砂漠の狸
1年の歳月を経て、再び彼らは襲来した。しかし・・・。
「参謀本部に人的補充が無いとはどういう事ですか?」
上杉明はその迎撃作戦立案を命じられ、中佐に対し感情を可能な限り抑えた声で聞いた。
しかし、聞くものが聞けばその底に熱いマグマのようなたぎりがあることを誰もが理解し得たであろう。
「文字通りの意味だよ。上杉中尉・・・」
一昨年の修羅場、戦友として心を通じ合ったエリート少尉の姿は参謀本部にはない。
「だからといって、人的補充が皆無とは納得できません」
「『無能な味方は必要ない』というのは君の愛読書の一節ではなかったかね? 中尉」
「くっ・・・」
中佐はネズミに似たその顔を綻ばせた。
「素晴らしいじゃないか、中尉。無能な味方がいないなか、有能な人間だけで作戦を立案できるんだ。望む所だろう」
おそらくは虫が好かない。そうなのだろう。いや、上杉は前部長の下で楽しき日々を謳歌しすぎたのかも知れない。
「了解いたしました。で、作戦作成の基礎データはいついただけるのですか?」
恐るべき事に中佐の語ったデーター公表日は昨年よりも10日近くも遅かった。
「では、作戦実行日が後へスライドするのでしょうか?」
上杉は軽い目眩を感じながら、努めておさえて言った。物理的な時間は縮める事はできない。それは当たり前のことだ。
しかし、上杉の言葉は嘲笑によって迎えられた。
「君は莫迦か。新年度業務開始が後ろへスライドするはずが無かろう」
総長にあわせるように大尉が嘲りきった声をあげる。
「不可能でもやるんだ。これは命令だからね」
大尉の追従に満足げにうなずくと中佐はそう言い切った。
「あ、それから、今年度の計画は特例は認められない、すなわち、昨年のようなお籠もりは言語道断だからね」
「な・・・」
思わずうめき声をあげてしまう。
その感情の動きを認めた中佐は、さも心地よいもののように唇を歪める。
「自宅作業は認められないと言うことですか?」
「その通り。在宅勤務など、子供の遊びだろう。また、企業秘密保持の観点からもあってはならない事だろう。更に当然、会社への泊まり込みは警備上許されない」
在宅勤務不許可。宿泊不許可。そのことは上杉の脳細胞が最も効率よく動作する午前3時からの4時間。この黄金の刻を使用できないことを意味する。
更に、データの持ち出し不可という事は、決して新式とは言えない上杉のマシンよりも更に低速なマシンと、古ぼけたディスプレイでの作業を意味した。
『勝ちたくはないのか? この戦いに・・・。勝つことよりも私を苦しめる事が先だというのか?』
迎撃作戦策定。
誰もが嫌がった仕事だった。労多く、報われない仕事だった。苦情ばかりが寄せられる仕事だった。
誰もしない仕事故に、前任者と面識があったが故に途中採用の上杉に廻ってきた仕事だったはずだった。
『やりすぎたのか・・・』
そうかも知れない。誰もやらない仕事をやるということはスタンドプレーに他ならないのかも知れない。
そして、今年は出来なければ軍法会議ということらしい。
上杉は軽く鼻を鳴らした。
やるしかないのだ。
かくて、物語は新たなる展開を迎える。25%増の工程。倍近くに増える外注。75%まで減らされた社内要員。
それでも上杉は闘わねばならない。
じじいは茶でも啜ってろ。戦争は俺がやってやる。
一昨年 昨年を更に越えるスケールで描く戦争巨編。『砂漠の狢』
とまあ、今年も無茶苦茶だったのだ・・・。はあ。ここまで被害妄想に浸ることもないのだろうけど・・・。「御免ね、御免ね」言われても物理的に時間が増える訳でもなし・・・。
本当に終わるのか?
夜明けの光はまだ射さない。マジでやばいのだ。
と昨日書いていたのだが・・・。何とかなった。いやあ、奇跡である。自分でも信じられない。(01,4,5)