その3
15 北端制覇
さて、翌朝8:00。宿を払って更なる目標に向かう我々である。
「次はどうするんだい」
「いや、次はもう決まってるんです。南稚内にいい朝飯をを喰わせる茶店があるんです」
そう、私がこの辺りにいた頃、愛用していた喫茶店だった。大きなソーセージを敷いた目玉焼きに普通の3倍はあるかという分厚いトースト。大量のサラダ。おかわり自由のコーヒー・・・。時間は思い出を美化するのかもしれない。
「しかし、まだ早いんじゃないのかい」
「心配はありませんよ、その前に宗谷岬に行きましょう」
久部さんは眉をひそめた。
「それって、観光旅行になるんじゃないのかな」
「問題ありません。喫茶店が開く前に時間を潰すためにそこいらを走り回ったんです。その途中に宗谷岬があっただけですから」
これは詭弁ではない。事実、その通りなのだ。問題はない。と言うわけで我々は一路宗谷岬へと向かったのだ
そして、宗谷岬は寒かった。
最北端の記念に |
駆逐艦艦橋型監視塔 |
最北端の碑 |
「この時期に北へ来るモンじゃないんだね。普通は」
久部さんが言われる。声が少し震えていた。
「普通、春に函館、夏に宗谷でしょうね」
しかし、一応は目的ではなく結果としてこれで北海道最東端だけでなく最北端をも極めたのだった。しかし、明治に作られた駆逐艦艦橋型の監視塔だが、あの形の艦橋って『吹雪』型以降ではなかったのだろうか。明治の駆逐艦もあんな艦橋だったのだろうか?
「四門を開くにはあと二つ・・・」
喫茶店に向かう道で久部さんが呟かれる。
何、されるつもりなんでしょうか・・・。なんか、怖い考えになった私である・・・。
そして、戻った喫茶店は閉まっていた。
閉まっている喫茶店 |
16 闘魂
喫茶店は閉まっていた。やはりGWに営業するところはこの地方都市には少なかったのだ。ないのだろう。少し安心した私だったりする。
しかし、これで宗谷岬は本当に『朝飯を食うための時間潰しだが、その目的さえも果たせない時間潰しの結果』となってしまった。なんだか出来すぎなような気がする。
考えれば、この旅行。密かに計画していた計画がことごとく実行できていないのだった。見事である。
しかたなく南稚内で給油後、日本海を南下する。今回の旅行、ここまで目的を持たなかった以上、旭川方面へと南下、上富良野で地ビール購入などという話は、この旅行を汚す以外の何物でもない。だからのんびりゆっくり留萌方面を通って帰還するのが吉なのだ。
しかし、相変わらず、旭川ナンバーは派手である。たちまちの内に私のボロ車を追い抜き、地平線の彼方へと消えていく。
彼らの辞書にはどうやら交通事故という文字はないらしい。
たまに、とろとろ走っている車のナンバーを見ると札幌だったりする。
「うーん。昨日と今日だけで、僕の旭川ナンバーに評価はとことん変わったよ」
久部さんがため息をつく。そうだろう。私もそうだ。
しばらく行くと妙な石碑が見つかった。『闘魂』とある。
「何なんだろうね」
私たちは車を停めてしげしげとその石碑を眺めさせてもらった。
闘魂 |
それは殉職なさった開発局の方の慰霊碑だった。しかし、闘魂。よほどプロレスの好きな方だったのだろうか? 私たちはしばし黙祷を捧げるとその場を後にした。
しかし、もしも私に慰霊碑が建つなら、その文字は何になるのだろう・・・。
17 旭川ナンバー奇譚
オホーツクの海は嫌いである。あの、何とも言えない色は私を拒絶する。というわけで、留萌方面へ向かう道すがら、海の色が日本海の鉛色に変わると思わず鼻歌など出てしまう私である。どうやら、私の心の傷はまだまだ癒えていないのかも知れない。
ま、そんな個人的な事象はともかく、車は快調に南下する。途中、ギンギラギンの外車搭乗旭川ナンバーオバサマの車にぶっちぎられたりしながら、ゆっくり南下する。天気はいいし、海は凪いでいるし、ゆっくり走るには最高の日和である、
というわけで、旭川ナンバーの時速70キロ位しか出していない車の後ろを走っていたところ、前の車が左ウインカーを出す。道のど真ん中左折道路は存在しない。なのに左ウインカーである。
「なんなんでしょうね」
「どうしたんだろう」
そう首を傾げる札幌の住人二人に業を煮やしたか、その車は時速40キロほどに速度を落とす。さすがに、その速度にはついていけない。追い抜いた。久部さんが首を傾げる。
「もしかしたら・・・。追い越して欲しかったんじゃないのかな?」
「え?」
「何らかの事情であの旭川ナンバーは速度をあれ以上出せない状況だったんじゃないのかな? で、普通ならあの速度なら追い越しをかけるはずなのに、あの札幌ナンバーは追い越さない・・・怖くなって減速した・・・」
そうなのだろうか?
なんだか、旭川ナンバーを揶揄するようで申し訳ないが、以上は事実だったりする。
しかし、人のことは言えない。なにせ、宗谷から帰ってきたとき、友人Tに
「運転が荒いニャ」
と言われたのは私だったりするのだから。
本当に人のことは言えないのだ。
18 羽幌と風車
羽幌に着いたのが12時。流石にここまで何も喰わないと空腹になった。しかし、日本海側の道にはコンビニがあまりない。結局、羽幌の道の駅で何かを食することにしたのだ。
羽幌の道の駅は、立派な温泉保養センターと併設されていた。温泉に入る訳にはいかないが、そこでご飯にすることにしても罰は当たるまい。丁度北海道のフェアをやっている所でもある。どうも最近、旅行と言えば朝昼はコンビニでご飯という形が染みついてしまっている。困った話である。だから、少し高くてもこの保養センターでご飯を食べることにした。私にも五分の魂くらいはあるのだ。
(久部さんは立派な魂をお持ちだろうが)
しかし、私の魂は一瞬で崩壊した。
ハンバーグランチのようなもので二千円。確かに材料は北海道の特色ある極上の食材を使ったのだろう。しかし、北海道の人間がしかもこんなところで十勝牛喰っても仕方がないのではないだろうか? そう思ってしまったらもうダメである。
結局、我々はセイコーマート横山羽幌店でサンドイッチと飲み物を買い、そのまま走り去ったのだった。羽幌は悪くない。悪いのは私の貧乏である。
ま、ともかくどんどん日本海側を南下する。海岸線の複雑な道路は運転していて楽しい。
マクロスプラス? |
「あ、また風車だ」
随分と発電用と思われる風車が廻っている。まるで『マクロスプラス』のようである。
しかし、ここまで来てそういう連想を三十路男がするだろうか。
「そういえば『スパロボアルファ』だけどね。『マクロスプラス』のガルド君、あれ、何者なんだろうね」
おお、私だけではなかったのだ。
しかし、アルファで初めてゼントラディが来たのだから彼は混血児ではあり得ない。悩む私を乗せ、車はひたすら南下するのだった。
19 留萌に敵影なし
さて、車はいよいよ今日の旅程の最大の都市、留萌市へと突入する。なんといっても石狩以北、日本海側最大の都市である。『GEO』や『BOOK OFF』の一軒や二軒、あってあたりまえ、ないはずがないのだ。
しかし・・・現実は大きく違っていた。
「なんだか、この感じ、根室みたいかな」
久部さんが町中に入ったとたんそう呟かれる。やっぱりそう思われたのだろうか。私もなんとなくそんな気がする。
駅前に出ると街の感じから、何となく、古本屋がありそうでなさそうだ。メインストリートがなんだか短い感じである。
しかたがないので電話帳で確認する。
電話帳にあったのは新刊書店も入れてわずかに3件。しかし・・・。
「あ、そこ、その大型店舗に新刊書店が一軒あるらしいね」
しかし、その大型店舗自体が堅く門を閉ざしていた。閉店のお知らせの紙がはがれかけて風に揺れている。
「次は・・・そこ右に曲がって」
そこもまた不動産屋の貸店舗の紙が貼ってあった。結局、留萌で我々が発見できた書店は僅かに一軒だけだった。
「これは・・・根室よりも凄いね」
久部さんがしみじみと言われる。
全くである。
「道理で・・・『すずらん』のロケに非常に協力的だったというのが良くわかるね」
たぶん、地理的に車で深川に出てしまう人が多いのではないだろうか。おそらくは留萌〜深川の道路沿いには古本屋があるのかもしれない。
「しかし、本当に、フィールドワークの大切さを実感するよ」
まったくだ。しかし、古本屋探しもフィールドワークと言っていいのだろうか?
いいはずである。
20 トンネルと渋滞
思ったよりもあっさりと留萌を経由してしまった私たちはただただ道を南下するだけである。だんだんと海岸線の道路はトンネルが増加してくる。
車はひたすらトンネルの出入りを繰り返す。
「いやあ、結果は判っちゃうんだけどさ」
久部さんが突然そう言われるとカメラのシャッターを押されたのだ。
「どうしたんですか」
「いや、なんかね、結果は判っているんだけど・・・」
って・・・仲間内最大の霊感を持たれている久部さんがトンネルでカメラのシャッターを押したのだ。これは何かあると考えるのが普通である。
そして・・・。以下に掲載したのがその写真(縮小済)である。霊感のない私には何も写っていないようなのだが・・・。何か写っているのだろうか?
私には何も見えません |
しかし蛇足ながら、この写真を圧縮しようとした時、2回続けて堅牢で知られるアドビのフォトショップがクラッシュしたことはここに明記しておく。
うーむ・・・。
ま、そんなこともありながら、私たちは厚田でお茶など補給。更に南下しようとしたのだが・・・。見事に渋滞に嵌り込んでしまったのだ。
写真の・・・。
怖い考えになる自分を叱咤する。
「帰省ラッシュではないよね」
「多分そうだと思いますが・・・事故でしょうか」
対向車はびゅんびゅんやってくるから事故というのも考えられない。結局厚田から札幌にはいるまで一時間半を要してしまった。
原因は、石狩市に入る石狩川大橋を右折する車が、右折専用レーンがないため、車線を塞いでいるのが原因だった。こんなものだ。
21 最後の本屋
こうして、車は札幌に入った。昨日は十件近く古本屋に寄ったのに、今日は一軒も寄ってはいない。
これでは体に良くない。
というわけで私は石狩街道沿いの少し味のある新刊書店に寄ることにした。黄色い派手な建物の本屋である。しかし、真面目にこの旅行の目的がないのが嬉しかったりする。
スポット太平店 |
車を駐車場に停める。その時、そのなんだか品揃えが変だった新刊書店の店名が変わっていたことに私は気付くべきだった。
いや、久部さんが「ほう」といったように表情が変わった原因を尋ねるべきだったのかもしれない。
その店は代替わりしていた。なんだか品揃えが変だった店内は、友人Tが飛び上がって喜ぶ品揃えになっていたのである。
私はしばし硬直してしまった。
「え、上杉君、知ってて入ったんじゃないのかい」
「ゐ」
「『スポット』といったらこういう店だよ。でも、ここまで凄い品揃えの店は始めて見たけれど・・・」
私は隅っこのモデルガンコーナーからほとんど動かなかったが、あちこち廻られた久部さんによると、久部さんですら名前しか知らない(それでも大したものだと思うが)伝説のコミックや写真集がごろごろ転がっていたのだそうだ。
何故だろう、どうしてだろう。どうして私たちの旅はこういうオチが、まるでつくったかのようにつくのだろうか。このサイトを始めて2年近く、私は無意識のうちにウケを狙う体質がついてしまったのだろうか?
ま、ともかくこうして、一泊二日の異憚な旅は終わりを告げた。しかし、これが最後の旅行ではない。今度は、真夏に北海道の南端へ行くのである。その旅にも幸あらん事を。(01,5,26)