---ルパン三世 メビウスの輪---

プロローグ

 アメリカ東部のとある街はずれ
ニューヨークを中心とした東海岸のメガロポリスから、さほど離れていないにもかかわらず、ここはやけに寂しい場所だ。
そこに一軒の大きな屋敷がポツンと建っていた。

夕方から夜に移り変わっていく時間帯、あたりは暗く、時々光る稲妻にその屋敷は浮かび上がっては闇に消えていた。
そう、まるでお化け屋敷のようなこの家の窓に、懐中電灯の光らしきものと、3人の人影がかすかに見える・・・・・

 「かなり傷んでいるね」
初老の男は、懐中電灯に照らし出される室内を見ながら言った。
 「それはしかたありません、もう5年近くも放っておいた家ですから・・・」
と不動産屋が答える。
もう一人、中年の男の方は、あまり乗り気ではないらしく、ただ室内をぐるっと見渡すと「まるでお化け屋敷みてぇだなぁ・・・」と呟いた。
不動産屋は、その言葉にちょっとドキッとした様子を見せてこう続けた。
 「お客さん、商売抜きで申しまして、ここはあまりお勧めじゃありません。お客さんのような方にはもっとふさわしい物件がありますよ」

そうなのだ、この二人は一見して紳士とわかるスキのない服装をしていたのだ。
 「安心したまえ君、私はこの家の外観がとても気に入ったんだよ。お化け屋敷に住むのが昔からの夢だったんだ」
初老の男は、顔に掛かった蜘蛛の巣を払いながらも嬉しそうだ。

不動産屋は暫く考え込んでいたが、思い切ったように切り出した。
 「後で問題になるのがいやなので、正直に申し上げますが、ここは・・・5年前に惨殺事件があった家なんです。それで今まで買い手が付かずに・・・」
中年の男は、その言葉に驚いたように初老の男の方に振り返るが、初老の男は知らん顔を決め込んでいた。
 「はっはっは、そんなことは気にしないよ。むしろお化け屋敷にふさわしいエピソードじゃないか。 ――ところで、この家はいくらだね?」
不動産屋は、まだ心配そうな顔をしながら小さな声で「25万ドルです」と答えた。
 「ほう、破格値だなぁ、この大きさで・・・ よし!決めさせてもらうよ」
そう言いながら、不動産屋が照らす懐中電灯の下で小切手にサインした。

 「今、明かりを点けます」
不動産屋がブレーカーを上げると、この屋敷の雰囲気にふさわしい薄暗い照明が点く。
 「鍵はここに置いときます。 それでは・・・」そう言いながら不動産屋は逃げるように帰っていった。
ギィ〜〜、バッタン!玄関の扉が、いかにもな音をたてて閉まる―――
 

 「ルパン!惨殺事件の事なんか聞いてねぇぜ!」
次元は中年の男の変装を取りながら言った。
 「そうだったけか?」
ルパンも初老の男の変装を取りながら、とぼけて見せる。
 「ゾッとしねぇ話だぜ・・・ そんなことより、この屋敷でお宝探すのに、なにも家ごと買っちまうことはねえじゃねえか」
次元は室内を見回しながら身震いした。
 「いいじゃねぇか。買っちまったほうが仕事がしやすいってもんよ」
次元はルパンに詰め寄りながら
 「ルパン、そろそろ話して貰おうか。ここで何を探そうってんだ」
ルパンは、ソファーのホコリを軽くはたくと、そこに深く腰掛けて足を組み、天井の一点を指差した。
 「あれ、見ろよ」
ルパンの指差す方向を見上げると、そこに1センチあるかないかの小さな穴が開いていた。
 「弾痕か・・・」
 「そうだ・・・ 大きな傷は直してあるが、小さな弾痕までは直してないらしい。きっとよく探せばあちこちにあらぁ」
次元は改めてその室内をぐるっと見回した。

暫くの沈黙の後、ルパンは口を開いた。
 「この屋敷は昔、クローズという変わり者のじいさんの研究所だったんだよ。 この地下室でいろいろおかしな研究をしていたらしい・・・ そのドクター・クローズが設計したのがスコーピオンの大金庫だ」
ライターを持った次元の手が煙草の直前で止まる。
 「スコーピオンだって!」
 「そう、スコーピオンの資産は莫大だが、俺の狙いはその大金庫だ。その中には現ナマが常に50億ドルは入っていたって話だ」
シュボッ!ルパンは次元の顔の前まで手を伸ばし、100円ライターで煙草に火を点けてやった。
次元はその煙草を一服すると、ふぅーと吐き出した。「なるほど・・・」
 「5年前・・・俺は、その金庫の秘密を探ろうと、奴の助手に変装してこの屋敷に入り込んだ。 だが、その秘密を探り当てる前に武装集団に襲撃されて、クローズと二人の助手は撃ち殺されちまった・・・」
部屋の壁に残る弾痕を見つめるルパンの脳裏に、この場所で蜂の巣にされるクローズの姿が蘇っていた。
 「スコーピオンに消されたんだな」次元ははき捨てるように言った。
 「俺はその場からなんとか逃げ出したが、それで手がかりは闇の中だ・・・」

 「5年前に中途半端で終わらせたヤマの雪辱戦をやろうって訳だな!」
次元も乗ってきたらしい。
 「だが、厄介なことに、その金庫の開け方を知っていたのはミスターXだけなんだ」
 「何ぃ〜! ミスターXは、俺たちの手で殺っちまったじゃねえか!」
 「そうだ・・・だから何としてもこの屋敷で大金庫の秘密を探し出さなきゃならねんだ」
ルパンの目は、これから始まる仕事に対する闘志で輝いていた。

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