U.能力面へのアプローチ(代償的アプローチ)


 機能的に十分な嚥下が行えない場合、それを代償するために、器具や装置を使い、栄養や
水分補給を行おうとするものです1)


1.中心静脈栄養(intra venous hyperalimentation)

2.経鼻的経管栄養(nasogastric tube feeding)

   鼻から管を挿入し、管の先端を食道や、胃または十二指腸に留置する方法がとられます。

3.胃癌(gastrostomy)

   重度な嚥下障害で、今後も機能回復が望めないような場合に、胃瘻増設が行われます。

4.間欠的口腔食道経管栄養(intermittent oro−esophageal tube feeding)

   口から管を適し、管の先端を食道までとするものです。(図15)


 図15 近年多用されている方法で、在宅患者であっても扱い方法の指導を受け、
     患者自身やその家族が行えるようになります。



  以上は一般医科の主治医の指示で行われます。歯科関係者にとって直接行うことはなく
 ても、知っておく必要のあるアプローチです。



5.姿勢

 機能面へのアプローチにおける「間接的訓練」で見い出した患者の嚥下しやすい体位を
基本にして摂取します。しかし、誤嚥しにくい姿勢として、30度仰臥位、頚部前屈位とい
われていますが、誤嚥はしなくても患者にとってこれが苦痛であることがあります。
 患者が疲労してきた時にもっと頑張らせるか、あるいはこまめに体位を変えて、食事時
間はかかりますがその都度休ませるか、考えさせられるところです。
 胃からの逆流を防止するために、食後できれば1時間以上座位を保たせることが必要で
す。これだけでも誤嚥性肺炎の予防にはかなり効果があるとされています。ギャッジベッ
ド、リクライニング車椅子、または頭部固定可能な座椅子などで、誤嚥しにくい姿勢を保
持します。


V.環境面へのアプローチ


 患者を取り巻く物的、あるいは人的資源に働きかけようとするものです。


1.食物性状と形態の工夫

 機能面へのアプローチにおける「間接的訓練」の項で、患者の嚥下機能に合った食物性
状を見い出しました。その性状を保ちながら形態的、味覚的に工夫を凝らします。
 たとえば、魚が原形ではパサパサしてどうしても食べられないような場合があります。
魚をすり身にし、それをそのまま出したのでは食欲をそそるというわけにはいかないので、
魚の雛型に加工し、味も形態も魚として摂取してもらうといったことを試みます。
 あるいはプリンのようにして、喉ごしのよい性状とし、見ためも美しく、またスプーン
ですくう量の調節が容易な形態にします。
 しかし、現実的には毎食こうしたことはできるはずもありません。手軽に嚥下食に変換
できるものとして、各社より増粘剤がだされています。その他豆腐やヨーグルトを常時備
えておくのも良いと思います。(図16)




 ▲かぼちゃのゼラチン状食    ▲山芋による泥状食       ▲トマトのきざみにマヨネーズをあ
                                  えて口腔内でまとめやすくしたもの


2.家族、介護者

 患者だけ別室で食べさせているとか、時間をずらすなどは、本人の意思に反することの
ように思います。できれば家族と同じ場所で、一緒に食事ができることに超したことはな
いはずです。
 食事に集中するようテレビや周囲の人間の声かけは、慎むようにとの指摘もあります。
しかし、これもケースバイケースで、沈黙の食事が必ずしも、本人のためになるとは限り
ません。周囲の声かけや、患者の目に映るものは、意識の覚醒にはプラスになっているは
ずです。

3.吸引器

 万が一の時に備えて吸引器を常備しておくのが良いでしょう。
 吸引器がなければ、割り箸の先端にガーゼを巻いて、食事中もこまめに口腔内に溜まっ
た唾液や食渣を拭き取ることを心がけます。


W.心理面へのアプローチ


 患者本人のみならず、毎食その世話をしなければならない家族や介護者への心理的支援も
忘れたくありません。摂食・嚥下障害については生きる上で究極の問題であり、患者は、時
に、四肢の麻痺の回復以上に期待を寄せている場合があります。
 患者やその家族は日々の経験の中で、懸命に円滑な食物摂取の模索を行っています。経験
上すでに一通りの苦難は乗り越えてきているかもしれません。ですから我々の生半可な知識
など患者は、とうに踏襲しており今さらいうまでもないことなのです。
 そうした患者に対して我々医療を提供する側は、「短期間に、わかりやすく」といった安
易な方法論を議論するのではなく、あえて火中の栗を拾うごとく、とことん摂食・嚥下障害
の知識と技術を吸収する努力を惜しんではならないと思います。
 そうした積み重ねの中でいつの間にか、患者への心理的なサポートをする自信がついてく
るのではないかと思います。
 我々には、摂食・嚥下に直接関わる「歯科治療」「口腔ケア」という武器があります。こ
れを摂食訓練の動機付けに利用するのもよし、治療の延長線上に摂食訓練があると考えるの
もよし、治療と平行しながら摂食訓練を行うのもよし、歯科には摂食訓練を円滑に行える条
件は揃っています。だからこそ、こうした職種が患者に対して摂食・嚥下に関す訓練手技と
知識の提供を怠るのは、たいへん申し訳ないような気がします。(図17)




図17

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