22 道東大作戦

 なんだかんだで自動車はひたすら南下する。
 「しかし、実は秋の車検の後、自動車を買い換えようかと思うのだが・・・」
 朱雀が真っ直ぐな道路を走りながら言う。
 冴速さんが応えた。
 「きっと結局、スバルなんだわ」
 「その通り、インプレッサと思うんだ」
 「どうしてレガシイを買わないな」
 「レガシイでは車庫に入らないんだ」
 ああ、物理学の限界は男の夢をうち砕くか。
 「で、ナンバーは、有料でもいいから、き−・・64が欲しいと思っているんだが」
 「ほう、そうだな、スバルの次男坊。妥当な所なんだわ」
 ええと、二人して納得されては困る。僕にはちっともわからない。その旨言うと朱雀は哀れむような視線で解説してくれた。
 「スバルは中島飛行機の後進。中島の戦闘機として有名なのが97式、隼、疾風。スバルのトップのレガシィが疾風なら、弟分のインプレッサは隼になるだろう」
 97式がレオーネならば、次のレガシイが隼で、その後のインプレッサが疾風じゃないかな? と思ったが黙っていることにする。少しは僕も学習しているわけだ。
 しかし、話はなおも続く。
 「680なんてもいいんだわ」
 「そうだなあ、88とかな」
 そのくらいなら僕にもわかる。
 「じゃあ1701」
 「お、渋いんだわ」
 またわからなくなった。
 「武田、おまえなあ、宇宙大作戦のUSS−1701エンタープライズくらい覚えてないと駄目だぞ」
 朱雀が言うが、普通そんな番号覚えるか?
 「でも、その番号なら、有料でなくても残っていそうなんだわ」
 その通りだと思うな、僕も。

23 晴れときどき鹿

 昼過ぎに摩周湖の道の駅にたどり着く。いい天気だ。これ以上はないくらいのいい天気だ。
 「さあて、摩周湖見に行くか?」
 そんな意地悪を言われながら、次なる目的地、阿寒湖アイヌコタンに到着したのは1時を少し回っていた。そして、何はともあれ鹿肉だった。鹿肉を喰わねばならない。そのために僕達はここへ来たわけだ。
 「鹿肉定食三つね」
 しかし、食事時の店内は満員。待てど暮らせど鹿肉定食はやって来ない。 
 「一体いつまで待たせるんだ!」
 向かいの観光客らしい(僕達は何なのだろう)おじさんが激怒している。
 「遅いぞ!」
 しかし、厨房の中では必死の調理が続いている。観光地の昼飯時は待って当たり前。僕達は黙ってセルフサービスの水を飲んでいた。待つついでに鹿肉ルイベも追加注文する。
 そうして、待つこと30分近く。ようやく鹿肉料理が僕達の前に姿を現した。
 ああ、これが阿寒湖の鹿肉か・・・。
 僕の目の前に鹿肉定食と鹿肉ルイベがある。
 真っ直ぐ帯広へ行けば出会うこともなかった鹿肉料理・・・。今朝、突然始まった予定だったが、なにはともあれ、僕達の前に鹿肉がある。これ以外に何を求めればいいのだろう。
 鹿肉は何度か『K』さんで食したことがあるが、ここの鹿肉は『K』さんのものよりも少し柔らかいような気がするのは気のせいだろうか? ルイベも美味しい。
 僕はあれだけぶつくさ思っていたことを忘れてひたすら鹿肉を平らげていった。
 やっぱり美味しいものは美味しい。阿寒湖で鹿肉。いいじゃないか。
 こうして、お腹がいっぱいになった僕達は次なる目的地、帯広へと向かうことになった。

24 運命の帯広方面

 さて、冴速さんお持たせのMP3ディスクが、延々と車内に流れていく。
 「しかし、この曲、どうも気にくわないな」
 朱雀がゲーム『勝手に桃天使』の主題歌を聞きながら呟く。
 「運命なんぞ決まっていて生まれてくるなら、面白くもなんともあるまいに」
 「うーん。でもそういう話なんだわ。まあ、絶対にクレームをつけないというなら、勧めるんだわ」
 「へえ、そんなに面白いな?」
 「うん、僕のお薦めはお狗ちゃんなんだわ」
 ふーむ。僕は『勝手に桃天使』の名前を心に刻んだ。冴速さんがそこまで言うのだからきっと面白いと思う。
 しかし、そんな話をしていると、確実に車の流れが遅くなる。今まで平均的な速度だった、僕達のレオちゃんが、いつしか押し出されるかのように前に出ていく。
 「どうしたんだわ・・・」
 冴速さんが呟いた先に、法定速度で走る一台のパトカーがあった。
 「うわ・・・」
 その網走ナンバーのパトカーの後ろに行儀良く並ぶ他の車・・・。ああ、なんということだろうか?
 「うーん、乗ってるのが一人だから、取り締まりとかではないんだわ」
 冴速さんが腕を組む。
 「朱雀サン、追い越すんだわ。大丈夫、運命に逆らうんだわ」
 「いや、それは蛮勇というものだぞ、冴速さん。なんだったらそこでドライバーチェンジするから、冴速さんこそ追い抜いてくれ」
 「いや、私は運命肯定派なんだわ」
 等々、責任の擦り合いはその網走ナンバーのパトカーが途中で我々の前から右折して消えてくれるまで続く。苦節45分、僕達は再び加速する。目的地は池田町。

25 池田町に進路を取れ

 池田町には僕達の心のオアシス、『ペンション フンベHOFおおくま』さんがある。知る人ぞ知る、安くて美味しいカニが山ほど食べられるいい宿屋だ。あとはお風呂がもう少し大きければ文句はないんだけれど・・・。ま、ペンションだからこれは無い物ねだりだろう。
 ともかく、冴速さんが名古屋のお友達、すこっち・もるとさんやもうお一方にお土産を買って帰るのなら、ここのカニ。そう判断しての行動だった。
 が、その前に、池田町のワイン城で、今回参加できなかった久部さんへのお土産を買う。ワインを一本、つまみを少し・・・。上杉はどーでもいいいが、久部さんにはなんとか参加していただきたかったと思いながら朱雀がワインを買った。(僕は買ってない。久部さんごめんなさい)
 で、次はカニだ。
 ワイン城でグレープシャーベットを舐めた僕達は勇躍『フンベHOFおおくま』さんに向かう。
 はっきり言って、僕達、いや僕とたぶん朱雀には仄かな希望があった。もしかしたら? もしかしたら・・・。フンベHOFおおくまさんには空き室があり、もしかしたら僕達は今晩おいしいカニが食べられるのではないか?
 しかし、現実は無情だった。
 注文する冴速さんの隣で、朱雀が聞いた。
 「マスター、最近混んでますか?」
 僕は固唾をのんでその返答を待った。
 「もう、わや。カニ喰いにくるお客さんでここ1週間満室、来週も満室だもの。朱雀君も、秋に来るなら予約早くした方がいいよ」
 愕然、呆然。僕の仄かな、仄かな野望はここに潰えてしまった。哀しい話だ。
 結局、冴速さんのカニと、朱雀が昨日買った網走の地ビールをお土産として送ってもらうことにする。このあたり朱雀も如才ない。そうして僕達は悄然と「 フンベHOFおおくま」を後にした。

26 本屋はどこだ

 さて、次の僕達の目標は、帯広の巨大な本屋、『ぶっくまあと』の発見と調査だった。これは朱雀がカムイワッカの借りを返すために、是非とも行わなければならない作戦だ。
 帯広駅の旅行案内所で紹介された、あの『春陽堂駅前店』の隣のホテルにチェックインするとすぐさま、僕達は帯広の街に飛び出した。今度は朱雀がきちんと持ってきた新聞の記事を見て住所を確認した冴速さんがロードマップを見ながら誘導してくれる。
 「そこの角を曲がってみてほしいんだわ」
 それに応じて朱雀がハンドルを切る。
 しかし、そこに本屋はなかった。
 「うーん、もう一度戻ってみるんだわ。もしかしたら逆かもしれないんだわ」
 「了解」
 もう一度、逆に曲がっても本屋はない。
 「おかしいんだわ」
 「ああ、廃業したかな」
 冴速さんを完全に信じている朱雀は、店が見つからないのは廃業したと思いこんでいた。
 「でも、建物くらいあってもいいんだわ」
 僕は冴速さんから新聞記事を受け取る。
 ええと、30条・・・。
 僕は信号の住所標識を見つめる。
 ええと、3条・・・。
 「冴速さん! 桁間違ってるな」
 「ええ・・・」
 間違いなかった。新聞の住所は30条だ。
 「帯広はどうも土地勘が狂うんだわ」
 そう言う冴速さん。そして、本屋はあった。
 ひたすら大きかった。北見の古本屋の1.5倍はあるだろう。しかし・・・。なんだか北見に比べて掘り出し物が少ないようだったのは気のせいだっただろうか?
 そして、発売されたばかりの任天堂キューブの中古があったのには吃驚した。流石に去年と同じギャグは笑えない。僕と朱雀は後ろ髪引かれる思いで店を後にした。

27 帯広麦酒飲酒戦

 さあ、夜は長い。これから帯広にある地ビールを制覇しなくてはならない。
 「三つとも行ったからどこでもいいんだわ」
 そう言う冴速さんに、朱雀が応える。
 「町中のは除外しよう。上杉の行った所に行ってもつまらない」 
 この『旅する奇怪』の発端は99年8月の『帯広へ』だった。そこで上杉の奴は町中の地ビール館でしこたま地ビールを飲んでいる。
 「じゃあ、『帯広ファクトリー』だわ」
 冴速さんが僕達を少し市街地からはずれた場所に立つ『帯広ファクトリー』へと連れて行ってくれた。
 瀟洒な地ビール館だ。雰囲気としては小樽第一倉庫に近いかもしれない。渋いおじさんがライブをしている。が・・・どうも活気に欠ける。
 1時間ほど堪能させてもらうと、次は、何と地発泡酒の店、『ランチョ・エルパソ』に向かった。
 「ちょっと遠いからタクシーを拾うんだわ」
 そのタクシーの運転手さんはとてもいい人であった。こういう事もあるから旅はやめられない。
 そして、『ランチョ・エルパソ』は居酒屋だった。むろん、いい意味でである。若いバンドの絶叫が響き、あっちこっちで家族連れやおばさん連中や、サラリーマンとおぼしき人たちや学生が、発泡酒を傾けている。
 「うーむ・・・。これが本当のビアホールなんだろうな・・・」
 そう言う朱雀を放っておいて、いろんな発泡酒を片っ端から飲んでいく。いやあ、美味しかった。
 最後に調子に乗った朱雀が、張り紙のあった『マイ・ジョッキ』を購入しようとしたが、それは地ビール館のジョッキではなく、店への置きジョッキのことだった。まったく彼は帯広へ毎月来るつもりなのだろうか

28 黒きDVD

 さて、ホテルに帰り着くと再び悪夢である。
 「ふふふ、実は、今晩はDVDのソフトを持ってきてあるんだ」
 と、朱雀がバックから一枚のDVDを取り出す。
 「上杉から借りてきた『ノアール』なんだが、これの鑑賞会をしようと思う」
 「おお、まだ見てないんだわ。喜んで見せてもらうんだわ」
 ううう・・・。昨日といい、今日といい、この二人は何を考えているんだろうか? 僕にはついていけない。
 「これは、上杉の馬鹿が、縦横比間違えて久部さんに見せてしまった由緒正しきアニメなんだわ」
 へっへっへと笑う。
 そんなに、上杉の失敗が嬉しいか? 朱雀。
 いや、理解は出来る・・・。それほどにカムイワッカの登頂を先越されたことが痛手なんだろう。
 確かに、あれはないよな・・・。単純にドライバーを連れて行く餌代わりの計画変更で、一発ちょろちょろと登ってしまっては、恨みも骨髄かもしれない。
 上杉の家で『ノアール』(縦横比正常版)を見させてもらった僕は、コンビニで買ってきたビールを舐めながら、ホテルの窓から夜空を眺めた。
 今回は行かなかった繁華街の地ビール館。
 『帯広ファクトリー』
 『ランチョエルパソ』
 この三つの中で、一番経営基盤が弱いのは『帯広ファクトリー』なのかもしれない。
 地の利もなく、特徴もない。正統派の地ビール館。だからこそ頑張ってもらいたいと思った。一度も行かずに潰れてしまった幻の『岩見沢地ビール』のようにはなって欲しくない。ね、お星様。
 しかし、星は何も応えず、旅はまだ続く。


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