W 摂食・嚥下障害の対応

 事前に患者とその家族に、病状と今後の診療方針について説明し、準備をした上で以下の4
つの側面からアプローチします。

 T.機能面へのアプローチ(治療的アプローチ)

 
U.能力面へのアプローチ(代償的アプローチ)

 
V.環境面へのアプローチ(環境改善アプローチ)

 
W.心理面へのアプローチ


T.機能面へのアプローチ

 機能面へのアプローチには食物を用いないで行う1)間接的訓練、食物を用いて行う2)
直接的訓練、および3)手術の3通りがあります。

1)間接的訓練───────

(1)先行期の問題への対応

 夜昼逆転の状態になっていたり、疲労しやすく居眠りしていたり、食事の認識ができ
ずにボーッとしていたりすることがあります。生活にリズムをもたせることから始める
必要があります。

  a.食間の歩行・散歩   e.口腔周囲の刺激(食物を口唇に触れさせてみる)
  b.食前の体操      f.時間をかけて食べる。部分的に本人の手を休ま
  c.食前のブラッシング    せて介護者が与える。
  d.声かけ




食前の体操   図6

      首の左右横向さ、回転を数回行います。その他両肩の上げ下げ、上体の
     左右の捻転など行い食前のリラックスをはかります。(図6)




口腔周囲への刺激

 口腔の周囲にスプーンや食物を触れると反射的に
開口するときがあります。(図7)


図7



(2)準備期の問題への対応

 急性期間中にほとんど経口摂取が行われていなかったり、ブラッシングなど刺激がない
状態で過ごしてきた場合など、口腔領域が過敏状態になっていることがあります。まず術
者が指先で、歯肉→頬→口唇→舌の順に触れていきます。次にスポンジブラシや綿、軟毛
歯ブラシ、普通の歯ブラシと徐々に刺激の強いものに段階をあげて過敏をなくしていきま
す(脱感作)。
 過敏がなくなれば、口唇、頬、舌、咀嚼筋といった器官ごとに以下の訓練を行います。

@筋ストレッチ運動

・上唇を左側、中央、右側と3等分し、それぞれ術者の人指し指と親指とでストレッチ
を行います。同様に下唇にも行います。
・頬についても、指の腹全体を使って行います。また口腔外だけでなく、口腔内からも
行います。
・頬を膨らませ、口腔内に空気を10秒間溜めさせます。それを数回繰り返します。
・舌を上方、下方、側万、前方へ突出させます。患者が自分でできない時は、術者がガ
ーゼで舌を把持し行います。

A筋刺激訓練

・電動歯ブラシを使って各器官にその振動を与えます。
・氷をビニールやタオルで包んだものを、顎下部や耳の下にかけて皮膚が赤くなるくら
 いまでこすり、流涎の減少をはかります。また頚部から肩にかけても行い、頭部を支
 える筋のリラクゼーションを行います。

B咀嚼訓練(食塊形成の訓練と食塊を奥舌へ移送する訓練)

・下顎の開閉運動、側方運動を行います。
・上下の歯をしっかりと噛んだ状態で、舌を口蓋に押し付ける動作をさせます。
・上下の歯をしっかりと噛んだ状態で、口蓋を前後になめる動作をさせます。

C筋力増強

・割りばしや、木片などを咬合面上において噛ませ
 ます。咀嚼筋の筋力増強と咬合のリズム性を獲得
 しようとするものです。
・ボタンに糸を通して、それを患者に口唇で保持さ
 せ、術者はその糸を引っぱります。口唇閉鎖に伴
 う筋力増強を目的とします。実際はボタンでは小
 さすぎる時がありますので、レジンで作成するの
 も良いでしょう3)。(図8)


(3)口腔期の問題への対応

 口腔期の問題は、準備期の問題でもあり、前項に記載してきたことは、口腔期障害の訓
練にもなります。さらに以下のことを行います。

@構音訓練

 嚥下と構音(発音)は同じ器官を使っていることか多
いので、構音訓練を行います。

 ・口唇音:Pa、Ba
 ・舌尖音:Ta、Da、Ra
 ・奥舌音:Ka、Ga
 ・通鼻音:Ma、Na
 ・軟口蓋挙上音:【A:】

 以上を発音させ、さらに単語→文章→会話といった順
に難易度を上げて音読、復唱させます。(図9)


A舌の筋肉増強

 舌圧子、スプーン、指などで舌を抑え、それに抵抗す
るように患者に舌を運動させます。(図10)


B嚥下反射の誘発と筋の再教育

 噛みながら嚥下を誘発させるために、
スルメのように唾液の分泌を促すものを使います。唾液の分泌が盛んになってきたら、
しっかりと口唇を閉じ、さらに咬合させた状態で舌の挙上を意識させ、そのまま唾液を
飲む動作をさせます。
 噛み始めてから唾液を飲むまで、時間かかかり多少不自然ではあっても、ひとつひと
つの動作を確実に行わせます。










図11 スルメを噛む訓練


スルメを噛む動作は、咬合力強化あるいは唾液の分
泌により嚥下パターンの獲得にも役立つ。(図11)



(4)咽頭期の問題への対応4)

@咳をする訓練(咳嗽訓練)

 ムセるととかくうがいを励行しがちですが、嚥下障害患者の場合は、うがいをしたた
めにその水が咽頭に残留し、余計にムセこんだり、誤嚥をしてしまうことがあります。
そこでまず、確実に咳ができることが大事になってきます。術者は、腹部に手を置いて
患者の呼気に合わせて腹筋を圧し、勢いよく咳をさせます。苦段から意識的に咳をする
習慣をつけておくのも必要です。

A咽頭のアイスマッサージ
(寒冷刺激法、thermal stimulation)

 嚥下反射の誘発部位(前口蓋弓、舌根部、
咽頭後壁)に氷水に浸した綿棒をなすりつけ、
その後空嚥下を意識的に行わせます。これを
20回から30回行います。(図12)


BPushing exercise

 机などを両手で押しながら強く「えい」と
か【A:】と発声します。声門の閉鎖機能や
軟口蓋の強化に役立ちます。また、咽頭内の
残留物を吐き出すのにも有効です。

Cメンデルゾーンの手技
(Mendelsohn Maneuver)

 嚥下をすると喉頭が挙上します。外見から
は甲状軟骨の挙上が見られます。嚥下時に甲
状軟骨の下部を指で押さえ、数秒間その状態
を保たせます。
 嚥下時に喉頭をしっかりと挙上させ、食道
入口部を開かせるのが目的です。(図13)


DThink Swallow

 嚥下を意識化させることです。方法として、
嚥下の際にしっかりと口唇を閉鎖し、臼歯が
咬合した状態であることを意識させ、咬合し
たと同時に頚部を前屈して嚥下することを習
慣化させます。

EPseudo Spuraglottic Swallow

 食塊というよりも「呼吸」を意識させて嚥下する方法です。正常嚥下では、嚥下の時
は呼吸が一時的に停止されているのですが、嚥下障害患者の場合は、そのタイミングが
ずれていることがあります。
 そこで、嚥下する直前に息を吸い(口を閉じて、鼻で吸う)、嚥下したら(直前に息
は吸っているので必然的に呼吸は停止する。)息を吐き出すといったパターンを習得さ
せます。


(5)食道期の問題への対応

@食道からの逆流を防ぐために、重力の力を借ります。したがって、全身をリラックス
させたり、腰から上体にかけての機能改責が必要になってきます。
 そこで、頚部や体幹の伸展、骨壁のコントロールなどを行います。たとえばベッド上
であれば、背臥位で頚部を屈曲させて腹筋の強化をはかります。屈曲できない時は、後
頭部を介助し、徐々に介助量を減少していきます。

A嚥下パターン訓練や空嚥下をします。空嚥下により停滞している食塊をさらに胃の方
向へ送り込みます。空嚥下は何回もできないので、棒状の氷をなめさせ、その冷たい刺
激が嚥下反射を誘発させることを利用します。嚥下運動が頻回に行われると、それに伴
って食道の蠕動運動も活発になってきます。


間接的訓練のまとめ
 5つの時期はそれぞれが連動しているわけですから、各訓練は一つの時期を対象に独
立したものではなく、相互の時期に影響していると考えるのが自然です。

 また、以上記載してきた項目を全て一遍に行うのは困難なので、患者が受け入れやす
いものから適材適所施行していくのが良いでしょう。その時は、5つのどの時期に、そ
して、どの器官に問題があるのか具体的にあげていくことから始めるべきだと思います。




2)直接的訓練───────

 実際に食物を使っての訓練です。患者の認知に働きかけ、嚥下しやすい姿勢や、嚥下
機能に合った食物性状を見い出します。

(1)食物の認識について

 食事は本来楽しいものではなくてはなりません。無理やり介助者が口に押し込んだり、
食欲がないのを責めるのは、逆効果であるように思います。
 本日の食材は何か、メニューは何か、好物は何かなど声かけをしながら始めます。


(2)姿勢

 姿勢は最低15分は保持できる姿勢をとらなければなりません。

@座位

 座位(90度座位、頚部前屈位)が基本ですが、その際には背筋が曲がった姿勢(体
幹屈曲姿勢)では摂食・嚥下運動にも支障をきたします。体幹と頚部を伸展させ、腰の
安定性も考慮します。
 麻痺のある場合、患側に頚部を向けて、動きの良い健側の口腔や咽頭を開放的にして、
食物が通過しやすくさせるのも有効です。



   図14 30度仰臥位・頚部前屈位

A座位が不可能な場合

 30度仰臥位・頚部前屈位が最も誤嚥が少ないとされています。嚥下がスムーズになれ
ば徐々にベッドアップしていきます。(図14)
 実際は半座位状態での摂取はやりづらく、仰臥位で摂取した方が能率のよい場合があり
ます。その場合は、重力により嚥下しやすくなるよう健側を下、患側を上にした側臥位で
行います。



(3)嚥下後の空嚥下と咳

 一回で食塊を嚥下し切ってしまうとは限らず、一部の食塊は咽頭付近に残留している
ことがあります。そこで、一度嚥下をしたらすぐに食物を口に運ぶのではなく、もう一
度ないし二度嚥下をさせます。または、一度嚥下をしたら呼吸をせずに、続けて咳をさ
せます。すなわち、残留している食塊を完全に無くしてから、次の食物を口に入れるこ
とを心がけます。
 それでも咽頭部に残留感のある場合は、頚部を1回後屈させ、喉頭蓋谷に残留した食
塊を出します。それから、頚部を前屈させて、空嚥下をします。
 あるいは、麻痺側に頚部を回旋させて、梨状陥凹に残留した食塊を出し、その状態で
嚥下させます。


(4)食物性状について

 患者にとって最も嚥下しやすい性状を見い出します。


@段階的な試食

 経管から経口ヘ、さらには普通食へと移行する際には、誘導食として以下のステップを
踏んでいきます。

 Step1 ⇒ ミキサーによる泥状、あるいはゼリー状

 Step2 ⇒ ゼラチン状(プリン、ババロア、ムース)

 Step3 ⇒ 粥状

 Step4 ⇒ 軟莱、きざみ食


A嚥下しにくい食物

 パサパサしてたり、表面が粘着性のある物、繊維性で切断しにくい物、固い物が嚥下
困難食です。たとえば白飯、ナッツ、生野菜、とうもろこしなどです。こんにゃくは、
表面が滑らかであっても、しっかりと切断しなければなりませんし、切断した後も食塊
としてまとめにくいので嚥下しにくい性状です。

B水について

 水は性状として誤嚥しやすいと考えられます。しかし、嚥下反射を誘発させやすく、
かりに誤嚥しても危険性は少なく、訓練上扱いやすいといった利点があります。
 ストローを指先でつまみピペットとして使用し、少量の冷水を吸引します。患者が息
を吸ったらそこで息を止めさせ、舌根部にストローから水をたらし、術者の「はい」と
いうかけ声とともに嚥下させます。嚥下パターンを獲得するために行うものです。


3)手術───────


 耳鼻咽喉科あるいは口腔外科により手術を行い、機能回復をはかります。一般歯科と
は領域を異にしますので、その術式の項目のみ記載します。


1.輪状咽頭筋切除術
2.食道口開大術
3.声門閉鎖術 など

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