呆冗記
呆冗記 人生に有益なことは何一つ書かず、どーでもいいことばかり書いてあるぺえじ。


死んでも死にきれない

 「あんた、酷い相してるな」
 それが、すべての始まりだった。
 行きつけの喫茶店。
 少し丸い顔の内藤陳。そんな顔をした今まで会ったこともない男が突然カウンターの離れた場所に座る私に声をかけてきたのである。
 「あんた、コンピュータ関係の仕事してるだろう」
 私としては頷くしかない。
 「で、仕事凄まじく忙しいだろう」
 それもあたった。
 「いかんなあ・・・。あんた酷い相だぜ・・・」
 そう言って男は店を出ていった。後に残ったのは唖然とした私だけ。それが5月の末だったのである。

 それまではその店に顔を出すのは週末だった。しかし、今年に入ってからは不規則な仕事形態のため平日の夜遅くが多い。だから彼とも会ったのだろう。
 何はともあれ、そこの珈琲を飲まないことには一週間生きていけないのだ。違和感を感じつつ、私は仕事の濁流に飲まれていった。

 「上杉さん、あなた、部長に恨みでも買ってるんですか?」
 今年から入った若い外注君が私にそんなことを言ったのもこのころだ。
 「なんで?」
 「なんか、仕事量半端じゃないでしょう。他に部に人いないんですか?」
 いないのである。いた人材はみんな、会社の判断で他の部署に行ってしまった。
 「うーん。いないんだろうなあ」
 しかし、確かに仕事量は尋常ではなかった。アルコールで自分の寿命を先払いして貰いながら仕事をするような日が続く。

 そして、再び行きつけの喫茶店。
 男はいた。
 「あんた、ますます酷い相になったな・・・。やばいぜ。かなり・・・」
 「そうですか・・・」
 私はそう応えるしかなかった。
 ま、まっとうな占い師は死相に関しては口を閉ざす。「酷い」と口に出す以上、それはまだ死相ではないはずだ。
 しかし・・・。不安は拡がるばかりだった。

 そして、先日、もう、にっちもさっちもいかなくなった私は、かかりつけの医者に頼み込んで栄養注射を一本、射ってもらった。いつも通りの量をいつもの場所に・・・。いつも通り、少しターボがかかってもう少しの間無理が利く。そんなはずだった。
 しかし、その注射は劇的な効果を与えてくれた。体力が弱り切っていたためか、注射した腕が炎症を起こしたのである。熱を持った左腕は肩以上に上がらなくなってしまった。それでも仕事はやってくる。幸い、肩は上がらなくてもキーボードは打てる。
 が、注射して2日目。夜。痛みはピークに達し、脈を打つたびに激痛を発し、末端が痺れる左腕をかかえ、長い夜を過ごすことになる。あれほど痛かったのは私の人生でもそうない。
 で、そんな夜。テンション下がりまくり、なんだか今にも死にそうな思いに捕らわれた私の思考は悪い方へ悪い方へ突っ走る。
 もしもこのまま左腕が使えなくなったら、仕事は出来なくなる。馘首だろうな・・・。
 恐ろしいことにそれは簡単に諦めがついた。
 読んでいない本、終わらせていないゲーム、完結していないLDやDVD。しかたがないな・・・。
 そう言った物も諦めはついた。

 ただ・・・。 

 

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