補 馬鹿が古本屋にやって来た
前回の『一寸そこまで飯喰いに』において事実の隠蔽が行われているという指摘を朱雀龍樹氏より受けてしまった。
『小生とパソコンの話とか、冴速さんのナビゲートミスを面白おかしく書くならば、当然書かれてしかるべきことが書かれていない』
どうやら、あれを書けということらしい。しかし・・・。これ以上の弁解は不可能か。
物語は『帯広ファクトリー』まで遡る。
「そう言えば、さっきの『ブックマート』に『勝手に桃天使』の1があったんだわ。2はよく見るけれど、1は滅多に見ないからお買い得なんだわ」
「え、それは欲しいんだな」
僕は否も応もなく買いたくなってしまった。
「それだったら、次の『ホンチョ・エルパソ』は『ブックマート』の近くだから、途中で寄っていくんだわ」
というわけで、純文学が好きで、古本屋の話で朱雀と互角に渡り合ったタクシーの運転手さんに、
「その本、昼にも行って一旦は諦めたんですが、やっぱり欲しくて」
と、嘘をつき、
「そうだね、本は出会いものだからね。会った時に買わないとね」
とまで言ってもらって、
『勝手に桃天使』を買うために寄り道してもらった訳だ。
店に着き僕は店内に走り込むと、賞品を物色する。しかし、冴速さんが見たという商品はどこにもなかった。
時間だけがたっていく・・・。焦る・・・。
「武田さん、PSのゲームなんだわ」
見るに見かねて店に来てくれた冴速さんが後ろにパッケージを持って立っていた。
え・・・。僕が立っていたところは・・・。
言わなくてもお解りだと思う・・・。はあ。これで気が済んだか? 朱雀龍樹!
29 青い空とトムラウシ
さて、気を取り直して、翌日。
しかし、まさか、ここまで長くなるとは思わなかった。もう、原稿用紙が59枚・・・。一寸した中編小説なみじゃないか。が、ようやく3日目の朝にたどり着いた。もう一息だ。
というわけで、翌日。もう、昨日以上、これ以上はないほどの好天気だった。はっきり言ってこれ程の空の青さは見たことがない。
「なぜか、帯広では土地勘が鈍るんだわ」
完璧なナビゲーター、冴速氏がそう嘆き、帯広を出るときに少々あちこち走ってしまったが、そのまま、札幌へ向かって走り出す。前方には真っ青な空が広がっている・・・。
ああ、いい旅だったな・・・。あとは、上富良野でビール買って、帰るだけだな。
僕は心の底から、そう呟くと、生茶をすすった。流石にこう飲み続けると、朝からビールという訳にもいかない。僕も一応は人間だ。
しかし、運命は過酷だった。
「あのな、朱雀」
地図を見ながら冴速さんが言う。
「悪いが・・・トムラウシ行きたいんだわ」
ト、トムラウシ? あの秘湯、トムラウシ・・・。僕の目の前がすーっと白くなった。
この旅は、網走で鯨を食べて、帯広で地ビールを飲む旅ではなかったのだろうか?
それが、音威子府行ったり、北見枝幸行ったり・・・。
トムラウシ・・・。僕は朱雀の顔を伺った。
同時に神に祈る。真っ直ぐ帰らせてください。いや、上富良野の地ビールは買わないといけないけれど、それ以外は真っ直ぐ帰らせて・・・。僕ほどの心の真っ直ぐな人間が祈れば、神様はきっと望みを叶えてくれる。不思議なポッケでかなえてくれる。
しかし、どうやら、その日神様は外出中らしかった。
「おし、行こうか」
最終日に、旅はもう一幕を用意していた。
30 ヌプントムラウシ捜索
やがて、アスファルトの道が消え、砂利道となる。
「朱雀、悪いが、運転させてくれ」
「いいよ」
レオちゃんを道の横に寄せるとドライバーチェンジだ。
「少し疲れたから、後席に座らせてくれ」
その上杉の要求は妥当なものに思えた。
確かに、運転は疲れただろう。この二日、ほとんど一人で運転したわけだし。
僕が助手席に移動して、再スタート。
スバルレオーネセダンGT/2(本当はローマ数字です By上杉)はRX/2(これも本当はローマ数字 By上杉)と違い、スポーツバージョンではない。
しかし、冴速さんが運転を始めると、水平対向4気筒SOHCターボエンジンが咆吼し別物のように走り出す。これがレオちゃん?
たちまちのうちに、ダートなワインディングロードでスピードメーターの針が100キロ近くに達する。
「うふふふふ」
あ・・・笑ってるよ。冴速さん、嬉しそうに笑ってる・・・。
「ヌプントムラウシに行くんだわ」
うう・・・これだったのか・・・。これで、朱雀は助手席を僕に譲ったのか・・・。まじめに怖い・・・。
しかし、残念ながら、ヌプントムラウシを僕達は発見することは出来なかった。確かに看板までは発見した。しかし、その看板通りに走っていった先は、行き止まりだった。営林署が工事をしている。
「しかたない、トムラウシに行くんだわ」
そして、僕達は無事トムラウシの保養所に着くことが出来たのだった。
流石に温泉は素晴らしかった、体の疲れが消えていくようだ。
「でも、昔の方がもっと秘境だったんだわ」
今以上の秘境って・・・冴速さん・・・。
31 新得戦線異状あり
素晴らしい温泉に入ってリフレッシュ。元来た道を冴速さんの運転で戻る。
朱雀はというとちゃっかり後席に座っている。そして、アイスボックス・・・。
アイスボックスを助手席に! という願いは簡単に却下された。
しかし、神様が帰宅されたらしい。なんと送迎バスのお尻についていくことになる。これは嬉しい。送迎バスなら、そんなにスピードは出さないはず・・・。しかし神様はまた、急用だったらしい。送迎バスは僕達のために、追い越しゾーンで道を譲ってくれた。
そして、再び悪夢・・・。
「いやあ、本州にはこういう道はなかなかないんだわ」
再びアスファルトの道に戻ると、晴れやかな顔で冴速さんがドライバーチェンジする。
「なんか、足回り、前に乗ったときよりしっかりしてるんだわ」
「まあな・・・サス変えたし・・・」
買い換える車にそこまで金かけるか普通。
さて、次は新得である。新得といえば、朱雀が大学時代の友人から教えてもらった美味しいそばの産地だ。
途中、朱雀の馬鹿がまた新得と逆の方に走り出したりしたが、無事に『そばの館』に到着。
鴨南蛮一番! しかし、何かが違っていた。
9時45分頃到着。開館は10時。それはいい。名前を記入し、しばし待つ。しかし、10時になってもパートのおばさん方は談笑するばかりで、客を中に入れようともしない。
「そばは買ったし・・・行くんだわ」
「そうだなあ・・・。そうするか」
僕はほんの少し鴨南蛮が惜しかったけれども、それ以上に何となくそうした方がいいような気がして『そばの館』を後にした。
ただ、空はとっても青かったし、そばソフトクリームはとても美味しかったことだけは記憶していていいだろう。
32 上富良野作戦
しかし、やっぱり腹は空く。
僕達はは途中のコンビニで買った飲み物などで空腹を誤魔化しながら、上富良野の地ビールを買うために北上する。
「ご飯は深山峠で食べるんだわ」
深山峠とは上富良野地ビールを売っている物産館のある峠だ。
「しかし・・・いつも思うんだが・・・あそこへ寄らなければもっともっと早く帰れるんだが・・・」
「しかし、寄らないで帰ってもつまらないんだわ」
「その通りなんだけどさ」
そして、現在『上ふらの地ビール』は朱雀と上杉の血で血を洗う対象となっている・・・。小心な僕など怯えるだけだ。
新得から深山峠まで約3時間。ようやく峠にたどり着いた。
「ご飯なんだな」
やっと、ご飯にありつける。
ビールを買うよりもまずご飯だ。
しかし・・・。テラスの食堂に実に蠱惑的な香りが漂っている。焼き肉だ・・・。
「武田さん、食べたらいいんだわ」
そう冴速さんが言ってくれるが・・・。
「冴速さんも飲むのかな」
「いや、僕はいいんだわ」
それでは飲めない。仕方なく僕は豚丼を注文した。考えてみたら今回は『ぱんちょう』さんに寄ることができなかった。
しかし、なんか写真と違うような気がしないでもないが・・・。気のせいだろうか? 味はまあまあだったから良かったが・・・。
というような感じで、食事を終えると、土産や自己消費用の地ビールを買い込んで深山峠を後にする。
さあ、今度こそ帰れるはずだ。札幌へ。
もう、何も起きないはずだ・・・。ああ、神様・・・。
33 痴性化戦争
『人間が尊いのは学習するからだ』
そう誰かが言っていた。そうだ。そして、僕は人間だ。僕は学習する。前回のような目には遭わない。
僕は前回の反省に鑑み、秘密兵器を用意していた。荷物からがさがさとプラスチックの紙コップ(この言い方は変かもしれない)を取り出し、十徳ナイフ(この言い方も古い)で『上ふらの地ビール』の栓を抜く。昨日、池田町で買ったポロニアソーセージを切る・・・。うう・・・苦節1年。ようやく車内での地ビール飲酒が出来る・・・。
「そうか、武田さんはそれがやりたかったんだわ」
冴速さんは優しい。
「おー、良かったな武田。念願かなって」
なんか馬鹿にしていないか? 朱雀。
ともかく95パーセントご満悦(どうして、レオちゃんの後席にはカップホルダーがないんだろう)の僕を乗せ、車は進む。
「で、なんだわ。道が悪いかもしれないけど、芦別経由の道を通ったら面白いんだわ」
「そうだな、いつも同じ道ばかりじゃ飽きるからな、よし、そうしよう」
前席の二人の間で簡単にコースが決まる。
「しかし、冴速さん、大丈夫だぞ。その道、前にも走った事あるが、結構いい道だ」
「そう言えば、朱雀さんは月に一回は宗谷と札幌を往復していたんだわ」
「その通り、ま、大丈夫だと思うぞ」
そして、その言葉の通り車はあっけなく岩見沢に抜けてしまう。
個人的にはもう一波乱あるかとも思ったがそこまで神様は意地悪ではなかったらしい。
途中午後4時、岩見沢の古本屋によって、PSソフト『ゲッターロボ大作戦』購入。
しかし、今回はここでようやく3件目の古本屋だ。なんか前回と全く旅行の内容が違うのは気のせいだろうか?
34 ちょっとそこまで飯喰いに
いよいよこの『旅する奇怪』もおしまいだ。
岩見沢から札幌への、帰省ラッシュには少し早い渋滞に巻き込まれ、僕達が札幌に入ったのは6時を大きく回っていた。
流石にもう、疲れていた。あとは真っ直ぐ帰るだけだ。
しかし、僕にとっては大旅行だったが、前席の二人は違ったらしい。
「いや、今回は楽しかったんだわ」
「そうだな」
「ちょっと出かけて、蕎麦たぐって、その後、鯨や熊や鹿なんて食べさせくれるお店でお酒飲んで、ビアホール2件寄ったんだわ」
「で、酔いざましに銭湯入って、夜食用の蕎麦とビール買ってきただけなんだな」
冴速さんと朱雀がそう笑う。
は・・・。何ということを!
「ちょっと(音威子府と北見枝幸に)出かけて、(音威子府で)蕎麦たぐって、その後、鯨(網走)や熊(羅臼)や鹿(阿寒湖)なんて食べさせくれるお店でお酒飲んで、ビアホール2件(帯広)寄って、酔いざましに銭湯(トムラウシ)入って、夜食用の蕎麦(新得)とビール(深山峠)買ってきただけ」だって・・・。
この1500キロの旅行が「ちょっと」か。
なんだか、桁が違うような気がする。それとも僕がどこかおかしいのだろうか。
「結局、今回の旅行は『一寸そこまで飯喰いに』行っただけなんだわ」
「そりゃ、いい。『一寸そこまで』かい」
車内に笑いが満ちる。しかし一つだけ笑いの質が違ったのは確かだ。
7時13分、冴速さんを自宅に送り、レオちゃんは朱雀の家のガレージにたどり着いた。全行程終了。走行距離1536キロ。
ここで、夏の灼熱の思い出。「一寸そこまで飯喰いに」行った記旅行の筆を置く。
しかし、やっぱり変だぞ、二人とも。