ニューヨークのマディソン街――
高級ブランドショップが建ち並ぶその通りを、これまたブランド物を身にまとった女性達が行きかう。その中を、ひときわ輝きを放つ美女が歩いて来た。
彼女は、同じ女性ですら足を止めて振り返ってしまうほどの美貌とプロポーションの持ち主だった。
突然、二人の男がその女性の前に立ちふさがる。
男達は、黒い帽子に黒いサングラス、黒いコート、コートの下には黒いスーツと黒ずくめの服装をしていた。
一人の男が話しかける。
「峰、不二子さんですね」
「何よ!アンタ達!」 その言葉は堂々としていて、まさにその女性にふさわしい言い方だった。
もう一人の男が構わず続ける。
「ある方が、貴女にお会いしてお話したい事があると申しております」
「あるお方ってのは誰なの!」
その時、3人の横にリムジンがやって来て静かに止まる。
男は、その車のドアを右手で開けて、「これからお連れします。どうぞ」 と言いながら車内に導くように左手を差し出した。
それは、静かな口調でありながら、従わせずにはおかないといった強さを秘めていた。
不二子は諦めた様子で、「嫌だと言っても無理やり連れて行くんでしょう。わかったわ」
そう言いながら車に乗った。
二人の黒づくめの男が、その両脇を固めるように乗り込む。そして静かにリムジンは発進していった。
――程なくして車はビジネス街の巨大なビルの前で止まった。
不二子は車から降りると、そのビルを見上げながら「大きなビルね・・・」と呟いた。
どんな所に連れてこられるかと心配していたが、そのビルの玄関ロビーは、大会社の受付風でちょっと安心した。
奥のエレベーターまで案内された不二子は素直にそれに乗り込んだ。
ガラス張りのエレベーターが登っていく。外にはマンハッタンのビル群が目前に見えている・・・
エレベーターは最上階で止まり、扉が開く。
「こちらです」
黒ずくめの男は不二子をその先のドアの前まで案内した。
劇場の扉を思わせるような大きなドアだ。と不二子は思った。
ドアが開かれる。そこは、これぞエグゼクティブの部屋といった感じの、いかにもな造りだった。
機能的で洒落た照明器具。鉢植えの観葉植物。左手にはバーカウンター・・・
そして、奥の大きな机の向こう側に30代後半といった感じの一人の男が座っていた。
男は、椅子から立ち上がると、「ようこそ、不二子さん」
そう言いながら、不二子にソファーを勧めた。
「お前達、もう下がっていい」
その言葉で二人の男は、軽く一礼して部屋の外へと出て行った。
不二子は、その高級そうなソファーにフワッと腰を下ろすと、ミニスカートから伸びた美脚をわざとらしく組んで見せた。
「それで、私に何のお話があるんですの?」
男は、それには答えず、不二子を見詰めながら思わず呟いていた。
「これは・・・ 噂以上の美しさだ・・・」
その言葉で不二子は、この場の主導権が自分の方にやってきたと感じていた。
「いやぁ失礼しました。 ――私はこの会社の社長でキングといいます」
「社長?! ずいぶんお若いですね」
「すべて父の残してくれたものですよ」
そう言いながら机の引出しを開け、その中にあるスイッチを押す。
するとキングの後ろの壁が中央から二つに割れて左右に開き始めた。
驚く不二子の目に、やがて見覚えのある物が飛び込んできた。
向こう側の隠し部屋の壁には、1メートル程のサソリのレリーフが付いていたのだ。
「スコーピオン・・・」不二子が呟いた。
「そう! 私の父の名はミスターXです!!」
不二子は、その男の顔を食い入るように見詰めた・・・
一瞬にして、主導権は、キングに取りかえされてしまった。
スコーピオン・・・それは、ルパン達に恨みを抱き、巨費を投じてまで殺そうとして3度も挑んできた複合企業体の組織だ。
そしてその会頭がミスターXであり、彼は次元に撃ち殺されている・・・
今、目の前にいる、キングと名乗る男が、あのミスターXの息子だというのだ・・・
キングは、更に言葉を続けた。
「これをご覧下さい」
導かれて、その部屋へと進んで行くと、部屋の中央に置かれた大きな金の像が目に飛び込んできた。
直径2メートル位の半球形の黄金の台に、黄金の大きなサソリの像が乗っている。
下の半球形の台は、地球をイメージしているのだろう、緯度線と経度線のような線が引かれていた。
なんとも悪趣味な物だ・・・
「これは、スコーピオン復活のシンボルとして、私が作らせました。 ――あの左目に輝いているのは、父が大切にしていたエメラルド〈青龍の涙〉です」
「綺麗なエメラルド・・・」 不二子は魅せられたように目を輝かせた。
よく見ると、サソリの左目には大きなエメラルドがはめ込まれているが、右目はくぼんだままになっている。
「不二子さん、ビジネスの話をしましょう」
キングは本題を切り出した。
「このサソリの右目に、あなたの持っている〈ナイルの瞳〉を譲って頂きたい」
「ナイルの瞳?!」
不二子は、弾かれたようにキングの方に振り返った。
確かに、左目のエメラルドに釣り合うのは伝説の宝石〈ナイルの瞳〉をおいて他には無いだろう・・・
「この黄金のサソリの右目に〈ナイルの瞳〉が入ることによって、スコーピオン復活のシンボルが完成するのです!!」
キングは、両手のこぶしをにぎり、中空を見詰めながら宣言するように言った。
不二子は、その言葉に背筋の寒くなるのを感じた・・・が、ここは体制を立て直さなければならない。努めて気丈に切り出した。
「それでキングさん、〈ナイルの瞳〉をいくらで買ってくださるの?」
キングは、ゆっくりと不二子の方に歩いてきた。体が触れる程の距離まで接近して、不敵な笑みを浮かべながら静かに言った。
「貴女の安全と引き換えですよ」
「何を言っているの?!」
不二子は、キングの目を探るように見詰めた。
「不二子さん、貴女をスコーピオンのターゲットから外してあげますよ。――あなたのような美しい人を殺してしまうのはもったいない」
不二子の平手が、キングの頬に向かって飛んだが、それは彼の左手によって組み止められてしまった。
キングは、右手で不二子のあごをつかむと、そむける顔を、力まかせに自分の方へと向けた。
「悪い話じゃないだろう?」
そう言いながら、不二子の体を無理やり引き寄せた。
「君が今日、〈ナイルの瞳〉を持ってきていることは調査済みなんだよ」
「!・・・・・・」
不二子は、〈ナイルの瞳〉がすでにスコーピオンの手に落ちてしまったことを悟った。
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