(その壱)
戦闘訓練とは、主に敵陣地に対して徐々に接近し突撃を行うものである。
2人1組となり、1人が前進する間はもう1人が援護し少しづつ交互に前進していくのである。
陣地までの距離がある時の前進は低い姿勢で走るわけだが、1回の前進にかける時間は長くはない。
長い時間走った方が、地面を這うより楽だが相手は黙って見ているわけでは無いのだから。
陣地に近づくにつれて、前進方法は「ほふく前進」に変わっていく。
「ほふく前進」とは第1ほふく〜第5ほふくのパターンがあり、
第1〜左ヒザを立て、左手のひらを地面に付けて右足で蹴り出しながら前進する。
第2〜第1ほふくの状態から左腰を地面に付ける。
第3〜第2ほふくの状態から左ヒジを地面に付ける。
第4〜うつ伏せ状態で両ヒジを立て、銃を水平に持ってヒジと足を使ってウネウネと腰を振りながら進む。
第5〜地面に頬擦りしながらズリズリ進む。
以上の方法で歩兵たちは健気にも敵陣地に接近していくのであった。
敵陣地直前で歩兵たちは後方からの支援射撃を待つ。
これは迫撃砲や特科(大砲)等により敵陣地に砲撃を加え突撃の支援を行うものである。
この間に歩兵たちは地面にはいつくばったまま銃に銃剣を付けて突撃に備えるのである。
そして隊長が叫ぶ。
「突撃にぃ〜つっこめぇぇぇ〜。」
で、立ち上がり立ち撃ちで2連射、やや前進して腰だめで2連射、さらに「ヤァ〜」とか「ワァ〜」とか奇声を発しながら最終突撃を敢行して状況は終了となる。
・・・疑問を持ってはいけない・・・・・・疑問を持ったらとてもこんなことはやっていられないのだから・・・・。


(その弐)
その日は朝から雨が降っていた。
自衛隊の訓練は厳しいけれどその分健康管理も大切にされる。
雨降りには通常の訓練が武器手入れや環境の整備に変更されることが多い。
その日戦闘訓練が行われる予定のグランドはいくつもの大きな水たまりを作り、隊員たちに「今日は訓練できませんよ〜ゆっくり休んでね〜。」と語りかけるようであった。
疲れていた隊員たちにとっては、まさに恵みの雨なのである。
期待される隊長の言葉は、「本日は、雨が降っているので・・・・・・・・外で戦闘訓練をやる。」
予想外の言葉に驚く彼らに隊長は「戦闘は天気のよい日ばかりではない。」・・・・・・・・・・・正論である。
「その場に伏せ〜」と、隊長の号令。
彼らは目の前の水たまりを避け、地面に伏せようとすると隊長は、笑顔で「そ・の・場・に・伏・せ。」
顔半分を泥水に沈めながら伏せている彼の頭の中は・・・・・・真っ白だった。
訓練終了後泥まみれの格好で記念写真をとるなどしたことから一種のイベントのようなものであると考えられる。


(その参)
その日は河川敷での戦闘訓練。
前日までの雨で突撃地点付近はかなり大きな水たまりが出来ている、深さもありそうだがその付近で迫撃砲部隊が訓練をしている。
迫撃砲部隊は砲撃部隊であり、装備の都合上移動は全て車両である。
歩兵と違って何十キロも歩いたりはしない。
彼に言わせれば「楽なもんだ。」と言った所か。
一通りの訓練を終え、休憩に入った彼にとってはいつもの訓練、いつもの風景のはずであった。
ふと、気がつくと迫撃砲部隊がいない。
あたりにはユラユラと太陽を反射している水たまりだけ。
迫撃砲はそのままだし、休憩している様子もない。
と、その時、迫撃砲の回りに点在する水たまりから次々と隊員が飛び出したのである。
そう、砲撃する側も逆に砲撃を受けることは世の常。
砲撃を受けた時は出来るだけ低い場所に伏せることが定石であり、水たまりは当然低い所にできる。
彼は思った・・・・「前言撤回。」


(その四)
日々の戦闘訓練にも終わりがある。
訓練の成果を連隊長に見てもらう検閲である。
これが終われば、教育期間も終わったに等しいのだ。
皆、気合が入っている、中でも一番気合が入っているのは指揮する隊長であることは仕方なかろう。
訓練の成果イコール隊長の成績なのだから。
それはさておき、河川敷の訓練場での検閲も終盤にさしかかり後は突撃を敢行するだけになった。
銃剣を取り付け、隊長の号令を待つ・・・・・・・。
・・・「突撃に〜・・・突っ込めぇ〜。」
俊敏に立ち上がり、肩撃ち2連射のために左足を前方に踏み出す彼。
「ブスッ」・・・そんな音を聞いたような気がする?。
前傾姿勢を支えるはずの左足はその役目を果たさず彼はその場に倒れ込んだ。
左足に力が入らなかったのである。
隊長が彼の所へ素っ飛んでくる。
各隊員の状況をしっかり把握しているのは流石である。
彼は靴底に奇妙な渦巻き状の針金が張りついているのに気付く。
「なんだこりゃ。」そう思いながら、それを引っ張ってみると・・・・なんか痛い・・・・・。
その針金は渦巻きの中央から垂直にたった部分があり、それが靴底を突き抜け1センチ以上は足に食い込んでいたらしい。
他の隊員は無事突撃を終了し、彼は隊長に背負われて訓練場を後にしたのであった。
その後「アクシデントに対して自分を見失わず冷静に対処したのは立派であった。」と連隊長からお誉めの言葉を頂いたとのこと。
彼は思った・・・・「それだけかい!」


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