演習・・・それは広大な演習場において繰り広げられる壮大な戦闘訓練である。
これが中々大変なことで、演習中の彼にして「帰ったらこんな所絶対辞めてやる」と思わせるほどである。
しかし、無事帰ってきた彼はそんなことはすっかり忘れて再び日々の訓練に励むのであった。


(その壱)
演習。それは想定された戦闘状況下で部隊行動をするものである。
それは、山中で行われ、富士山麓はその中でも一番有名な所である。
その内容は年によって防御主体と攻撃主体に分けられる。
いずれにしても最初の段階で想定された目的地まで約40〜50キロ程彼らは歩くことになる。
これを専門用語?で「行軍」と言う。


(その弍)
*月*日
 待ちに待った・・・・訳ではないが彼にとって最初の演習がやって来た。
演習の始まりは、演習場への移動から始まる。
幸いな事に彼の部隊は演習場(富士山)からそんなに遠くはなかった。
それでも歩いて行く訳には行かないため車で行くのだが、もちろん観光バスなどでは無い。
高速道路などで見かけたことはないだろうか、濃緑色の幌付きトラックを。
通称「カーゴ」と呼ばれるそのトラックは、まさにトラックそのものである。
荷台の左右に前部から後部にかけて取り付けられている、スノコ状の部品?の下半分位が内側に倒せるようになっており、
それが長椅子の役目をするのである。
当然、クッションなどと言うものは付いていない。
で、ぽっかり開いた荷台中央部分は、寝具(寝袋や毛布を古くなった個人用天幕でくるんだ物。)や他の荷物で埋め尽くされる。
こうして荷物とスノコ?の間に挟まれて、彼は不安と期待?を持って演習場へ向かうのであった。
ちなみに、演習場に着いた彼の第一声は・・・「ケツが痛い。」


(その参)
上記の過程を経て無事演習場に着いた彼はその広さと眼前にそびえる富士山の雄大さに圧倒され言葉を失った。
広いのも当たり前であろう、なにしろ戦車が走り回り、砲弾が飛び交い、ゴジラがキングギドラと戦った?所なのである。
つまらないボケは、どうでもいいが今回の演習は攻撃主体である。
まず、戦闘行動の前に行動開始地点まで行軍が開始される。
行軍速度は時速4〜5キロ位?、1時間位に10分程の休憩もあるので暗くなってから出発して、目的地到着は明け方になる。
夜間に行軍を行うのは敵に行動を察知されないためであることは言うまでもない・・・・?。
重さ20キロ位になる背嚢(はいのう)を背負い、黙々と歩く、ひたすら歩く、とにかく歩く。
外灯等あろうはずもない山道、空には満天の星、手が届きそうな程大きな満月、黙々と歩く男たち。
遠くに見える町の明かりを眺めながら彼は思った・・・・「何でこんな所にいるんだろう。」
そして夜明けを迎え、再び眼前に広がる広大な演習場。
彼は、まだ歩いていた・・・・・「止まれ」とも「終わり」とも何の指示もないのである。
恐る恐る小隊長に聞いてみた・・・「どこまで行くんですか?」
小隊長の答えは判りやすかった・・・「もうすぐだな、あそこに見えるカーゴまでだ。」
そう言いながら指さされた方向を見ると・・・確かにあった。
広大な演習場のはるか彼方、かろうじてトラックのように見える小さな点を見ながら彼の目も点になっていた。

マークの用語解説
「背嚢(はいのう)」 とは?
いわゆるリュックサックの類のものである。
当時は新旧2種類があり、新型は背負いやすく荷物の収納も比較的便利であった。
この当時バリバリの新兵である彼が使っていたのは当然旧型である。


(その四)
*月*日  東富士演習場
前にも言ったが彼は普通科連隊所属の歩兵である。
歩兵の装備品といえば小銃が当たり前であるがこれはあくまでも基本形であり、その役割によって更なる装備が追加されることもある。
例えば、彼は中隊に配属後、通信手としての教育を受けた。
もちろん基本的な無線機の取り扱いはどの隊員でも受けるわけだが通信手としての教育を受ける場合は有線電話や車載無線機の設置、接続なども行うことになり、さらに「必通の信念」なる新たな心構えを身に付けることになる。
ロールプレイングゲームに例えるなら
・・・**は必通の信念を身に付けた。
・・・**は通信能力が上がった。・・・・と言ったところか?。
しかし、給料は変わらない。
有線電話は主に防御主体の演習において、陣地と陣地又は拠点等との連絡用に使われることとなる訳だが、だからと言って演習場に都合良く電話線が張られているわけでは無い。
必要な場所から場所へ通信手が線を張り巡らせるのである。
車両なんて使えない、車両を使うのは本家の通信隊である。
彼は普通科部隊の歩兵兼通信手であるからして、その行動は当然徒歩である。
電話線を巻いたドラムを抱え野を越え山を越え、電話機から電話機へと駆けずり回るのである。
道路を横切るときは車両の通行などによって切断されないように線を埋設したり、ポールを立てて道路から数メートル上方に線を張らなければならない。
延々と線を引いて目的の電話機と接続したら、正常につながっているか確認を怠ってはいけない。
で、正常につながっていないと今来た道を逆戻りしながら線を確認し、切れていればつながなくてはならない。
道路に埋設した線が戦車の走行によりズタズタになっていることなど演習場では良くあることなのだから。
戦車隊を恨んではいけない・・・自分の埋設の未熟さを反省しながら使えなくなった部分を切断し、新たに繋ごうと思った時彼は気がついた・・・・・余長が無い。
余長とは、切断の恐れがある場所に線を張る時にあらかじめ、その部分の長さと同等以上の線をその近くに束ねておくものである。(漢字の使い方については、自身が無い。)
余長を取っていない場合、切れた線の両端はそのままでは届かない。
とりあえず両端を引っ張ってみる。
しかし、線は延々と伸ばされている上に所々で木や草に縛ってあるためそれほど伸びはしない。
結局、彼は目的地に置いてあるドラムの所へ戻り、線を巻き取りながら切れた場所まで再び戻ると線を繋ぎ、余長を取って、また目的地に向かわねばならない。
この時の目的地までの距離を聞いてみたが、彼は答えたくないようだった。
その後の彼は有線に携わる時は常に余分な線を数メートル持ち歩いていた。

マークの用語解説
「必通の信念」とは?
読んで字の如し必ず通信を成功させると言う心構えである。
特に無線は地形等の影響を受け、目的の相手方と通信できないことがよくある。
その場合でも野を駆け、山を上り、電波の送受信を確保するためにあらゆる手段を尽くすのである。
それはまた、新たなる喜劇を生むこともあったりする・・・・・・。


(その五)
*月*日 某山中演習場にて
時は初冬、富士山麓とは違う某山中にある演習場にて。
彼にとって初めての地において新たな演習が始まる。
と、言ってもここでは戦闘訓練が行われることは少ない。
彼らの目的は、山中における持続走競技会である。
持続走競技会とは、全行程5キロメートルの山道の走破時間を競うものである。
山道であるが故に平坦な道は極端に少なく、平坦な道を走るよりも何倍も負担は大きい。
もっとも、持続走のための演習は走ることが目的のため比較的楽な部類に入るのかもしれない。
さて、演習場へ着いて最初にやるべきことは宿営地の設営である。
もちろん、旅館や民宿などあろうはずもなく、山中に天幕という大型のテントを張って寝泊りするのである。
初日は、宿営地の設営だけで1日が終わる。
その日宿営地の片隅にごくわずかな残雪を目にした彼は、「この時期にはもう雪が降るのか。」・・・そんな程度の事しか考えていなかった。
まさか、あんなことが起ころうとは夢にも思わなかったのである。
夕方から降り出した雪はすぐに吹雪になった。
慣れない天幕の設営に疲れたのか、彼が眠りにつくのは早かった。
天幕は一番低い所でも1メートル位あり、眠るのに不自由は無い。
どのくらいの時間が経ったろうか、耳慣れない音が聞こえた気がする。
バキバキバキッ!・・・ドサドサッ!・・・。
気のせいでは無かった。
未だ覚めやらぬ彼の耳に聞こえた声、・・・・・「起床!みんな起きろ!」
彼は、反射的に体を起きあがらせた・・・いや、起きあがらせたはずだったが、彼の顔は10センチも上がらないうちに何かにぶつかって止まった。
それが、天幕の内側だと気づくのに数秒を要した。
1メートル位の高さはあったはずの天幕が、なぜ?。
外へ出た彼が目にしたものは・・・膨大な積雪にほとんど押しつぶされている今まで彼が寝ていた天幕の姿であった。
周りは、これまた雪また雪。
夕方から降り出した雪は瞬く間に降り積もり、木々をへし折り天幕を押しつぶしていたのである。
呆然とする暇も無く雪かきをしながら彼は思った・・・「雪なんて大嫌いだぁー。」


(その六)
*月*日 
明けて翌朝、走るコースの下見を兼ねて実際のコースを走るため、スタート地点に向かう。
スタート地点は、山の上に走る一本の未舗装路・・・のはずであった。
スタート地点?に着いた彼が見たものは、一面雪に覆われた広大な平地であった。
道路などどこにも見当たらないのである。
これでは走ることなど、到底出来ようも無く、幸か不幸か彼らの最初の仕事はコース上の雪かきになってしまった。
なにせ、彼が歩くたびに股下まで雪に埋もれてしまうのである。
決して、彼の体重が重いとか、彼の足が短いからではない・・・いや、それもたしかにあるが、とにかく積雪が半端ではなかったのだ。
しかし、総距離5キロのコースの雪かきは大変なもので、途中から踏み固めてしまえ、と言う事になった。
で、5キロに渡る山道におよそ5個中隊もの部隊が展開されたのである。
ほどなくして、埋もれる心配の無くなった山道にて持続走が開始された。
・・・・・数分後・・・・彼は元気に走っていた。
しかし、そのペースは極めて遅い。
いや、彼だけではない・・・・・他の誰もが普段より遅いペースだった。
除去されたのではなく踏み固められたコース上の雪、日が昇るにつれその表面は溶け、そして凍るのは当然の成り行きだった。
そう、彼らの安直な行為は見事なまでのアイスバーンを山道に作ってしまったのだ。
スタート直後から何人もの隊員が、こけること・・・こけること。
誰だって、転びたくは無い。
しかも場所によっては、道を外れたら山を転げ落ちる可能性だってあるのだから誰もが慎重にならざるを得まい。
いつしか彼の目的は転ばずにゴールまで到着すること、になっていた。
幸いにも転ぶことなく後半に差し掛かった彼の前に最後の難関が待ち受けていた。
そこはクネクネと折れ曲がった、緩やかではあるが長い下り坂になっており、片側は崖・・・ガードレールなど無い・・・・・アイスバーンは今まで以上にツルツルである。
歩くほどでは無いがそれに近い速度で慎重に走りつづける彼。
やがて彼は前方に3人ほどの先行者の一団を見つける。
先行者もアイスバーンに苦労しているのだろう、徐々に距離が縮まっていく。
ほどなくして彼もその一団の加わるかと思われたその時、彼の目の前の一人が突然こけた。
が、止まろうと思っても急に止まることなどアイスバーンと化した下り坂では無理な話である。
かろうじて転んだ者を避けてその前に出た時、中に浮いた彼の足より先に着地したのは・・・・・彼の尻だった。
ドサッ・・・・・・・ドサッ・・・ドサッ。
結局、彼とその一団全員が仲良くその場でこける結果となった。
尻の痛みに耐えながら、「誰だ、こんな場所をここまで踏み固めた奴は。」と思った時彼は見たことのある景色に気がついた・・・・「あ・・・俺だ。」



(その七)
*月*日 某山中演習場にて
持続走の演習も雪が降ることは稀である。
もちろん雪が降らなくても山道を走ることが大変なのは変わりはしない。
しかし競技会本番以外の練習段階では自分のペースで走れるため、のんびり走れば結構余裕があったりもする。
加えて、夜間は何にもすることが無いため各々酒を飲んだり、好きなものを食べたりしながら過ごす事が出来る。
彼は酒は飲まないので、しっかり食べて床に着いた。
翌朝、練習開始。
彼はマイペース且つ不真面目でない程度にテロテロ走っている。
なんとなく下半身が重い。
そういえば、昨晩はトイレに行っていない。
そんなことを思いながら走っているうちに何やら、もよおしてきてしまった・・・・・大きい方を。
トイレなどありもしない。
15分も走れば宿営地に戻れる。
彼は我慢して走りつづけることにした。
しかし・・・・彼の意に反して、「それ」は性急に体外に出ることを要求したのである。
周囲は人気の無い、と言うよりは人など居るはずも無い山の中である。
仕方なく道を外れ山に入っていった彼は、それをするために必要なアイテムを持っていないことに気づく。
が、慌てず騒がず、手近なところにある手の平大の葉っぱを数枚ちぎって、さらに奥へと進む。
手ごろな所で無事目的を達した彼はフィニッシュのため先ほど手に入れた葉っぱを取り出した。
で、その葉っぱでXXをXXしていると・・・プチッ・・・と音をたてて彼の人差し指が葉っぱを突き破ってしまった・・・さらにその指は・・・・・・・・・・・・
・・・これ以上はとても文章に出来ません。
万一お食事中の方々には謹んでお詫び申し上げます。



(その八〜手榴弾の恐怖 2
・・・なぜ、2なのか疑問に思われた方は教育隊編を読み返してください。
 彼が手榴弾にかかわる時、それは何か、ろくでもない事の始まり。
*月*日 富士山麓演習場、手榴弾投擲場
 この日は、本物の手榴弾の投擲訓練である。
 手榴弾投擲は盛り土の手前側を四角く削り取り、そこから盛り土を越えた前方に投げる事によって安全が確保されている。
 順番を待つ物は、後方10メートル位に投擲場所を広くした形の場所で安全に待機している。
 待機場所からは前方の様子は見えないが、縦長の箱の上下に鏡をつけて、低い位置から安全に前方を見るための道具が設置されている。
 この時彼は、待機場所の後方の少し高くなった所から前方を眺めていた。
 人にもよるが、手榴弾は10メートル位は飛ばせるだろうか?。
 手榴弾の爆発する地点から彼の位置までは30から40メートルはあるだろう。
 訓練を実施している隊員が手榴弾を投げる・・・・・「ドォォーン」。
 爆音を響かせて、高々と舞い上がる土煙・・・さすがに本物は迫力が違う。
 そう思った矢先、彼の耳元を「ヒュン!」と飛んでいった物が・・・・・。
 見えた訳ではないが、どう考えても手榴弾の破片か、それに類する物だろう。
 あと数センチ横にずれていたら・・・・・この話はおろか、このホームページさえ存在しなかったろう。
 今でも、思い出すたびに自分のうかつな行動を反省する彼であった・・・・・・もちろん明日には、すっかり忘れているだろうが。


(その九〜演習場の怪・第一話
・謎の喚声、消えた自衛官!
*月*日 東富士演習場
 その日、彼は先輩隊員と二人で斥候に出ていた。
 斥候とは、部隊の進行に先駆けてその進行先の状況を偵察するための任務だと思ってもらえばいいだろう。
 彼らは広い草原を歩いていた。
 偵察任務である以上仲良く並んで歩いているわけで無く、前後に数メートル位の間隔を取り、周囲に気を配りながら歩いていくのである。
とは言え、ほとんど形式的とも言える任務であるが故に二人の間隔は話が出来るくらいの距離になっていた。
たわいの無い話をしながら歩いている彼の耳に突然、部隊が突撃を行う時のような大勢の喚声が聞こえた。
 「敵襲?・・・そんな状況が入る話は聞いていない。」・・・緊張が走る。
 喚声は決して近い感じではないが、見えないほど遠くのものではない。
・・・が、周囲には誰も見えない・・・腰よりも低い位の草原が見渡す限り続いているだけである。
 部隊が隠れる所など皆無なのである・・・気のせい?。
 「今の、聞こえました。?」・・・彼は、すぐ後ろにいる先輩隊員に問い掛けてみた。
 ・・・・・返事が無い。
 「**士長(しちょうと読む)?」・・・・・彼が振り返ると、そこに居るはずの先輩隊員の姿が無い。
 前後して歩いていたために、その姿は確認していなくても、たった今まで会話をしていた先輩の姿がどこにも無かったのである。
???。
見渡す限りの広大な草原に彼の声だけが響く。
・・・「**しちょぉぉぉぉぉ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
・・・つづく。
予告
 先輩隊員と斥候任務中の彼が耳にした謎の喚声の正体とは?。
 忽然と消えてしまった先輩隊員の行方は?。
 次回、(演習場の怪)第二話・富士山麓の秘密、消えた自衛官を追え!
 あなたは、富士山麓の知られざる秘密を知る。


(その十〜演習場の怪・第二話
・富士山麓の秘密、消えた自衛官を追え!
 なんだか調子に乗って、気がついたら「つづく」とか「予告」とか、しょうも無いことをやってしまいました・・・謹んでお詫び申し上げます。
 さて、いなくなった先輩隊員を部隊をあげて捜索した結果、その隊員は意外な場所で発見されることになる。
 その場所とは?・・・・・なんと地面の下。
もちろん、この隊員は普通の自衛官であって、「もぐら」でも無ければ「*ンマルトの使者?」でも無い。・・・ダレモ、シラナイッテ・・・・。
 正確には、草原に包み隠されるようにポッカリ開いた穴に落ちていたのである。
 落ちた時に頭を打ったらしく気絶してしまったため彼の声に返事が無かった訳で、たいした怪我が無かったのは不幸中の幸いであったと言えよう。
 ほどなくして、謎の喚声の正体も判明することになる。
 その正体・・・・・と言うより原因は、「風穴(ふうけつ)」である。
 かつて、富士山の噴火により流れ出た溶岩が固まる時、内部のガスが噴出した後に出来た穴を「風穴」と言うのだが、富士山麓にはこの「風穴」が所々にあり、その中には地中において繋がっているものがあるらしい。
 そのため、遠くで演習をしている部隊の喚声が「風穴」の中を反響して別の場所の「風穴」から聞こえる事があると言うのである。
 こうして二つの謎が解明された後、彼はつくづく思った・・・・・「さすがは、富士山。」???
 以上で(演習場の怪)全二話を終了させていただくが、この話は二つの話を編集合体?させた半分創作である。
 ただし、それぞれの話は同時に起こったのでは無いにしろ、本当の話である・・・少なくとも私はそう聞いている。


(その十一〜夜間行軍
*月*日 富士山麓演習場にて
 夜間行軍、その名の示す通り夜間に行軍をすることである。
 数百名からなる部隊が移動するのを適に察知されないようにするために夜間に移動を行うことは常識と化している。
 だからと言って昼間たっぷりと睡眠を取れるかと言うと、そんなに甘くは無い。
 行軍も中盤に差し掛かるころには皆疲れ切っている。
 作戦行動中なので無駄な私語は禁じられているが、誰も彼もそんな余裕など無い。
 これで目的地へ着いて作戦行動が取れるのか疑問になる程である。
 1時間程度に10分間ほど与えられる休憩中に各人足のマッサージをしたり一瞬の睡眠を取ったりする・・・・・先は長いのである。
 眠い・・・とにかく眠い。
だが、十分な広さがあるとはいえ、曲がりくねった山道の片側は漆黒の闇に閉ざされた崖、一歩踏み外せば二度と朝日は拝めないだろう。
 部隊の前方から小声で伝わってくる「休憩」の声、そして同じように「出発」の声。
 何回目かの休憩が終わり、重い足を引きずりながら歩き出したばかりの彼の耳に「休憩」の声が届く、???「今出発したところなのに?何で?。」
 疑問が彼の頭をよぎるが、他の隊員は普通に休憩をしている。
そこにはなんの不自然さも無い。
ふと、時計を見た彼は目の当たりにした事実に驚愕した。
 「1時間経ってる!。」
 そう、歩き出した途端、睡眠体制に入った彼は眠ったまま曲がりくねった山道を足を踏み外すこともなく部隊に着いて歩いていたのである。
 そんなことが信じられるだろうか?。
彼は言う・・・「事実は事実だ。いついかなる状況でも眠ることが出来れば自衛官として一人前だ。」と。・・・・・・・そう言う問題か?。


(その十二〜射撃場の恐怖
*月*日 富士山麓演習場、射撃訓練場
 この日の彼の仕事は射撃ではない。
 彼の仕事は標的の操作である。
 とはいえ、広い野っ原の射撃場、そんな設備は無いから彼が直接標的を動かすのである。
 別に標的を持って走り回るわけではないが、ユンボ(ショベルカーの事)で幅1メートル位、長さ5メートル位、最深部で4メートル位の深さになるように斜めに掘った穴の底で竹ざおに付けた標的を有線電話からの指示により見せたり隠したりするのである。
 射撃開始、標的を出す、バン・・バン・・・・ヒュン・ヒュン・・・弾丸が上空を飛び交う。
 バン・・バン・・・・・・バシッ・・・「お、当たった。」
 弾丸は遥か頭上を飛んで行く、間違っても怪我をする事も無く恐怖心など無い、楽な仕事であった。
 しかし、本当の恐怖はその終了後に待っていたのである。
 射撃終了、撤収の連絡を受け、電話機を持ち外に出ようとした時、そいつは居た。
 土色の細長い体に褐色の紋様、三角形の頭を彼に向け、とぐろを巻いた奴が。
 一目でわかった・・・マムシ・・・だ。
 そう理解した瞬間、彼はその場に固まった。
 彼は穴の最深部に居る、出口方向1メートル位の所で舌をチロチロ出している・・・マムシ・・・。
 まさに袋のネズミ、蛇に睨まれた蛙とは、このことか。
 まさか食われはしないまでも噛まれれば一大事である。
 たった一つの出口はマムシに塞がれている。
 開けた空間は・・・頭上しかない。
 が、彼のジャンプ力で飛び上がれるような深さでは無い。
 たとえ、飛び上がれるにしても狭い穴の中のこと、ジャンプしようとかがんだ途端彼の尻が後方の壁に当たって前につんのめるかもしれない。
 どうする?・・・穴は狭い、両手両足と背中を踏ん張って上れるか?。
 やるしかない。
 人間、必死になると何とかなるもので、彼はなんとか脱出に成功した。
 こんな時でも、電話機を口にくわえて上った彼は以外に冷静だったようだが、通信手を兼務する彼の性だったのかもしれない。
 マムシから逃げ切った彼はその存在を電話で連絡するとすぐに一人の隊員が走ってきた。
 その隊員は「マムシどこだ?。」
 彼が穴の中に居ることを伝えるとその隊員躊躇することなく穴に入っていく。
 恐る恐る覗きこむ彼の目の前で、その隊員はマムシを踏みつけ、頭の後ろをキュっと掴んで穴から出てくると彼にこう言った。
 「ビン無いか?、ビン。」
 あっけに取られている彼を残して、その隊員は嬉しそうに走っていたのであった。
 彼は知っていた・・・その隊員がレンジャー経験者で、捕まえたマムシはこの後マムシ酒にされるであろう事を。
 彼は思った・・・「レンジャー恐るべし!。」

マークの用語解説
「レンジャーとは?」
 自衛隊員の中でも選ばれた者にしか参加することが許されず、その過酷な訓練を耐え抜いた者にのみ与えられる称号?である。
 ベテランのレンジャーはロープ1本で小銃を小脇に抱えながら垂直の壁を下向きに駆け下りると言う、信じられない技を持つ。
 その訓練は一般人の想像を絶する物らしいが、内容については詳しく語れない・・・彼がレンジャーになれるはずなど無かったのだから。
 念の為に言っておくが、五人そろっても変身はしないし、鞭もアーチェリーもブーメランも使わないが、無線機は使うしカレ−ライスが好きな者はいるかもしれない。


(その十三)
*月*日  
しつこいようだが、彼は歩兵である。
中隊では通信手も兼ねていた。
その日の彼は、小隊長が部隊に指示を出す無線機を背負っていた。
もちろん基本装備の小銃も携えている。
小隊に配備される装備には各分隊の機関銃に加えバズーカ砲が1門あり、その装備者はロケット手と呼ばれる。
この当時のバズーカ砲は米軍が使っていた物で2本の砲身をつなぎ合わせて2メートル位の長さにし、肩に担ぐようにしてロケット弾を発射する某ロボットアニメにも出てくるようなタイプの物である。

不幸にも、この日の彼の小隊はロケット手の人員が足りなかった。
しかし、バズーカ砲は配備されている。
一瞬考えた後、小隊長は事も無げに言った。・・・「お前、ロケット手もやれ。」
こうして、彼はバズーカ砲も与えられ行動することになってしまった。
戦闘行動が開始されしばらくすると・・・・「ロケット手、前へ!」と小隊長の声、彼の出番が来た。
角張った無線機を背負い、右手に小銃を、左手にバズーカ砲を装備して小隊長の元へ走りながら彼は心の中で叫んでいた、・・・・「ガ*ダム、いきまぁーす。」

中隊入口へ 演習2へ その他へ