストの結果は上々です」
キングは、不二子の肩にやさしく手をかけて言った。
 「不二子さん、ちょっと外して下さい」
そして、インターホンのボタンを押しながら命じた。
 「不二子さんを私のペントハウスにお連れしろ」
すると、黒づくめの男が入ってきて、不二子の腕をつかんだ。
 「この上のペントハウスに私のプールが有ります。そこを使って構いませんよ」
 「あなたも、いらっしゃるの?」
不二子が、観葉植物の葉を指でいじりながら訊くと、キングは微笑みを浮かべながら、
 「用事が済み次第、私も行きましょう」 と答えた。
不二子が、軽く手を振って出て行くと、キングは厳しい顔に戻っていた。
 「ドクター・ゴールドマン、ジーナのテスト結果を聞こう」
 

 ビルの屋上に、総ガラス張りの巨大なドームがあり、その中にキングのプールがあった。
不二子は、キングが用意したストラップレスのビキニの水着を着て、デッキチェアーに寝そべっていた。
大きな帽子に隠れた不二子の耳には、小さなイヤホンが入っている。
キングの部屋を出る時、観葉植物の葉の裏に小さな盗聴器を付けていたのだった。
 

 ウィーーーン
キングの部屋の天井から、大きなモニターがゆっくりと降りてきた。
ドクターは、それにディスクを挿入して話し始めた。
 「ジーナは、私の開発した薬〈ハイドロジェン〉を投与し続けたことにより、恐れや同情や愛といった、殺し屋に不要な部分を消し去り、殺人マシーンとして必要な部分を強化することに成功しました。 非情で、冷酷、しかも冷静な殺し屋として生まれ変わりました。 つまらん感情は持ちません。 これをご覧下さい」
モニターに映像が映し出された。
 「これは、デトロイトで行われたテストの映像です」
横にいた黒ずくめの男が話しを継いだ。
 「警察の中で、私達に通じていたマーチン刑事が、尻尾をつかまれそうになったので、ジーナに命じて消させました」
モニターにデトロイト警察が映しだされた・・・
そこに、サングラスにグレーの帽子を深くかぶり、グレーのロングコートの人が入って行く。
 「ジーナです」とドクターが言った。
髪を帽子の中に束ねているのだろう、一見しただけでは女とはわからない。
ジーナは署内に入るなり、サブマシンガンを両手に持ち、ぶっ放した。
 ズガガガガガガガ!ズガガガガガガン!!
警官といわず、たまたま居合わせた一般人といわず、誰かれ構わず殺していく。
ものすごい速さで、そこにいた全員を撃ち殺してしまうと、素早く階段を駆け上がりながら、そこにいた警官を3人、次々に撃ち殺していった。
そして、刑事達がいる部屋に着くと、また両手のサブマシンガンを乱射した。
 ズガガガガガガガガ!ズガガガガガガン!!
その部屋にいた刑事達は、手にした銃を彼女に向ける暇もなく撃ち抜かれてしまった。
そして、机の影に隠れたマーチン刑事を見付けると、さっと近づき、震える彼の脳天にサブマシンガンを突きつけ引き鉄を引く。
 ズガガガガン!
原型を留めない程にマーチンの頭は砕け散った。
目的を達成したジーナは、手榴弾を2つ、その部屋に放り投げながら走り去った。
彼女の後ろで手榴弾が爆発する。 ドォーン! ドォーン!
階段を走り降りながらジーナは、幾つもの手榴弾を放り投げて、自分の後方を破壊していった。
警察署の出口まで来ると、残っていた4個の手榴弾を全て、その1階のフロアーに投げ込み、走り出てきた。
 ドッカーン!ドカッ!ドカッ!ドッカーン!! 続けざまに4回の爆発があり、1階のフロアーの窓という窓から火柱が上がった。
最後に、署の前に置いてあったパトカーが火柱にあおられて爆発した。 ドォーン!!
ジーナのマシンガンは、既にコートの中に消えていた・・・。そこで映像が終わる。
ドクター・ゴールドマンが話を続けた。
 「ここまでの時間、2分19秒です。この間に、マーチン刑事の他に、警官21人、一般人7人を射殺しました。 ジーナはもともと、射撃の腕は一流でした。その上、〈ハイドロジェン〉による強化に成功して、完璧な殺し屋となったのです」
 パチ、パチ、パチ、 キングは満足そうにゆっくりとした拍手をした。
 「ドクター・ゴールドマン、君の強化人間には期待しているよ。必ずルパンを仕留めて見せてくれ」
 「お任せ下さい」
 

 「強化人間ジーナか・・・」
不二子はデッキチェアーに寝そべったまま呟いた。
 「また、すごいものを作っちゃったのね、スコーピオンは・・・」

 「社長、ルパンの居所が分かりました!」 キングの所に報告が入ったのだ。
イヤホンから聞こえてきたその言葉に、不二子はハッとした。
 「クローズの屋敷です」
 「何ィ〜!!奴め、大金庫を狙っているのか!」
キングの口調が急に激しくなっていた。
 「ルパンにはスコーピオンの金は渡さんぞ!」
 「何としても、奴より先に大金庫を開けねばならない!」
 「大金庫の50億ドルは、絶対渡さん!!」
キングの声はかなり苛ついた様子だ。
 「直ちに、ジーナをルパンの所へ向けろ!!」
 「ルパン、ネオスオーピオンの開発した強化人間の力をたっぷりと味あわせてやる!」
 ふっはははは!キングの引き攣ったような笑い声が響いた。
 不二子はイヤホンから聞こえてくる話に夢中になっていた。
 「50億ドル入りの大金庫?! ルパン・・・私に内緒でそんな事をやっていたのね・・・」
不二子は目を輝かせた。

 しばらくすると、すっかり落ち着いた様子でキングがプールにやって来た。
彼は、引き締まった身体にビキニの水着を着けていた。
不二子はデッキチェアーから立ち上がると、帽子を取り、
 「素敵な水着を用意してくれて、ど・う・も♪」
そう言いながら、キングの目の前でふゎっとターンして見せた。
髪から落ちる水滴がキラキラ輝いて彼女の周りで舞った。
 「素敵ですよ、不二子さん・・・」
キングはその光景に一瞬見とれた。
不二子は意味ありげな微笑みを浮かべると、デッキチェアーにうつ伏せに寝ころんだ。
そして、背中に手を回すと、ビキニの紐をゆっくりと解いた。
 「オイルを塗って下さらない?」
キングはゴクリと唾を飲み込んだ。
手にオイルを取ると、不二子の足の先からゆっくりと、優しく、手を滑らせていく。
その手が、ヒップの辺りを通過する時と、背中の真中辺りを登っていく時に、不二子の身体がビクッと反応した。
 「う〜ん・・・」
キングは自らの興奮を抑えるのに必死になっていた。
しかし、不二子のうっとりとした表情の奥には、既に新たな企てが生まれていたのだった。

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