ここでは「戦闘訓練」「射撃訓練」以外の訓練などを紹介する。
 なお、ここに登場する班長の不条理な命令については隊員育成のための一つの方法であり、中隊へ配属後の班長はとっても良い人であることを明記しておく。

(その壱
*月*日 AM06:00
突如として鳴り響くラッパの音に飛び起きた彼の耳に
「起床!・・・ぐずぐずするんじゃね〜、とっとと表に並べ!」
ぶん殴るような班長の怒声が飛ぶ。
驚いている暇はない。
大急ぎで靴下を、ズボンを、上着を身につけ、ギシギシと音を立てる安っぽい2段ベットから飛び降りると半長靴を履かねばならなかった。
長い編み上げの靴紐を結ぶのに手間取りながらも何とか表に走り出て整列をする。
「きょ〜つけ・・・・右へ習え!・・・直れ!」
しばらく後、国歌が流れ始めると、国旗掲揚である。
ゆっくりと、それでいて厳かに上り始める日の丸にたいして「敬礼!」の声。
まだ、おぼつかない動作で敬礼をしながら彼は思った。
・・・・・ここはどこ?・・・私はだれ?・・・・・・・・・。
こうして彼の1日が、いや彼の毎日が始まるのである。


(その弐)
起床して、国旗に敬礼して朝が終わる訳ではない。
再び班長の怒声が飛ぶ。
「お前ら、出て来るのに何分掛かるんだ!」
「早くなるまでやるからな!・・・次の服装は・・・・・・・、
・・・・・頭に鉄冒、制服の上着、戦闘ズボン、右足半長靴に左足短靴、エンピと洗面器を持って集合!」
バタバタと部屋に戻るとロッカーを引っかき回して指定されたとんでもない格好に着替えると、転がるように表に出て整列する。
「遅〜い!」と、班長の容赦ない声。
「指定した服装でないものは、腕立て50回!初め!。」
「次の服装は・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
度重なる班長の不条理な指示に耳を傾けながら彼は思った。
・・・・・ここはどこ?・・・私はだれ?・・・・・・・・・。
こうして彼の朝が終わる・・・・・・・いや、まだ5キロ程度のランニングが残っていた。

マークの用語解説
「えんぴ」とは?
自衛隊で言うスコップのことである。
この場合は個人携行用で小型の物をさす。


(その参)
自衛隊は規律に厳しい。
身辺の整理にも大変厳しい。
訓練中にも密かに班長の点検がある。
特にベッドメイキングは、中央部が凹んでいてはいけない、角が直角でなければいけない、シワがあってはいけない等々妥協は許されない。
訓練から戻ると不備のあったベッドの上には、金魚が泳いでいる・・・正確には赤いチョークで金魚の絵が書いてあるのである。
2度目になると金魚が鯨になり、3度目には鯨が潮吹き状態になり、4度目にはベッドが窓から投げ捨てられて底板だけになっているのである。
幸運にも彼のベッドで鯨が泳いだことはない。


(その四)
 {掛け声}「左・・左・・左・右・そ〜れっ・・・・・・・・。」
自衛隊は走る・・・ひたすら走る。
朝礼の後、午前午後の訓練の前そして1日の終わりにまた走る。
列を組み、走りながら声も出す。
お世辞にもスマートな体形でなく走るのが苦手な彼は徐々に列から遅れ始める。
決して手を抜いているのではない、彼なりに一生懸命走っているのである。
その彼に班長のゲキが飛ぶ・・・・・・・・。
「お前1人が遅れることで部隊が全滅するんだぞ〜。」
残ってもいない力を振り絞りながら彼は思った・・・・・「そんな無茶な。」


(その五)
「右向け〜右!・・・左向け〜左!・・・回れ〜右!・・・。」
誰もが耳にしたことのある号令であろう。
誰もが自分にも出来ると思っているはずである。
自衛隊ではこれらを基本教練と言うが、基本と言われるからには並大抵のものではない。
方向を変える時に体が傾いたり揺れたりしてはならない。
しかも、ここに小銃が加わるのである。
銃身部分にを右手を添えるように持ち、銃を体の右側面にぴったり付けて一心同体のごとく動作を行わなければならない。
小銃の銃床(銃を構えた時肩に当たる底の部分。)は地面に付けておくのだが、「右向け〜」で銃をやや上に引き上げ、方向を変えた後で上げた銃を降ろすのである。
銃がふらついてはいけないことは言うまでもない。
さて、この教練を延々と続けていれば、疲れてくるのは当然である。
一瞬とは言え、銃の上げ下げによる右手の疲労は時間と回数に伴い積み重ねられていく。
何度目であろうか、班長の号令がかかる・・・「右向け〜」・・・・・ガシャン!・・・・???。
そう、握力を失いかけた彼の手から離れた銃が、地面に倒れてしまったのである。
すぐに拾い上げた彼に班長は・・・「バカモノ〜、天皇陛下から賜りし小銃を地面に倒すとは何事だぁ〜。」
彼は、「すいません!。」・・・さらに班長は、「小銃に謝れ!。」
ハァ?・・・声に出したわけではない。
渋々ながらも、小銃の脚(キャク)を出して銃を置くと「ごめんなさい。」と彼。
「小銃は許してくれたか!。」と班長。
ハァ?・・・これも声に出したわけではない。
大きな声で「はいっ!許してくれました。」と彼が言うと班長は「たわけ〜!小銃がしゃべるかぁ〜!腕立て50回!。」・・・・・・なんじゃそりゃぁ〜・・・・もちろん声に出しては言えない。


(その六〜手榴弾の恐怖
*月*日 
 その日は手榴弾の投擲(「とうてき」と読む。=投げること)訓練。
 各隊員はグランドに集合して班長から説明を受ける。
 班長の左右の手には一個づつの黒く光る手榴弾が握られている。
 班長の説明が始まる。
 「こっちが本物の手榴弾で、こっちが訓練用の手榴弾だ。」
 そんなことを言われても誰も見分けがつかない。
 すると班長は訓練用と言った手榴弾をポケットにしまうと、残った手榴弾で説明を続ける。
 「これが安全レバーで、レバーごと手榴弾をを握ったまま、この安全ピンを抜いて投げるとレバーが外れて数秒後に爆発する。」
 そう言いながら、おもむろに安全ピンを抜く班長。
 隊員たちにどよめきが走る・・・今、班長が握っているのは本物なのだから。
 笑顔で説明を続ける班長。
 「安全ピンを抜いても、レバーさえ外れなければ決して爆発することは無い。」
 「このまま、安全ピンを刺し直せば安全だ。」
 そう言って安全ピンを刺し直し始めた班長の手から「ぽろっ」と手榴弾が落ちた。
 班長の指に残る安全ピン、弾け飛ぶ安全レバー、目前に転がる手榴弾・・・「逃げろー!」と班長の声。
 言われなくても逃げる。
 皆、一斉にわき目も振らず、蜘蛛の子を散らすように必死で逃げる逃げる。
 その後方で手榴弾の爆発音が・・・・・・・・「シュッポーン」・・・・・・。
 「シュッポーン」???・・・何?。
 振り返った彼が見たものは底から白い煙を出しながら転がっている黒い手榴弾と、腕を組んでニヤニヤ笑っている班長の姿であった。
 彼は思った・・・「自衛隊って性格悪くならんか?。」
 私は思った・・・・・君には向いてるかもね。


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