さて、軽い空腹を押さえるためのシリコーンを取って僕達は次の目的地に向かおうとした。なんと言っても今晩は牛タンだ。美味しい牛タンを食するためには空腹でなければならない。
 かの池波正太郎氏も言われている。『天麩羅屋に行く時は腹をすかし、親の敵にでも会ったようにかぶりつかなければならない』と。
 と、すれ違うように駐車場に二人乗った一台のインプレッサ(丸目2000年型、K20 要はターボ付き)が駐車場に滑り込んでくる。
 「インプレッサはアベック車じゃないんだ」
 また、始まった。
 前回の旅行以来、トラウマになってしまったのだろうか。僕は単にアベックが嫌いだが、朱雀の場合、インプレッサ(スバル車)のアベックが嫌いなのだろう。
 「どうしたんだい。朱雀君」
 「いえ、久部さん。実は・・・」
 かくかくしかじか。
 「ふうん。助手席に彼女乗せたアベックか。朱雀君、あのさ、僕、そう言う趣味はないからね。助手席に乗っているからといって誤解しないでね」
 さっちゃんのスピードがかくん。と落ちた。
 久部さん、運転手に突っ込むのは非常に危険だと思う。
 「僕にもありません! 僕は別に同性愛者や性同一性障害者を排撃する気も、差別する気もありませんが、そういう人は見えないところで愛をはぐくんで欲しいだけです。僕の好みは長髪色白細身の眼鏡女性です!」
 でも、朱雀、そこまで細かい好みを言う必要はないのではないだろうか。
 「ああ、良かった。今晩は車中泊だし、どうしようかと思った。でもね、成年男子同士の同性愛は駄目でもお稚児さんというのは少し許せないかな。歴史的伝統もあるし」
 え・・・。

 車は一路苫前へと向かう
 「しかし、歴史で思いついたけど、効果的な日本史の改変はどこだろうね」
 久部さんが言う。
 「日本史の改変ですか。一番簡単なのは信長が生きていたらとか言う奴ですね」
 「それはありきたりだね。他にはいつがいいだろう」
 「個人的には大阪に『豊臣政権』が成立すれば随分とその後は変わった歴史になると思いますが」
 「大阪かあ」
 「『もうかりまっか国家日本』ってなんかそそりませんか」
 「それはそれは。確かに。朱雀君は建武の新政が続いたらどうなっていたと思う」
 「あれは、基本的に勝てる戦いでしたからね。楠正成の言うとおりに京都を放棄していればまず、足利軍は補給の問題で崩壊してましたよ」
 うう、ここまで、僕の口を出せるところがまるでない。
 「防御側が有利という歴史認識。日本では楠正成が生き残り、アメリカではディビー・クロケットがアラモで生き残った他、世界的にそうなってしまったら」
 「先に手を出した方が負けるというわけですか」
 「そう、先に手を出した方が負け。攻撃されなければ何もしないがされたら倍返し。それが国際法となる」
 なんか、凄い話だ。
 「倍返しのためだけの戦力ですか」
 「各国はそのためだけに戦力を保持する。あ、特撮は凄いことになるよ」
 「え?」
 「宇宙人侵略に倍返しで応じる地球防衛軍」
 なんか、凄まじく危ない設定のような気がするのは僕だけだろうか。

10

 苫前から少し戻って『おびら鰊番屋』へと南下する。
 「道の駅へ2キロなんだな」
 僕は麦酒片手に後ろの席から偉そうに指示を出す。これだから旅はやめられない。
 「へーへ」
 車が何台か停まっている場所を通り抜けるがここが道の駅だという表示がない。
 「武田、もう6キロ近く走っているんだが」
 朱雀が聞いてくる。
 「Uターンだね」
 適当なところでUターン。
 北上すると再び2キロの看板。
 「今度は間違えるなよ」
 僕が悪いのではない。看板がないのが悪い。
 「あ、やっぱり、さっきの車が停まっているところだ」
 4時56分。道の駅『おびら鰊番屋』到着。

おびら鰊番屋

道の駅 おびら鰊番屋

 この道の駅は5時までしか開いていない。ぎりぎりで間に合ったわけだ。危ないところだった。
 で、閉店間際の売店に飛び込みスタンプとマグネットをゲットする
 そして、僕は出会ってしまった。
 つぶらな瞳。漆黒の肌。白い斑。
 「どうした。武田」
 朱雀が聞いてくる。しかし、僕は応えなかった。
 「なんで、こんなものを・・・」
 それは運命の出会いだった。こっちを見ている。思わず僕はその物体をレジへと運んでいってしまった。
 「武田君、そんなもの買うのかい」
 久部さんが聞いてくる。
 「ええ」
 僕の精神状態は正常を逸脱していたのかも知れない。しかし、いいじゃないか。僕がシャチのぬいぐるみを買ったって。そこ、笑うんじゃない。

11

 次は道の駅『ほっとはぼろ』だ。
 「ここは、去年、上杉君とご飯を食べようとして食べられなかった場所なんだよね」
 そうか。昨年の『異譚 北帰行』と逆のコースを通っているわけだ。
 「今頃気がついたか」
 しかし、だんだん交通の流れが速くなる。旭川ナンバーは旭川より北ではどうしてあんなに速いのだろうか。
 「くくく、愚か者が。レオとは違うのだよ。レオとは」
 朱雀が遅い前走車をパスする。前のレオちゃんならば、この流れに漸く乗っていると言った感じだったが、さっちゃんならば充分に余裕を持って行動できる。
「旭川ナンバーのくせに遅いぞ」
 「まあ、旭川ナンバーをひとくくりにするのも問題だろうね。もしかしたら生き方が違う旭川ナンバーもいるかも知れないし」
 「『姉ちゃん、俺はこの町を出て行くよ。俺はそんなにスピード出したくないんだ』といった感じですかな」
 「そうだね、そういう人間がいてもおかしくないだろう」
 「じゃあ、前回、函館に桜を見に行った時に木古内町で『水垢離のまち』ってありましたけれど、其処にも姉弟の葛藤があったんだな。きっと」
 「『姉ちゃん、僕はこの町を出て行くよ。俺は水垢離なんかしたくないんだ』とかかい。おわっと」
 そんな話をしていた時、坂道の途中で追い越しをかけた旭川ナンバーさんが、対向車に気づいて、前へと割り込んできた。
 割り込まれた朱雀がブレーキをかける。
 「もしかしたら、旭川ナンバーが強いのは、この追い越し方法を活用できるからなのだろうかね」
 久部さん、そう言う問題じゃないと思う。

12

 道の駅『ほっと はぼろ』で簡単にマグネットとスタンプをゲット。

道の駅 ほっと はぼろ

道の駅 ほっと はぼろ

 これで、今日の予定される道の駅はあと一つ。『富士見』だけ。。
 『富士見』はレストランも併設されているので営業時間に余裕がある。だから、のんびり気味に、旭川ナンバーに追い抜かれ、遅い函館ナンバーを追い抜き、北上していく。
 「まあ、高速巡航を目指した選択だから、結局は最大瞬発能力はターボには敵わないわけだし」
 オーナードライバーである朱雀が蘊蓄を垂れる。
 「じゃあ、1,5リッターでもいいのではないかな」
 「問題は其処なんだよ。1,5の4駆は少々エンジンがボディに負けるんだよな。燃費が良くっても、それじゃ余力がない」
 「ターボは余力が有り余っているけれども燃費が悪いというわけなのな」
 「そういうことだ。要するに2,0のNAは非常に汎用性に優れたエンジンだと。そう言えるわけだ」
 「でもね、朱雀君」
 久部さんが言われる。
 「それって、馬力はターボに劣り、燃費は1,5リッターに劣るって事にも聞こえるんだけどな」
 あ、それ地雷。
 「ま、そうとも言えますか」
 また一台。旭川ナンバーが追い抜いていく。
 「旭川ナンバーからしてみれば、札幌ナンバーは走るシケインなのかねえ。僕達結構なスピードで走っている気もするんだけど」
 確かに、追い越し後の速さは、札幌ナンバーの追いつくところではない。だから、高速移動が可能なのか。あ、色々言っているが、旭川ナンバーの方々に含むところは全くないので、念のため。

13

 日本海、西の空に夕日が沈もうとしている。もう、6時に近い。
 真っ赤な夕日が海と空を燃えるような色に染めて日本海に沈んでいこうとしている。
 「凄いねえ」
 思わず車を停めて見ほれてしまう僕達だ。
 「うーん。なかなか蝋燭にはならないか」
 久部さんがデジタルカメラを覗きながら言う。

富士見近くの夕日(久部さん撮影)

夕日(久部さん撮影)

 「あれは緻密な計算の元に、行われているんでしょうね」
 朱雀も言う。しばらく見ていたが、暗くなるのも何なので、再出発。
 6時半には道の駅『富士見』に無事到着。

道の駅 富士見

道の駅 富士見

 しかし、なんでこの道の駅は『ももんが』なのだろう。

道の駅 富士見のマスコット ももちん

謎のももんが

 「『おびら鰊番屋』でシャチのぬいぐるみを問題なく受け入れた人間の言葉ではないな」
 「うぐう。それを言うかな。それを」
 「貴様、30才にもなって、全国に何万人いるか知れない『加濃』派の神経を逆なでするような発言をするのではない」
 「はははは。なんだったら鯛焼きを・・・。というかどうしてさっきの台詞で、解るとは、朱雀、修行したのかな」
 「ふ、部員に異様に詳しいのがいてな」
 「部員って、18才・・・」
 「何の話なんだい」
 あ、すみません。へのへのもへじ。
 「ふうん、僕はそっちの方は疎いからなあ」
 「良かったらお貸しするかな」
 「いや、パソコンがないんだよ」
 などと馬鹿話しながら。車は一路40号線へと入っていく。
 「しかし、稚内に入るのはいつも夜遅くなってからだなあ」
 前回の『北帰行』でも随分と遅かったと聞いている。
 しかし、諸君、牛タンだ。

14

 月が赤い。40号線に入ってわずかに30分で日はとっぷりと暮れてしまった。真っ赤な月が辺りを照らしている。 

紅い月

紅い月

 「対象物があるから大きく見えるだけだぞ」
 そんなことは解っている。しかし、なんだか不安になるような月だ。
 そうこうするうちに稚内に入る。
 「去年は大きな古本屋が2軒もあったけれど、無事だろうかね」
 「さあ・・・」
 この不況にどこまで耐えていけるのか。不安ではある。
 しかし、不安はすぐに解消された。大きな古本屋そのいち。『ブックマーケット』がそびえ立っている。

古本屋 ブックマーケット

ブックマーケット

 「へえ・・・」
 朱雀が溜息をついた。この店が彼が北見枝幸にいた頃存在していれば、彼は北見枝幸を去ることはなかったのか。いや、哀しい恋がやはり彼を立ち去らせていたに違いない。
 「あーしつこい!」
 など言いながら店内をあさる。『幻想水滸伝外伝』のサントラが2枚あったので、家でやけ酒呷っている上杉のために購入。
 次は『サンホームビデオ』だ。

古本屋 サンホームビデオ

サンホームビデオ

 そこも元気。古いOVAの『ランス 砂漠のガーディアン』が390円。これは安い。品質が××でもそれ相応には楽しめるだろう。
 「でもね、写真集の品揃えは全然変わってないんだ」
 それは哀しい話かも知れない。
 とにもかくにも、稚内駅側の無料駐車場に車を停める。今日はさっちゃんの居住性を確認すべく、車中泊の予定だ。果たして大人3人が眠れるのかどうか。
 「走行距離446キロ。少し短いかな」

今日の走行距離

1日450キロは少ない?

 などという朱雀を引っ張り牛タンやさんに向かう。
 しかし、悲劇が待っていた。

牛タンやさん 運命の瞬間

電気がついていない!

非情の張り紙


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